鷹の像は動きを止め、目の前には立派な扉があった。

この先が、校長室。無意識に緊張して、背筋が伸びてしまう。

彼は微笑みながら扉を開け、あの口髭をゆっくりと動かした。



「さぁ、入りなさい。」

「っは、はい…!」



優しいその言葉にも、身体が固くなる。

足を踏み入れて、すぐ目に入ったものに私はぼうっと見とれてしまった。

紅く艶やかな、流れるような羽。

黄金に輝く尾と身体の紅が入り交じり、全身が輝いて見えた。

たたずむその凛とした姿。瞳は対照的な深い青(ディープブルー)

深海を思わせるその青の輝きは、アルバス・ダンブルドアのものと似ていた。

綺麗で、艶やかなほど美しい。母親に包み込まれているような温かさを、身体中に感じていた。



「フォークス…。」



歌声で勇気を与え、ともに恐怖を与えると言われている不死鳥(フェニックス)

その瞳から流れる涙には治癒能力があり、どんな傷でもたちまち治るという。

彼――アルバス・ダンブルドア――がつけたその名前を、私は無意識に呟いていた。

止まり木にとまっている"彼女(フォークス)"は、私の方へ顔を向け、その美しい目を瞬かせた。

綺麗で澄んだその声。高く凛と響く声で、彼女は鳴いた。

瞬間、ドクン、と胸が弾む。

温かい物がじわりと身体中に広がっていった。

視界に入る全てのものがキラキラと輝いて見える。

彼女の紅い羽。そして黄金に輝く尾。

身体が芯から解れていくみたいだと思った。

それが私がずっと感じていた緊張だということが自然とわかった。

ふっと落ち着いた気持ちで立っていることができる。

満足そうな深い青の瞳が細められてこちらを見ていた。

驚いたけれど、その優しさに口元が緩む。

迎え入れられているように感じて、嬉しさがあふれてくる。

すると、後ろから肩にぽんと手が置かれた。

その方を仰ぎ見ると、彼が淡いブルーの瞳を輝かせていた。



「君は何でも知っているようじゃの。
そして、誰をも惹きつけるようじゃ。」

「…?」

「ほっほっ。
さぁ、中までお入り。」



背中を優しく押され、私はその力に従って前へ進んだ。

円形の部屋の中心部には彼が使っているものであろう机と椅子がセットで置かれている。

彼はゆっくりと私の前に出て、その机の所まで行った。

私は机の前で足を止める。

下に敷いてあるカーペットは落ち着いた雰囲気だったが、それでも明るさを醸し出していた。

彼は椅子に腰掛け、机の上に手を置いた。

その手は自然と組まれ、彼の瞳はあの半月型の眼鏡越しに上目でこちらを見ている。

彼女の声で勇気づけられても、この瞳から与えられる緊張は解れないらしい。

ドクン、と脈打った心臓を私は必死に落ち着けていた。

全てを見透かすかのような淡いブルーの瞳。

キラキラ輝いていてとても綺麗だと思うが、同時に恐怖も感じていた。

自然と硬直した私の身体。

彼は瞬きをし、そしてにっこりと微笑んだ。



「そんなに緊張せずともよい。
君のことを疑ってなどおらんよ。」



緊張を解すかのように軽い口調で彼は言った。

疑う、とは恐らく"彼"と繋がっていることを言っているのだろう。

けれどそんなことを考えてもいなかった。

何となく他人事のように聞いていると、彼は鋭い瞳をこちらに向けた。



「その手の"印"も、わしは関係のないものとして見る。」

「っ、」



いきなりの言葉に、私はほとんど反射で左手の甲を押さえた。

そうだ。印があった。

私が"あの人"の元にいたことを一目見れば告げてしまう印が。

核心を突く言葉に、何も言えなくなる。

意識もしていなかった私は、なんて浅はかだったのだろう。

何も後ろめたいことはしていないはずなのに、私は顔を俯かせ、彼から視線を外した。

そんな私に、彼は口元に笑みをうかべる。



「わしはそれを承知で君を連れてきたんじゃ。
在学中は、これをつけるようにしなさい。」



そう言って彼が机の上にあげたのは、真っ黒な手袋だった。

左手用の一枚。厚くない生地の手袋は上等のものであような気品を漂わせていた。

滑らかな肌触りを思わせるその手袋を見て、私は目を丸くした。



「でも、あの…いいんですか…?」



この手袋がどれほどのものかはわからない。

それでも、結構なものということくらいはわかる。

私がつけてしまってもいいのだろうか。

戸惑った私に、彼は目を細めた。



「君のために用意したのじゃ。
こんな年寄りからのプレゼントじゃが、貰ってくれるかの?」

「っあ、ありがとうございます…!」



私のため、と言われると何も言えなくなる。

微笑む彼に向けて、私は精一杯頭を下げた。

すると彼は満足そうに髭を撫で、机の引き出しと思われる所からもう一つ何かを取り出した。

長く、細く、しなやかな真っ白なもの。

それは何故か布に包まれていて、ところどころ姿が見えていたけれど彼は布の部分を持っていた。

先端にかけて細くなったその棒状のものが、コツという小さな音を立てて机に置かれた。

包んでいた布がはだけ、その全体が見える。

その瞬間、身体にビリと電流のようなものが流れた気がした。

杖だ。魔法使いの杖。

"彼"のものと少し似ている。

形状は違うが、色が似ていた。杖では珍しい、白に近い色。

