「汽車で聞いた話。
ハリー・ポッターがホグワーツに来たって。」
「ハリー・ポッター…?」
ドラコの言葉に、その場にいる皆が息を呑んだ。
そしてその静寂はざわつきに変わり、皆は口々にハリーについての伝説を語る。
ドラコはその様子に得意になったようで、隣にいるがっちりとした体型の二人を尖った顎で指した。
「こいつはクラッブ、ゴイルだ。
僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイだ。」
ドラコはハリーの前まで来て、段の上からハリーを見下ろした。
自尊心が高く、偉そうな態度を取っているドラコ。それは父であるルシウスの影響だろうか。
外見だけでなくよく似ている彼らに、私は口元を綻ばせた。
するとドラコが名前を言った時、ハリーの隣にいるロンが吹き出すように鼻の奥で音を立てた。
ドラコは鋭くそちらに顔を向け、噛みつくように言った。
「僕の名がおかしいか?君の名前は聞くまでもないね。
赤毛に、そのお下がりのローブ…ウィーズリーの家の子だろ。」
「…。」
せせら笑うドラコに、ロンは顔を赤らめた。
屈辱的な言葉を言われ、怒りで顔が赤くならない人なんてそうそういないだろう。
ドラコは真っ赤になったロンを鼻で笑い、ハリーに視線を戻した。
私はつられるようにハリーを見た。
押し殺されているようにハリーの中で怒りが燃えているのを感じ、私は苦笑した。
仲良くなりたいのなら、変に気取らずに接すればいいのに。
そう思ったがルシウスの性格からするに、それは自尊心が許さないのだろう。
似なくてもいいところまで似てしまった、と私は口の中で呟いた。
しかし怒りに気づいていないドラコはいつものあの声をハリーにかけた。
「魔法族にも家柄のいいのと、そうでないのがいるんだ。付き合う友達は選んだ方がいいよ。
僕が教えてあげよう。」
「…いいよ、友達なら自分で選べる。」
今度は、ドラコが真っ赤になる番だった。
ハリーに差し出された手は取られることなくそのままになっている。
ハリーの冷たい声に、その手がぐっと握られた。
打ち震えているようなドラコに、私は困ったようにため息を吐いた。
私は階段を一歩上り、怒りに震えているドラコに手をのばした。
「ドラコ。」
「ッ、!」
「アリス!」
「ほら…、そんなに怒らないで。」
惹き込むように甘い声を出す。
私はドラコの頭の後ろに手をやり、優しく引き寄せた。
ドラコは驚いたように息を呑み、ハリーとロンは咎めるように声を上げた。
目隠しをするように、彼の顔を胸元に抱き寄せる。
幼い頃機嫌が悪かったりすると、私はいつもこれをやっていた。
周りを見せないようにして、温もりに落ち着かせる。そうすれば、彼の機嫌が良くなることがほとんどだった。
少しナギニの身体に触れてしまったようで、ナギニはシャーと威嚇の声を上げた。
その声に私はもう少しだけ、という視線を送る。
ドラコは最初もがいていたが、それはだんだんと落ち着いていった。
大人しくなったところで、私はそっとドラコを離した。
ドラコはぼうっとしたような様子をしていたが、私が顔をのぞき込むと青白い色を紅くさせていった。
「落ち着きました?」
「ッ、な…ぼ、僕に気安く触るな!」
『あんたも私に気安く触るんじゃないよ。』
真っ赤なドラコに、ナギニはぴしゃりと言い放った。
ドラコの怒りは鎮まったようだが、ナギニの機嫌を損ねてしまったらしい。
呆気に取られているハリーとロンを尻目に、ドラコは声を荒げた。
「お、お前は誰なんだ!」
「アリスですよ、アリス・八神。」
「っ、…アリス…?」
「ルシウスとシシーから、聞いてないですか?」
「っお、お前が…!」
ドラコは私を指差し、わなわなと唇を震わせた。しかしその頬が紅いことから、嫌悪ではないことがわかる。
それに答えるように微笑めば、ドラコは息を呑んだ。
ドラコはぶると頭を振り、気を持ち直したようにローブに手を入れた。
ローブから出てきたのは、手紙のようだった。
「ち、父上と母上から預かってきた。」
「…ん、ありがとうございます。」
「っ…べ、別にこれくらい何でもない。」
ドラコから手紙を受け取り、私はそれをローブの中にしまった。
ルシウスとシシーからの手紙の内容は私がホグワーツに入学することについてだろう。
微笑んでお礼を言うと、ドラコは仄かに頬を赤らめた。
そして私の首で不機嫌そうにシューと音を立てているナギニをその薄いグレーの瞳に映した。
「それで…アリス。君は蛇を連れてるけど、スリザリンに入るのかい?」
「ッ!アリスがスリザリンなんかに入るわけないだろ!」
「黙れウィーズリー。僕はお前には聞いてない。
どうだい、アリス?」
気をよくしたように言ったドラコに、ロンが堪らないといった様子で前に踏み出した。
そんなロンを見つめ、ドラコは冷たい言葉を言い放つ。
どうやらこの二人の間には、深い溝ができあがってしまったようだ。
ふと手が捕まれたと思えば、それはハリーの手だった。
ハリーもドラコを睨めつけながら、私の手を引き止めるかのように握っていた。
私が困ったような視線をドラコに向けると、その後ろの大広間の扉からマクゴナガル教授が姿を現した。
マクゴナガル教授はドラコの真後ろに立ち、ドラコの背中を手に持った丸めた羊皮紙で軽く叩いた。
ドラコははっとしたように振り返り、ハリーとロンを睨み、私に向けて小さく口を動かした。
"スリザリンで待ってる"
確かにドラコはそう言い、もといた二人の場所に戻っていった。
マクゴナガル教授はため息を吐くような様子でそれを見送り、皆に視線を移した。
「準備ができました。来なさい。」
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