目を開けた感覚に、私は意識を呼び戻された。

けれど目を開けたはずなのに、目の前は真っ暗だ。

上も下も右も左も、すべてが光を失っている。

真っ暗な闇の空間に、たった一人だけ取り残されたかのようだと感じた。

私は暗闇の中で目を見開き、ぶると身体を震わせた。

身動きしようにも、身体を動かすことさえ心細く、恐怖でしかない。

せめてぼんやりとでも見えたらと自分の目の前に手をかざしてみるが、それは気配だけでなにもわからない。

それを感じながら、私はまるで絶望したかのようにぺたんと座り込んでいた。



「ここ、どこ……?」



光も、音さえもないこの世界に、私の途方に暮れた声がただ響いた。

その声に答える声もなく、しんと静まりかえる。

こんな闇の中にいると、のみ込まれてしまいそうだと感じる。自分を、失ってしまいそう。

前の見えない閉ざされた世界。そして、あまりの暗さに自分すら見失ってしまう世界。

ガンガンと頭が痛んだ。気分が、悪くなってくる。

どうして、私はこんなところにいるのだろう。

私の記憶は…そう、トムと出会ったところで途切れている。

トムが最後に耳に囁いてきた言葉が、頭の中によみがえった。

"アリス…ゲームオーバーだよ"

ゲームオーバー?それは一体、どういうこと?

考え過ぎとこの心細さで、おかしくなってしまいそうだ。

もう一度、ぐるりと周りを見回した。

先ほどと変わらず、何も見えない。微かな色すらない。

もしかしたら私は目をつむっているのかもと思うくらいだ。

混乱する頭を抱え、俯いて深呼吸をした。

とりあえず、落ち着かなければ。

落ち着かないと、ここから出られないような気がした。

冷たいとも温かいとも言えない空気で肺を満たす。

深呼吸をすると気持ちが落ち着くというのが本当であることを感じた。

ほっとすると、身体が温かくなるのを感じる。

この恐ろしい闇に対する恐怖も和らいでいく。

けれど同時に、この闇が心地いいとも感じ始めていた。

すべてを覆い隠す闇。自分の姿さえ見えなくする闇。

たった一度その姿を目にしただけで恐怖が心に巣くう。

何よりも暗く、吸い込まれてしまいそうになる。

この感覚は…そう、"あの人"を目にした時ととても似ている。

恐ろしくて堪らないけれど、なぜか同時に強く惹かれる。

それを感じると、突然胸が切なくなってきた。

胸の奥が、切なく疼く。

あの人に、会いたい。姿が見たい。

あの紅くて鋭く輝く瞳が見たい。

低く、ベルベットのように心地よく耳に響く声が聞きたい。

その衝動がなぜ現れているのかはわからない。

少し前に、よく似たトムの姿を見たからだろうか。

ドクンドクンと心音が急かすかのように音を上げてきた。



「きょ、う…。」



いつの間にか、ふと彼を呼んでいた。

返事を求めない、ただの呟き。

誰も答えないことはわかっていた。

しかしそう呟いた瞬間、左手の甲にある印が熱を持つ。

じんと熱くなった手の甲に、私は息を呑んだ。

どうして?暗闇で見えないが、印の場所を手で押さえた。

すると理由はわからないが周りに広がっている闇が薄くなった気がした。

視界が開ける。なんとか、自分の手の形を認識することができた。



「っ、」



ほっと目の前を見た瞬間、私は目を見張り息を呑んだ。

"彼"がいる。あの人が。

紅い瞳を狂気に輝かせた人――ヴォルデモート卿――が。

彼は私の目の前に立ち、こちらを静かに見下ろしていた。

これは、夢だろうか。信じられない。

胸の中にじわと熱い感情があふれ出す。

夢だとしても、構わない。

あの紅い瞳が赤く燃えていて、思わず涙が出てしまいそうになった。

けれどなぜ、私はこんなにも胸を熱くしているのだろう。

そう思っていると、彼がこちらに一歩踏み出した。

ぺたんと座り込んでいる私を見下ろしている彼は、静かに腰を折り私に手をのばした。



「なぜ俺様から離れた、アリス。」

「…っ、」



はっきりと名前を呼ばれ、その瞳から逃げられなくなる。

その言葉がホグワーツのことを指していると、聞かなくても理解できる。

彼ののばされた手はひやりとした冷たさを私の頬に与えてきた。

久しぶりに聞いた彼の声に、胸が大きく跳ね上がる。

彼は私の頬の感触を――私の存在を――確かめるように撫でる。

その瞳は切望した色を秘めていて、自然と息を呑んでいた。



「っあ、ぅ…ホグ、ワーツなら…ぜんぶ、学べると思って。」

「…。」

「わ、たしは…。」



"あなたを守りたい"

そんなことを言ったら、笑われてしまうだろうか。

お前の力など必要ないと。守られるほど落ちぶれていないと。

私はいつの間にか顔を俯かせていた。

だめ。まともに彼の顔が見られない。

どんなことを言ったとしても、それは勝手な判断をした私の言い訳だ。

その事実にふと気づき、何も言えなくなる。

口を噤むと、彼からの視線を痛いくらいに感じた。

すると頬に触れていた冷たい手が顎にすべり、ぐっと顔を上げさせられる。

突然のことに息を呑むと、彼はあの鋭い瞳で私を見下ろしていた。



「それであの狸爺に着いて行ったと?」

「っ、…。」

「ハッ。笑わせるな。」



彼の冷たい声が薄暗い空間に響き渡る。

その声、その瞳に一瞬で身が竦んだ。

血の気が引いたように生きている心地がしなくなる。

身体が震え、うまく声すら出せなくなった。

彼はそんな私の腕を掴み、荒く引き寄せる。

前に引かれた私は自然と足を踏み出していて、座り込んでいた地面と離れた。

けれど立ち上がったのはいいが私の足は力が入らず、彼に身体を預けている状態だ。

離れないと。そう思うが、足は私の命令に従わない。

すぐ目の前にある彼の表情からは何も読み取れず、かえって不安がかき立てられる。

彼は紅い瞳を細め、私の身体に手を這わせた。



「グリフィンドール…勇猛果敢な者が集う寮。
正義感が強く己を曲げない。
かの有名な寮に入り、あの狸爺はさぞ喜んだろうな。」

「っん…。」



ローブの中で、彼の手がゆっくりと這い上がってくる。

私はぎゅっと目をつむり、その感覚を感じていた。

やがて肩までくると、彼の手はローブを肩から落とすかのように払われる。

ローブは肩から外れ、するっと腕を通り下に落ちた。

彼はそれを冷たく見下ろし、私の瞳に目を移す。

紅く輝いたその瞳は不満げで、その言葉は皮肉な色を見せていた。

ぞくと背筋が凍るような鋭い視線。

私は唇を震わせながら、何もできずに彼の行動を見ていた。

次に彼は私のネクタイを手にすくい、結び目に手をかける。

瞬間、強く引かれて彼との顔の距離が縮まった。



「…っ、ひゃ。」

「だが俺様は傍を離れるなと言ったはずだ。」

「…ご、め…ごめん、なさい…っ。」



咎めるような言葉に、私はびくと肩を跳ねさせた。

それでも、あの紅い瞳から目が離せない。

釘付けになったように見つめ、私は震える声を出す。

彼はそんな私を見ながら、器用に片手で結び目を引き、ネクタイを解く。

しゅるという音を立てて私のシャツの襟からネクタイが外された。

今私が着ているものはホグワーツの制服。グリフィンドールカラーの目立たないもの。

彼は手に残ったネクタイを私に見せるように、おもむろに下へと落とした。

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