彼のものは灰色に近いけれど、この杖は真っ白だった。純白。まさにその言葉が相応しい。

静かに置かれたその杖に、私は疑問符をうかべた。

一体この杖が何だというのだろう。

なぜか高鳴る胸をあえて気にしないように、そう考えていた。

彼はそんな私を静かに見つめていて、ゆっくりと話し始めた。



「この杖はの、驚くべき忠誠心を抱いておるのじゃ。
持ち主が初めから決まっているかのように、他の者を寄せつけぬ。
わしも、布越しでしか触ることはできない。」

「そんな杖を、どうして…?」



なぜ私に見せるのだろう。彼でも触ることができない杖を。

彼はおもむろに微笑み、杖を布ごと持ち上げた。

その瞬間も、落ちつきなく私の心臓は高鳴る。

まるで何かと共鳴しているかのように、急かす心音が身体を支配していた。



「わしは、君がこの杖の持ち主と思うんじゃ。」

「え…?」

「一度、持ってみてはくれんかの。」



まさか。そんなはずがない。

私に忠誠心を捧げる杖があるなんて。

あり得ない。

私は彼が言っていることが信じられなかった。

しかも、彼が素手で持てない杖を、持つなんてできない。

どうなるかわからない恐怖に、私は立ち竦んでいた。

そんな私に、彼は優しく微笑む。

なぜか確信に満ちているその笑みに、不思議と手が伸びていく。

触れたい。触れたくない。

確かめたい。確かめたくない。

両極に位置する気持ちが、何度も往復していた。

それでも、少しずつ私の手は杖に近づいていく。

自分ではない何かが、私の身体を動かしているかのようだった。

どんどんと大きくなる鼓動。

その瞬間、私ははっと夢中で思った。

"私の杖が呼んでる"

そう思ったのと同時に、私の指先が杖に触れた。

ビリッと指先が痺れる。杖を掴み手に収めると、その痺れは全身に広がっていった。

心地いい電流が身体中を迸る。

ふと瞳を閉じると、杖が弾けたかのような衝撃を手のひらに感じた。

目を開けると、視界全体にキラキラと輝くものが舞っている。

とても綺麗で、幻想的で、それでいて儚かった。

前にいる彼は驚きに目を見開いたけれど、その瞳は満足したかのような輝きを持っていた。



「やはり、君のものだったようじゃな。」

「そんなこと…。」



あってもいいのだろうか。

異世界の私に、用意されたかのような杖なんて。

杖を見つめながら、私はぼんやりと呟いていた。

夢見心地で、よく頭が働かない。

すると、はっと思い出したかのように私は顔を上げた。



「あの、これいくらですか…っ。
今は…払えないですけど、なんとかしてお金はかえします!」



私がそう言うと、彼はきょとんとしたように目を瞬かせた。

この杖は私のもの。なぜかその意識が働いていて、私は杖を握りしめた。

彼は丸くした目を落ち着けて、私に優しく言う。



「その杖は君に忠誠を誓っておる。
君が持っていた方が杖にとってもよかろう。」

「でも…貰ってばっかりじゃ…。」

「大丈夫じゃよ。
その杖は元々、持ち主が現れない上に誰も使えないということでわしの所にまわってきたものだったからの。」

「…。」



扱いに困っていた杖、ということなのだろう。

確かに、まともに触れもしない杖を使えと言われても、使いようがない。

そこで最後の頼みの綱となったのが、彼ということか。その彼も、この杖を持つこともできなかったわけだが。

彼のその言葉に、私は押し黙った。

そう言われると甘えたくなるのだが、初対面であるのにこんなにも世話になっていいのだろうか。

悶々と考えている私に、彼はさらに言葉を続ける。



「君の遠慮を軽減させるためなわけでもないが、わしは君のことを孫だと思ってるんじゃ。」

「…、?」

「どうも独り身は寂しくてのう。
君のような孫が欲しいと思ってたんじゃよ。」



彼のその言葉に、私はぽかんと口を開けてしまった。

ふぅ、とため息を吐くような彼に、思わず笑みがこぼれる。

なんとなく、居場所ができたかのようで嬉しかった。

彼の厚意に…その言葉に、心が救われる。

彼の茶目っ気のあるウインクを見て、クスッと笑ってしまう。



「ふふっ。
あの…ありがとうございます、ダンブルドアさん。」

「気にしなくともよい。
あと、わしのことはアルバスと呼んではくれんか?」

「ん…アルバス。」

「ほっほっ。」



優しく笑う彼――アルバス――に心が温かくなるのを感じた。

あのキラキラした淡いブルーの瞳。苦手なときもあるけれど、惹きつけられる輝きにそれも薄れていく。

この学校は、温かい。それが第一印象となった。

人も、物も、全てが温かい。

そんなホグワーツに、これからの生活の希望を胸に抱いていた。

"彼"が一体どう思っているのかはわからない。

けれど、学べるものは学んでいこう。

この機会を、うまく活かさなければいけない。

私は、肺いっぱい吸った空気を、ゆっくりと吐きだした。

口元に描いた弧をそのままに、前にいるアルバスに言った。



「これから、よろしくお願いします。」





ほんの少しの希望

(何をするべきか、私は意識しなければいけない)

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