"さぁ、舞台は用意してあげたよ"



静かな優しい声が、頭の中でこだました。

なんて落ち着く声…。

ベルベットみたいで、甘く囁いてくる。

いつもの私なら、きっと疑問ばかりを浮かべてる。

"舞台ってなに?何のために?"って。

けれど不思議と、今は何も考えられない。

きっとこの声が、私の思考回路を痺れさせているからだ。

何も考えられない。

麻薬のように、その声は私の頭を使えなくしてくる。

ゆっくりと、確実に…。

もう半ば諦め、身を任せていると、私の瞼を明るい光が突き刺してきた。



「…っ、」



思わず小さく唸って、身を捩る。

けれど、そこで異変を感じた。

私は昨日、ベッドで寝ていたはず。

でも寝そべっているであろう場所は、冷たく、硬い。

まるで、大理石のように。

自分の目の前のものを確かめようと目を開けようとしたときだった。

自分が寝ているところとは違う意味の冷たさをもつ声が、怒鳴り声を上げた。



「...!! Who is this fellow(こいつは誰だ)!?」

「っ!」



これは…英語?

まさか、と自分の耳を疑った。

そうせずにはいられない。

だって、私は自分の家の…部屋のベッドにいたのに。

私の家は、もちろん日本にある。

英語なんて、学校の授業以外では縁もゆかりもない。

なのに、なぜ私はこの耳で英語を聞いているのだろう。

しかも…怒鳴りつけるような声を。

胃の辺りがムカムカした。

雑な、吐き捨てるような英語に、吐き気を覚える。

今まで目を閉じたまま、声が静まるのを待っていたのに。

静まるどころか、どんどん声は大きく…人数を増しているように思えた。

気分が悪い。

とてつもなく、気持ち悪い。

苛立ちと嫌悪感で、もう我慢の限界だった。

ただでさえ、英語は嫌いなのに…。

しかも、とても雑な声。

身に覚えのない怒鳴り声に、大きく眉を寄せた。

…もう、限界。

私はガバリと勢いよく体を起こし、声の方をキッと睨んだ。



「なんなの、あなた達は!
雑な英語をペラペラペラペラと…!!」



…って…、あれ?

睨んだ先を見て、思わず眉を顰めてしまった。

英語を話していたと思われる人物達は、真っ黒の…そう、ローブを着ている。

そして、顔には特殊なデザインの仮面。

どこかで、見たことある。

そんな気がした。

仮面に目がいってしまっていたが、周りを見てみるとまた眉根を寄せた。

私の部屋…じゃ、ない。

ここはどこ?

目に入ったのは煌びやかな廊下。

とても広く、とても手入れの行きとどいている廊下だ。

イメージで言うなら…そう、外国。

それも、お金持ちの邸だ。



「ぇ…ど、こ…?」



まったくと言っていいほど、身に覚えがない。

こんなところ、来たこともないはず。

驚愕に目を見開き動けないでいると、私を囲んでいるうちの一人が動いた。

ローブのようなものの中から、何やら長細い物を取り出す。

そしてそれを私に突きつけ、鋭く怒鳴り上げた。



Is it you(貴様), who(何者だ)!!」

「…っ、なに…?」



言っている言葉が、わからない。

今の状況も…なぜ、ローブを着て仮面をつけている人たちに囲まれているのかも。

困惑に眉を寄せ、その一人から目を離せないでいた。

…あ、れ?

ちょっと待って、この仮面…。

記憶を辿っているうちに一つ、引っかかった。

どこかで見たことあるって思ったのは勘違いじゃない。

だって、ずっと見てきたはずだもの!

見覚えがあるのは当然のはず。

それに、この人が…ううん、いつの間にか皆が持ってる細い棒みたいな物も。

私の勘が合ってるのなら…杖。

魔法使いの杖だ。

私の、大好きな小説の。

…"Harry Potter"の。

そう考えると、今の状況もなんとなくわかる。

この人たちは…。



(デス)喰い人(イーター)・・・?」



私がそう呟いた瞬間、目の前にいる人が大きく反応した。

ぐっと足を踏み込み、今にも襲ってきそう。

突きつけてきてる杖を握りしめて、今まで以上に私に迫ってきた。

仮面から覗く冷たい灰色の瞳は、鋭く、私の身体を貫く。



「!!? What is the purpose(何が目的だ)! Say(言え)!」

How this residence entered(どうやってこの邸に入った)!!」

「…ぇっ、ちょっと…!」



目の前以外の人たちも怒鳴りあげてきた。

理性を失ったような声が、捲し立てる。

でも、言っていることがまったくわからない。

ただわかるのは、この人たちは怒っているということ。

そして、とても焦っているのだということ。

それはそうだ。

この邸の所有者──きっと、ヴォルデモート卿──にこのことが知られたら、ただじゃすまない。

できるだけ情報を吐かせて、早く始末したい。

そう思っているのが自然と分かった。

でも…言っていることが、まったくわからない。

それこそ、本当の大問題だ。

答えることも、何を聞いているのか理解することもできない。

戸惑いながら口をパクパクさせていると、目の前の人が怒りに一歩踏み出した。



Do you insult me(貴様、舐めているのか)!!?」



余裕のない声。

でも、何を言っているの?

英語だから、ぜんぜん理解できない。

この人の表情も、仮面をつけてるからわからない。

けど声だけは…はっきりとこの人の状況を告げていた。

とても怒っている。

まるで自分が侮辱されたみたいに。

私がそう感じた瞬間、目の前の人は杖を振り上げた。

仮面から見えた瞳には、はっきりと激しい怒りが渦を巻いていた。

全身の毛穴という毛穴が、一気に鳥肌を立たせる。

まずい。

その一言が、頭に浮かんだ。



Cru(クルー)──!!」

Wait(待て), and stop(やめろ).」



とても静かな声が、私の後ろから聞こえた。

この状況を、冷静に判断したような声が。

冷たい響きの、やけに落ち着いた声が…。

私が反射的に振り返った瞬間、目の前にいた人たちははっと息を呑んだ。



「!! My lord(我が君)...!!」



"マイロード"と確かに聞こえた。

後ろから、カランと何か乾いた物が床に落ちる音が聞こえた。

きっと、杖。

けれど…そんなことはどうでもいい。

今私の目の前にいる人が…この人が、死喰い人たちの"マイロード"?

この冷たく鋭い、真紅の瞳を光らせたこの人が…。

…ヴォルデモート卿、だと言うの?

[ Prev ] [ Next ]

[ Back ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -