「っえ…?」
「さぁ、ミス・八神!テーブルに行きなさい。」
組分け帽子が何かを言った気がしたけれど、大広間中に響き渡る大歓声に掻き消されていた。
何と言ったのだろう。眉を寄せ呆然としていると、マクゴナガル先生が声を上げる。
私は困惑しながら席を立ち上がり、テーブルに行くため段を下りていく。
私がグリフィンドールなんて。
ふと後ろを振り返り、私はアルバスの方を見た。
アルバスは満足そうに微笑んでいて、大きく拍手をしていた。
ドクンと身体中に響く心臓の鼓動。
前を見れば、真紅に黄金のグリフィンドールのシンボルカラー。
目が眩んだように眩しく感じた。
段を下り、長テーブルの間――グリフィンドールとレイブンクローとの間――を歩いていく。
生徒がじろじろ見てきて、私は無意識に左手の甲を押さえていた。
緊張で足が縺れる。それでも私は、テーブルの後ろを目指して歩いていた。
鳴りやまない拍手。雰囲気に流されるように、胸が温かく幸せな気持ちになっていく。
すると突然、ガシッと左の手首を掴まれた。
「っ、…!」
思わず足を止め、その掴まれた方向を見る。
掴んでいたのは、男子生徒だ。
黒いくしゃくしゃの髪。丸く輝くのは、縁のない眼鏡。
その奥にあるのはハシバミ色の瞳。
子供のようにキラキラした無邪気とも呼べるその瞳は、興味深そうに細められていた。
「やぁ、初めまして。」
まだ声変わりも終わっていない、少し高い声だった。
自信の有り余ったような、傲慢なその態度。
その様子に、私ははっと気づいた。
ジェームズ・ポッターだ。この男子生徒は、ハリーの父親になる人。
彼の周りを見てみれば、質の良さそうな艶のある黒髪の男子生徒。
鳶色の整った髪をした男子生徒、大人しそうなくすんだ薄茶のクセのある髪をした男子生徒がいた。
心当たりのある三人。そして、ジェームズ・ポッター。
悪戯仕掛け人のメンバーであることは、すぐに理解した。
シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリューだ。
私が驚きに目を見開いていると、手首を掴んでいる彼は気をよくしたように言った。
「アリス。ここに座りなよ。」
「え?」
突然呼ばれた名前に首を傾げると、そういえばアルバスが名前を言っていたと思い出す。
誘うように深く笑みを刻んだその顔。
すると、隣に座っている黒髪の男子生徒――おそらく、シリウス・ブラック――がこちらに顔を向けた。
「おい、ジェームズ。浮気か?」
「ははっ!そんなわけないだろ、僕はリリー一筋さ。」
「だろうな。」
黒髪の彼はとても整った顔をしていた。
冗談のように言った言葉に、彼は灰色の瞳を細める。
そして私の姿を値踏みするように見て、手首を掴んでいる彼――ジェームズ――との間を空けた。
ジェームズは手首から手を離し、隣に来るように促す。
その時、周りがこちらに注目しているのに気づいて、穴にもぐるように席に座った。
ジェームズは満足したように口元に弧を描き、頬杖をついてこちらを見た。
「こんな時期に編入なんて珍しいね。しかも、3年なんて。
違う学校にでも行ってたのかい?見たところ、君は東洋人だし。」
探るような言葉。そんな彼に、思わず息を呑む。
彼の質問は、核心を突いていた。
その鋭い感性に、冷や汗がこめかみを伝う。
一体、何を言ったらいいのだろう。
真実は教えられない。かといって、誤魔化す言葉も思いうかばない。
正義感の強い彼らに、何を言ったらいいのだろう。
すると向かいに座っている鳶色の髪の男子生徒が静かに口を開いた。
「突然そんなことを言ったら失礼だろう?
僕らはまだ、彼女に名乗ってもいないんだから。」
「あぁ!そうだった、ごめんよ。
僕の名前はジェームズ。ジェームズ・ポッターさ。」
「ぁ…えっと、アリス・八神です。」
彼は大げさに反応をして名前を言った。
やはり、彼はジェームズ・ポッターだ。先程から呼ばれていたけれど、本人が言うなら間違いない。
こんな、学校に来て初日に会うことができるなんて。
驚き、喜び、そして悲しみが胸の中に広がっていった。
彼――ジェームズ――も、悲しい運命に巻き込まれてしまったうちの一人。
私は自然と口を噤んでいて、顔を俯かせていた。
ジェームズは黒髪の彼にアイコンタクトを送る。
黒髪の彼は軽くため息を吐きながら、口を開いた。
「俺は、シリウスだ。」
その言葉に、私ははっと顔を上げた。
黒髪の彼――シリウス――の灰色の瞳と目が合う。
ファーストネームしか言わなかったシリウス。
ブラック家を毛嫌いしているシリウスなら当然なのだろうが、どこか寂しく感じた。
ジェームズは苦笑して、付け加えるように言った。
「彼はシリウス・ブラックだよ。」
「初めまして、アリス。
僕はリーマス・ルーピン。よろしくね。」
「っ…リーマス、よろしくお願いします。」
狼人間であるリーマス。それを意識すると、整った顔には薄い傷が残っていることに気づいた。
そのことを、三人は知っているのだろうか。彼らは、今何年生なのだろう。
そう思っていると、リーマスの隣にいた少し小柄な男子生徒がおずおずとこちらを向いた。
くすんだ薄茶色の髪。不安そうな、髪より薄い色の瞳がこちらを見ていた。
「えっと、ぼ、僕は…ピーター・ペティグリュー…っ!
よ、よろしく…アリス。」
震えたその声。きょろきょろと泳いでいるその瞳。
その様子に、自然と口元が緩む。
彼らを裏切ってしまうピーター。それでも"あの人"が恐くて堪らないピーター。
悲しい未来へ続く道を紡ぐ人物であるとも言えるだろう。
それでも、憎いという感情はわいてはこなかった。ピーターは、自分の心の弱さに屈してしまっただけ。
怯えたような彼を見て、私は微笑んだ。
ピーターが裏切らなくてもすむ道を、導かなければ。
「ん…よろしくお願いします。」
そう微笑んだ私に、ピーターは息を呑んだ。
周りの三人も、興味深そうに笑みをうかべる。
ちょうどその時――私達にとっては意識の外にあったのだが――、アルバスの話が終わったようだった。
いつの間に、と思っているとアルバスは手を二度叩く。
するとテーブルの上にパンやコーンフレーク、オレンジジュースなどが現れた。
周りの皆は朝食に喜んで食いついていた。
私は朝食が突然出たことに驚き、呆気に取られていた。
そんな私に、ジェームズが取り皿を差し出す。
口元に描かれた笑みは、私の様子を楽しんでいるようにも見えた。
私は取り皿を受け取り、コーンフレークを皿に盛りつけてゆっくりと口に運び始める。
それを見ながら、ジェームズは先程の話を続けるように口を開いた。
「それで、君はどうしてこの学校へ来たんだい?」
「あ、ぅ…えっと…。
いろいろ、知りたくて…もっと、たくさん。」
ジェームズの質問に、私は一言一言に気をつけながら言った。
なるべく当たり障りのない言葉を。"彼"に繋がるものが一つもないように。
ジェームズ達は私の言葉を聞き、きょとんと目を見開いた。
「へぇ?どうしてだい?」
「守りたい人が、いるから…。」
「…。」
そう。これは間違ってはいない。
けれどこんなことを言っても大丈夫だろうかと思い、私は視線を下げた。
すると、ジェームズとシリウスは視線を合わせ、ニッと口端をつり上げた。
その笑みを見てリーマスは苦笑し、ピーターも困ったように笑う。
そして私に向け、楽しんでいるような笑顔を見せた。
「じゃあ僕たちがいろいろと教えてあげるよ、同じ学年のよしみとしてね!」
「まぁ、暇にはならなさそうだからな。」
そう言って笑う彼らに、私は目を見開く。
その言葉からすると、これからも関わってくれるということだろうか。
学年は同じ三年。もちろん、関わりは多く持てるだろう。
未来が変えられる何かが起きるかもしれない。何かを変えられるかもしれない。
ドクン、と私の心臓は大きく鼓動を打った。
何よりも必要な機会。それが得られることに、私は幸福を感じていた。
そしてそれだけではなく、この四人と関われることに対する幸福も。
私は自然と笑顔をうかべていて、微笑む四人に向けて口を開いていた。
「よろしくお願いしますっ。」
私がそう言うと、彼らは表情を明るくさせて頷いた。
それから彼ら――主にジェームズとシリウス――は、ホグワーツの話や教員のことなどを語り出した。
その話に夢中になり、私はコーンフレークを食べることも忘れひたすら話を聞いていた。
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