「お前が、俺様以外のものに触れるのを許しはしない。
俺様以外の色に染まるのを許しはしない。」

「…っ、」

「いいかアリス、これは何度でも言ってやろう。
お前は、俺様のものだ。」



そう言って、彼は私の掴んだ腕を引き寄せた。

その力に従うかのように、私は彼の胸板に顔を埋めてしまう。

仄かに香る上品な彼の香り。温かく、とても懐かしみを感じた。

その言葉、彼の香りに私は唇を震わせた。

先ほどまでの恐怖ではない。この感情は、喜びとも言える安堵だ。

抱き寄せられるかのような優しい力に、胸が熟れるような感覚を覚える。

どうしてだろう。なぜ、こんなにも落ち着いているのだろう。

先ほどまでの恐怖はどこへ行ったのだろう。

なぜ彼は、私を抱き寄せるかのようにするのだろう…。

彼の心地よく耳に響く声を聞きながら、私はぼんやりと考えていた。

少し気を抜けば、あふれ出すように涙が出てきてしまいそうだ。

その時、ふと頭に答えが出てくる。

そうだ。これは、きっと夢なんだ。

ホグワーツにアルバスがいるのに、彼がこんなところに――どこかはわからないが――いるはずがない。

そう、これは夢。この温かさと香りが不思議と心地いいが、夢なんだ。

そう思うとほっと身体の力が抜け、私は彼のローブを小さく掴んでいた。



「…きょ、ぅ…。」



自然と口からこぼれ、私は思わずはっとした。

夢とはいえ、彼をそう呼んでしまってよかったのだろうか。

反射的に顔を上げると、彼は驚きの色がうかんだ瞳でこちらを見ていた。

けれどそれもほんの一瞬で、あの紅く鋭い瞳は興味深そうに細められる。



「いい。好きに呼べ。」



彼は…卿はそう言い、私の髪に手をのばす。

軽くウェーブがかっている私の髪。それを梳いて、卿は私の頬に触れた。

冷たい指先に、ぎゅっと目をつむってしまう。

卿はそれを面白そうに見て、私に顔を近づけてきた。

あの端整な顔立ちをした卿の顔が、ゆっくりと近くなる。

思わず身構えてしまった私に、卿はクックッと笑った。

卿は私の首元に顔を近づけ、そこに唇を寄せる。

微かにあの冷たい唇が当たり、私はビクと身体を跳ねさせた。

突然のことに、頭が追いつかない。

何となく甘ったるいような雰囲気に、脳が麻痺しているかのようだ。

私は身体を震わせ、まわらない頭で必死に考えていた。

けれどその思考を、卿はいとも簡単に止めてしまう。



「アリス。」

「っ、んん…!」



私を呼んだかと思うと、首筋に温かい何かが這った。

そして小さく、卿の吐く息が聞こえる。

首筋を這ったのが卿の舌だということを理解するにはそれほど時間はかからなかった。

反射的に私の口からは甲高い声がもれ、慌てて口を塞ぐ。

夢にしては、やけにリアルだと感じた。

こんなにもうるさいほど、一瞬で私の鼓動は跳ね上がったのに。

これは一体何なのだろう。夢ではないのだろうか。

左手の甲で口を押さえて考えていた私の手首を、首元に唇を寄せたまま卿が掴んだ。

卿の手が触れた瞬間、印の場所を発生源として身体中に電流が迸ったような感覚に陥る。

思わず息を呑むのと同時に、卿は静かに私の口元から手を引かせた。



「アリス、」



もう一度私を呼び、卿は触れるか触れないかの距離を保ちながら唇で首筋をゆっくりとなぞり上げる。

微かな感覚に、私は身体を震わせた。

くすぐったいような彼の唇。

それが耳元まで来ると卿は熱っぽい息を吐き、言葉を続けた。



「俺様の元に戻れ。」

「あ、ぅ…っ。」

「俺様の、傍にいろ。」



その囁きは、とても艶やかで妖しい雰囲気を秘めていた。

どこか切望しているかのような声色に、ドクンと胸が跳ねる。

洗脳されるかのように、私の頭の中はぼうっと夢心地になった。

こんなに甘くて、求められているような言葉…。

私がかけられるのなんて、夢しかあり得ない。

ぶると身体を震わせれば、卿は静かに身体を離す。

私はじっと卿を見つめ、あの瞳が真っ赤に燃えているのを確かに見た。

卿はまるで私に言いきかせるかのように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「俺様の元へ来い、アリス。」



卿がそう言った瞬間、私の中の何かが音を立てて動いた。

何をすればいいかは、自然とわかっている。

あの紅い瞳を見つめながら、私は小さく息を呑んだ。

彼が…卿が、呼んでる。

ふと瞳を閉じ、それを何度も心で繰り返す。

瞳を開け、卿の姿をそこに映すと、私は一瞬のうちに姿くらましを使った。

バシッという弾けたような音がその場に響き、私は姿を消す。

行く先は、当たり前のように決まっている。卿の邸だ。

その場に残された彼は口元に満足そうな笑みを深く描き、次いで姿をくらました。

ホグワーツの部屋のベッドの上にはグリフィンドールカラーのローブとネクタイが残され、その部屋には誰もいなくなった。





ほんの少しの誘惑

(たとえ夢だとしても、私には抗うことなんてできない)

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