「っわ…すごい。」
呆然と私は口を開き、活気あふれるその村を見つめた。
ホグズミード村はホグズミード駅の近くで、学校から徒歩で来ることができた。
ここに来るためには保護者のサインが必要だが、アルバスが手回しをしてくれたようだった。
私は生徒が波になり店の中へ入っていくのを見つめていた。
こんなにも人がいて、皆が楽しそうで、活気にあふれている。
目の前がすべてキラキラと輝いているかのようだ。
きょろきょろと周りを見回していると、隣のリリーが笑い声を上げた。
「アリス、そんなによそ見してると転ぶわよ。」
「っ、だって…!」
確かに歩いている道は雪で覆われているので足が縺れそうになる。
けれど、この村に来られたことが何よりも嬉しかった。
本を読んでいて、何度憧れたことか。
しかも隣にはリリーがいる。あのグリーンの瞳を綺麗に細めたリリーが。
幸せに目を輝かせていると、微笑んだリリーが優しく口を開いた。
「時間はいっぱいあるわ。だからそんなに焦らないで。
ゆっくり見ていきましょう。」
「っうん!」
私がそう頷くと、リリーはまたクスクスと笑った。
初めに入った店は菓子店のハニーデュークスだ。
中には、マグルも知っているお菓子から魔法界独自のお菓子までそろっているらしい。
私とリリーはハニーデュークスの中をぐるりと周り、お菓子を買って食べている人を見ていた。
魔法界のお菓子はなんともおもしろいもので、食べている人を夢中にさせる魅力があった。
ふとリリーが珍しそうな反応ばかりしている私に、魔法界のお菓子を食べたことがないのかと聞いてきた。
私がそれにこくんと頷くとリリーはぎょっと目を見開き、私に砂糖羽ペンを買ってくれた。
本の中でもあった、羽ペン型の甘いお菓子。
私は買ってくれたリリーに大喜びでお礼を言った。
そして店を出てすぐにそれを口に含む。何とも言えない甘い味が口の中に広がり、幸せな気分に包まれた。
そんな私を見てリリーは微笑む。
私とリリーは時間を忘れたようにホグズミード村を隅から隅まで見てまわった。
外はぼんやりと暗くなり、店の中からもれだす明かりが眩しく輝いていた。
最後に有名なパブの三本の箒に行き、そこのバタービールで身体を温めようという話になった。
しかしそこに向かう途中の道に、リーマスが一人で立っていた。
マフラーを口元まで覆い、鼻を赤くしたリーマス。
私とリリーはリーマスに気づき、リーマスもこちらに気づいたようだった。
けれど、どうしてリーマスは一人でいるのだろう。
そんなことを考えていると、リーマスがこちらに足を向けた。
「やぁアリス、エバンズ。」
「っぁ…久しぶりです、リーマス。」
リーマスは自然に微笑みながら口を開いた。
けれどその声にはどこか緊張したような色があった。
私が戸惑いながらも返事をすると、リーマスはほっと息を吐いた。
その様子を見ていたリリーはどこか不機嫌そうに私を背に隠す。
きょとんと首を傾げるのと同時に、リリーは鋭く言った。
「私たちに何の用?いつもの3人はどこに行ったのよ。」
リリーのその声に、リーマスは目を見開く。
そしてドキリとしたように視線を下に移した。
少しの間の静寂。そして、リーマスは顔を上げた。
「…少しだけ、エバンズに来てほしいんだ。」
「何ですって?」
「お願いだよ、少しだけでいいから。」
何となく必死な雰囲気がした。
リーマスの言葉からするに、来てほしいのはリリーだけ。
リリーは不機嫌そうだが、私はその背中を優しく押した。
何をするのかはわからないが、リーマスは信じられる。
リリーは驚いたように私を見て、キッとリーマスを睨んだ。
「行ってきなよ、リリー。」
「っでも、アリス…!」
「私はちゃんとここで待ってるよ。」
「…。」
私がにっこりと微笑むと、リリーは口を噤んだ。
リリーも少なからずリーマスの様子が気になったのだろう。
そんなリリーに、私は念を押すように首を傾げる。
そうすれば、リリーは間を空けてだがしっかりと頷いた。
リーマスはほっとしたような表情をうかべ、リリーを連れて店の中へ入っていった。
ふと上を見上げてみれば、悪戯専門店ゾンコの文字。
リーマスとリリーは店の奥の方へ行ってしまったので、外の窓から様子はうかがえない。
深く息を吐けば、白く輝く息が上がった。
その瞬間、しばらく忘れていた感覚が左手の甲に迸る。
じん、と印のある場所が疼いた。
「っ、」
そんな。まさか、信じられない。
今までは何もなかったのに。
いきなり疼く左手の甲。今は手袋によって隠されている、あの人につけられた印。
私は目を見開き、ドクドクと走り出した心音を感じていた。
すると無意識に、私は足を動かしていた。
呼ばれている。その感覚が、身体中を駆けめぐる。
リーマスとリリーが入っていった店を離れ、私は裏路地に出た。
その奥には森とも言えるであろう木が立ち並ぶ場所がある。
その中で、木に寄りかかっている人の影が見えた。
初めは外が暗いこともありよく見えなかった。
一歩一歩近づく度、心臓が落ちつきなく跳ね上がる。
ある程度まで近づくと、影がちゃんとした色を持って見えるようになる。
それでも周りが暗いのでぼやけてはいるが。
さらさらした綺麗な銀髪。冷たく、鋭く輝くのは灰色にも見える淡いブルーの瞳。
「…ルシ、ウス…。」
私は呆然と呟いていた。
ルシウスは寄りかかっていた木から離れ私に一歩近づき、そっと微笑んだ。
ルシウスの腕には真っ黒な本が抱えられていて、何となくあの人が漂わせている雰囲気を思い出した。
ほんの少しの困惑
(もう、遊びは終わりだと言われた気がした)
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