深く唇を重ねられ、その感覚に私は身を震わせた。

信じられない。私が、卿にキスをされている?

ぼんやりした意識で私はそれを感じていた。

すると、これが夢ではないということを思い知らせるかのように下唇を啄まれた。



「ひ、ぅ…っんん…。」

「っは…。」



ちゅっと微かにリップ音が聞こえ、私は頬を熱くさせた。

ゆっくりと唇が離され、彼は熱い息を吐く。

ぼうっとした意識の中、私はおもむろに瞳を閉じ、肩を震わせた。

そんな私の髪を彼は優しげな手つきで梳き、顔にかかった髪を横に流す。

薄く瞳を開ければ、口元に弧を描いている彼がいた。

彼は目を開けた私に気づきクッと喉の奥で笑うと、冷たく整った白い手で私の目を覆った。

ひんやりした彼の手はとても気持ちのいいものだったが、訪れた闇に不安が疼く。



「アリス、」

「…っ、卿…ここにいて、くれますよね…?」

「…。」



ふと名前を呼ばれ、私は震える声を紡いだ。

彼の、顔が見えない。そのことがとてつもなく恐ろしいことのように思える。

闇の中にひとりきり。

そんな感覚に、私はか細い声をあげた。

けれどそれに対する彼の声はなく、私は堪らず空に手をのばしていた。

さ迷うようなその手を、求めていた冷たい手が包み込む。

ほっと笑顔を綻ばせると、彼が軽く笑ったかのような気がした。



「俺様は…私は、永遠を手にする。」



しっかりとした彼の声。

それはあまりにも凛としていて、同時にとても儚いものだった。

私の手を包む彼の手が離され、私は息を呑んだ。

嫌な予感に、胸が締め付けられる。

空回る手をのばした瞬間、彼の静かな声が聞こえた。



「…ステューピファイ(麻痺せよ)。」

「っ、ぁ…。」



ヴォルデモートの杖先から迸った紅い閃光はアリスの身体を貫く。

バチッと弾けるような音が聞こえたかと思うと、アリスの空にのばされた手が力なく落ちていった。

ヴォルデモートはそれを見つめ、ゆっくりと目を覆っていた手を外す。

アリスの瞳は憂いを纏ったように閉じられていた。

それを見て、ヴォルデモートは静かに笑みをこぼした。

ふとその額に唇を落とし、ヴォルデモートはベッドから足を下ろす。

杖をローブの中に戻し、左手首に手を這わせた。

するとすぐに部屋の扉がノックされた。

次いで扉が開き、部屋の中に銀の髪を輝かせた人物が入ってくる。

八年前よりもいくらか大人の雰囲気を増したようにも見えるその男性はヴォルデモートに頭を下げた。



「お呼びでしょうか、我が君。
…ッ、アリス?」

「ルシウス。アリスは貴様に任せる。」

「!…かしこまりました。」



銀の髪を揺らすルシウスに、ヴォルデモートは静かに告げた。

ルシウスはアリスの姿を見て目を見開いたが、ヴォルデモートの言葉にはっきりと言葉を紡ぐ。

ヴォルデモートはその言葉を聞き、静かに立ち上がった。

そしてローブのフードに手をかけ、それを被る。

真紅の瞳が隠れ、顔が見えないほど深くフードを被った彼は、何も言わずに姿くらましを使った。

バシッという音が響きわたり、その場に残されたルシウスはヴォルデモートのいた場所から視線を外し、じっと瞳を閉じているアリスに移した。



「………っ、ん…。」



私は鉛のように重い身体を、ぎゅっと縮ませた。

ガンガンと痛む頭。

気を失う前の記憶が断片的に頭を過ぎる。

その記憶が、さらに頭の痛みを酷いものにしていた。

そうだ。私は卿に失神呪文をかけられた。

彼の呟くような呪文が耳元で聞こえたように感じ、私は身体を起こそうとした。

怠い身体はずっしりとしていて、上体を起こすのすら一苦労だ。

一体、あれからどれくらいの時が経ったのだろう。

彼は行ってしまったのだろうか。

ゴドリックの谷に。ジェームズとリリーの息子、ハリーを殺すために。

私は不安であふれだしそうな涙を必死に止めながら俯いた。

すると、今私が寝ていた場所が卿の邸にある部屋のベッドではないことに気づいた。

薄いグレーの、質のいい肌触りの布団。

ふわりとしたマットレスに手をついて、戸惑いに息が乱れた。

ここは、どこだろう。

どうしているのだろう。

困惑に唇を震わせ、視線を探らせる。

すると、ベッドの足元の方にひっそりと銀の髪を持つ彼がいるのに気づいた。



「ル、シ…ウス……。」



掠れる声で呟けば、ルシウスは薄く口元を緩ませた。

ルシウスはゆっくりと私の近くに足を歩ませる。

私の様子をうかがうようなルシウスに、なぜか胸が悲鳴をあげた。

気のせい。嫌な予感なんかしない。

苦しくなる胸に私は言い聞かせた。

無意識に身構えるように身を固くしてしまう。

手をのばせば届くほどの距離まで近づいたルシウスは、あの薄い灰色の瞳を下へと向けた。

ちょっと、待って。どうして何も言わないの。

静かな空気に私は胸の奥が熱く焼けるのを感じた。

急かすかのような焦燥感。それでも何も聞きたくないという拒否的な気持ちが渦巻いていた。

ぐるぐるとした頭の中に、思わず涙があふれそうになる。

ルシウスはぎゅっと眉根を寄せたかと思うと、重い雰囲気で口を切った。



「我が君が、…失踪なされた。」

「………ぁ、」



それだけは、聞きたくなかった。

その言葉だけは、言ってほしくなかった。

塞き止めていたものが一気に流れていくのを感じ、私は静かに涙をあふれさせていた。





いつも焦がれてた

(求めれば求めるほど、あなたには届かない)



どれだけ手をのばせば
END

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