あれから何日かがたった。

その間、私は部屋を出ることはなく、ずっと閉じられた扉を見つめていた。

何も変わらない毎日。

けれど、それに飽きることはなかった。

気づくことはたくさんあったし、部屋を出ることがどれだけ危険なことか、この世界にきたその日に味わったのだ。

部屋を出たいとは、もうあまり思わなくなっていた。

それでもたまに、部屋から出たいと思ってしまうけれど…。

なんとか気を紛らわせようとしていたが、私は毎日彼に与えられた部屋で暇を持て余していた。

そんな中で気づいたことが、まず、私の身体が変わっていたことだった。

誰かと入れ替わった、などではなかったが、一言で言うと幼くなっていた。

初めは戸惑ったものの、それももう慣れ、今ではあまり気にならなくなっていた。

そしてルシウスが私の世話役になってから、ルシウスは毎日私の部屋に来るようになった。

朝は起こされ、ご飯は運んでもらい、ずっと一緒にいてもらって。

いくら指名されたからといって、ここまでしてくれるとは思ってもいなかった。

けれど、よくルシウスは部屋から出ていく。

何も言わず、左手首を押さえながら。

ルシウスがなぜ部屋を出ていくのか…もちろん想像はつく。

彼に呼ばれたのだろう。

あの真紅の瞳をもった彼に。

状況報告のようなものをしているのだろうか。

どんな用件なのか、なんとなく気になるが聞けはしない。

今も、いつもの凛とした表情で部屋に戻ってきたルシウスを見つめた。



「おかえりなさい。」

「…あぁ。」



いつものように、微笑みながらルシウスに言 った。

ルシウスはちゃんと、私の"お願い"を聞いてくれている。

敬語では話さないし、私を名前で呼んでくれる。

嬉しく感じてつい顔を綻ばせると、ルシウスはそれを返すように薄く微笑んだ。

そして部屋に入ってきたルシウスは私のすぐ近くにある椅子に腰掛ける。

そこはもう、ルシウスの専用席のようなものになっていた。



「…アリス。」



ルシウスは気を落ち着かせるように一息吐くと、私を静かに呼んだ。

何だろう、と思いながら首を傾げれば困ったように眉を寄せられる。

…私がどうかしたのだろうか?

さっき彼と話していたのだろうその時間で、問題があったのだろうか。

心配になりつつも言葉を待ってじっと見つめれば、ルシウスは口を開いた。



「君は、我が君に翻訳魔法を掛けてもらったんだろう?」

「へ…?あ、うん、そうですよ?」

「…。」



疑問気にでも頷けば、ルシウスは口をつぐんでしまった。

まるでそう答えないことを望んでいたかのような様子に、思わず首をかしげる。

あの人が私に魔法をかけたのが、そんなにいけないことだったのだろうか。

…いや、今になってそれに気づくほどルシウスは鈍感じゃない。

それなら、きっと出会ったときに疑問に思っているはず。

じゃあ…どうして?

何がルシウスを迷わせているの?



「…、ルシウス…?」



小さく、静かに名前を呼べば、ルシウスははっと我に返ったようだった。

焦ったように私を見て、ルシウスは苦笑する。

そして覚悟を決めたかのように、ゆっくり口を開いた。



「ずっと気になっていたのだけれど…。」

「?」

「アリスの発音…ときどき、少しおかしくなるんだよ。」

「…へっ?」



発音…?

ルシウスの言った言葉をのみ込むのに、しばらくかかった。

ルシウスの言う発音は、英語のこと。

…私の、一番苦手だったものだ。

そのことに対するものか、私の頬に冷や汗がつたった。



「ぁ…っえ、?」



思わず、目をまたたいてしまう。

うまく、反応ができなかった。

いくら私が英語が苦手だったからといって…翻訳魔法をかけたのはあの人だ。



「ま、さか…失敗?」

「…いや。我が君にかぎってそれはないだろう。」

「…ぅ、ん。」



私が小さく呟けば、ルシウスはすぐさま否定した。

けれど、それには私も同意見だ。

あの人にかぎって、魔法を失敗するというのはないだろう。

じゃあ…どうして?



「ルシウス…私の言葉がおかしくなるときって、どんなときですか?」

「…そうだな…理性がきかなくなったり、咄嗟にものを言ったときが多いか…。」



ルシウスは記憶をさぐるように呟いていった。

その言葉から察するに、ようは…。



「ぇ…あの人の魔法がきかないほど、本質的なものがバカってこと…?」



私がそう呟くと…ルシウスが固まった。

まるでその言葉が、図星だったかのように。

その様子を見て、思わず私自身も固まる。

もしかしてと思って言ってみた言葉が…まさか本当だったなんて。

少なからず、ショックを受けてしまう。

きっと目に見えてしょぼくれているであろう私に、弁解するようにルシウスが言った。



「け、けれど我が君は褒めておいでだったよ。」

「…、へ?
どうして…?」

「それは言えないけれど…。
とにかく、そんなにショックを受けなくてもいい。」



そう言ってルシウスは私の頭をそっと撫でた。

優しくて大きい、綺麗な手。

その手が私の頭を撫でるたび、私の心は不思議と軽くなっていった。

…あの人が、褒めていた。

ルシウスの、元気づけるための作り話かもしれないけれど…なぜか嬉しかった。

そんな私を見て、ルシウスは目を細め小さく呟く。



「君の深いところまでは、我が君でさえも変えられないんだ…。」

「…ルシウス?何か、言いました?」



よく聞こえなくて…。

そう言うと、ルシウスは優しく微笑んで首を振った。

ルシウスはゆっくりと私の頭にのせた手を動かし、頭を撫で続けた。

まるで壊れ物を扱うかのような手つきに、思わず顔が綻ぶ。

なんだかくすぐったい。

そう思いながらクスクスと笑う私を見てルシウスが静かに微笑んでいたのは、今の私では気づけないことだった。

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