談話室に下りていくと、リリーは暖炉の前のソファーに座っていた。
先ほどソファーに座っていた生徒は、おそらく教室の方へ行ったのだろう。
リリーの深みのある赤い髪は、暖炉の炎によって赤く輝いていた。
私はゆっくりとリリーに近づき、ソファーのあいている空間に腰を下ろした。
「お待たせ。」
私がそう言うと、リリーは開いた教科書をパタンと閉じた。
そして私の方を向き、あの綺麗なグリーンの瞳を輝かせる。
私の姿を見て、リリーはにっこりと微笑んだ。
「ローブ、すごく似合ってるわ。」
「えっ、ほんと?」
「えぇ。」
綺麗に微笑んだリリーとその言葉に、思わず頬が赤くなる。
その言葉が本当なのか嘘なのかはわからない。
けれど、リリーは嘘は言わないだろう。
それを感じとり、恥ずかしくなった私は顔を俯かせた。
グリフィンドール寮のシンボルカラー、真紅。勇気の色。
それが私に似合っていると、リリーは微笑む。
心地いい気持ちが胸を満たしていった。
「ありがとう…。」
小さくそう言うと、リリーはふふっと笑った。
それからはあまり話はしなかったけれど、落ち着いたその雰囲気に不快感はなかった。
少しの間そうしていると、寮の扉が重い音をたてて開いた。
冷たい空気が談話室に流れ込み、それと同時に賑やかな声が入ってくる。聞き覚えのある声だった。
その声を聞くと、隣にいるリリーは顔を顰めた。
どうしたのだろう。そう思い、その声の方を振り返った。
目に入ったのはあの四人。主に話しているのは前を歩いている二人だ。
ジェームズとシリウス。そしてリーマス、ピーターだ。
ジェームズとシリウスは変に上機嫌で、何となく嫌な予感がした。
一人難しい顔をして黙ったままのリーマスが、その予感を不安げに掻きたてる。
隣にいるリリーに目を移してみると、顔を顰めたまま静かに用具を揃えていた。
「やぁ!」
その時、ジェームズの陽気な声がすぐそこで響いた。
私は反射的に顔を向けてしまい、あのハシバミ色の瞳と目が合う。
キラキラと輝いているその瞳は、遊び終えたばかりの子供の興奮のような色を見せていた。
「あ…ジェームズ。」
「アリス、部屋はわかったかい?」
「うん。リリーに教えてもらって。」
ジェームズの質問に、私は気にしていない様子を取り繕った。
嫌な予感。それはできれば外れてほしい。
私の言葉を聞くと、ジェームズは隣のリリーに視線を移した。
しかしリリーはジェームズのことを気にもしていないように手元を見つめている。
ジェームズはうずうずしたような様子で、その横ではシリウスがクックッと笑っていた。
リリーはジェームズ達に心を許していないが、ジェームズが好意をもっていることは確かだ。
見せびらかしの面があると言われているジェームズがリリーの注目を集めるために何をするのか。
それは、手に取るようにわかることだった。
「それにしても、君にも見せてあげたかったよ!」
ジェームズのその言葉。それを聞いた反応はそれぞれだった。
当のジェームズは瞳をキラキラと輝かせ、シリウスは声を上げて笑い出す。
ピーターはその空気につられたかのように薄く口元に弧を描いた。
リーマスは小さく顔を顰め、ぎゅっと口を紡ぐ。
リリーはピクと反応し、眉を寄せながら動きを止めた。
その皆の様子に、嫌な予感が当たったのだと感じる。
口を閉ざした私を気にもしていないように、ジェームズはシリウスに視線を送った。
「あんな仕掛けに引っかかるなんてね。笑っちゃうよ!」
「あの時のあいつの顔、忘れられねぇよな。」
「ハハッ!本当に、スニベルスは本にかじりついてるしかできないんだね。」
そう言って、二人は大きく声を上げて笑った。
"スニベルス"
彼らがつけた、からかうためだけの呼び名。
その言葉に、私は口の中でやっぱりと呟いた。
彼らの言うスニベルスは、セブルス・スネイプ。
リリーの幼馴染みで、彼らの嫌いな闇の魔術にのめり込んでいるとも言える人物。
悪戯仕掛け人の主な標的だ。
ジェームズは笑いながら、リリーへちらと視線を寄越している。
間違った自己主張。子供のようなその行動に、私は小さく眉を寄せた。
そんなことを続けても、リリーは振り向きはしないのに。
すると突然、リリーが勢いよくソファーから立ち上がった。
我慢ならないというようなその様子に、思わず目を瞬く。
「アリス、行きましょう。」
「っ、」
はっきりと通るその声は、とても冷たいものだった。
ジェームズ達に見向きもせず、リリーは私の手を引く。
ソファーから前のめりになるように、リリーに引かれて足を踏み出した。
突然のことに戸惑ってしまうが、リリーの気持ちにも頷けた。
そんな私はただ静かに、リリーの歩みに従っていることしかできなかった。
談話室から外に出る扉をリリーが開く。
その時ふと私は後ろを振り返った。
ソファーの近くにはまだあの四人がいて、ジェームズは呆然と立ち竦んでいた。
寮から出ると教室へ向かうために、気まぐれに動いている階段に足を乗せる。
ピリピリとした雰囲気をしていたけれど、その静寂を断ち切ったのはリリーだった。
リリーは深いため息を吐き、私に困ったような顔を向けた。
「突然、ごめんなさい…堪えられなくて。
昔からああなの、あの人たち。」
「ぁ…うん。」
「目立ちたがりで、自慢家なのよ。それに、…。」
「?」
「…本当に、関わらない方がいいわ。」
リリーはおそらく、セブルスのことを言おうと思ったのだろう。
けれど口から出る前に自制したのだ。
静かに言い放ったリリーに、私は曖昧に微笑んだ。
これだけは、どうしようもない。
そう思いながら微笑み、私はリリーの言葉に返事をしなかった。
向かっている先は、魔法薬学の授業。スリザリンとの合同だ。
また時が悪い。そう思い、私は小さくため息を吐いた。
初めての授業。本来なら楽しみなはずなのだが、なかなか気分が上がらない。
いつまで私はホグワーツにいられるのだろう。
ぼんやりとそんなことを考えながら、リリーの後について教室へと向かった。
[ Prev ] [ Next ]