「さぁさぁ、せっかく家に帰ってきたんだもの。
学校での話を聞きたいわ。」



シシーはいつもの鮮やかな声に一層花を添えたような魅力的な笑みを浮かべていた。

その言葉にドラコは張り切ったようにグレーの瞳を輝かせ、その口からは嬉々として自身の活躍が語られた。

ホグワーツで共に行動しているビンセント・クラッブやグレゴリー・ゴイルをいつも助けていること。スリザリン寮での付き合いも、純血主義に基づき行なっていること。授業での成功と他生徒の失敗のこと。

その話はまるでヒエラルキーになぞった付き合いをし、その中で自分がどの値にいるかの確認と評価をしているかのようだった。いかに純血でない魔法使いより優秀であるか、という自尊心と他者承認欲求だ。

ルシウスは――ドラコは休暇で家に帰ってきているので――その話はもう聞いた、と言い押さえ少し冷ややかにも感じられた。

それでもシシーは、愛するドラコの話に夢中で、よく相槌を打ち話を引き出すようにオーバーなリアクションをとっている。私もドラコ自身の話を聞くことはないため聞き入ってしまう。

むしろドラコが話してくれて良かったのかもしれない。私はグリフィンドール寮であるし、交友関係や出来事について話してもルシウスやシシー、何よりもドラコはあまりいい気はしないだろう。

それにここ一年は彼との接触が多かった。卿については、ルシウスにも何も伝えていない――否、伝えるべきか迷っていた。

そうやって考えている間もドラコの話は途切れることなく、ナギニは呆れているようだった。途中ドビーが紅茶を運んでいれてくれ、ほぅと息を吐きたくなるような香しい紅茶はとても美味しかった。

ルシウスとシシーはドビーに何やら不満があるようだったが、私が隅で縮こまっているドビーに視線をおくり、お礼の意味を込めて微笑み会釈をすればぎょっとしてから打ち震えていた。

ドラコの話はあれよあれよという間にハリーの話題になり、友達付き合いのこと、額の傷を中心とした容姿のこと、ハリーの態度のこと。それこそありとあらゆるハリーに関すること、全てが気に入らないのだろうと感じる程の話しぶりだった。

そして飛行訓練の授業でまぐれにも箒で飛びクィディッチのシーカーに選ばれてしまった、と。教授の贔屓だ、僕の方が上手いに決まっている、と繰り返す。

まるでハリーを羨望しているかのような言葉の数々に苦笑した。ドラコ自身もその不快感の理由に気付いていないに違いない。

ドラコはドラコのままでいいのに。例え他者の置かれている状況が羨ましくても、自分が気付かないだけでそう思われていることもあるのだ。



「…うん。ドラコがクィディッチしてるとこ、見てみたいな。
きっと、速くて、上手なんだろうね。」

「っ、あ、当たり前だ!」



呟くような私の言葉に、ドラコは頬を紅潮させていた。

僕の方が、と繰り返すドラコはきっと認めてほしくて仕方がないのだろう。

うん、うん。と頷き微笑む私に赤くなりながらも必死に言葉を続けている。

視界の端ではルシウスとシシーが顔を見合わせていた。そしてルシウスはとても複雑そうな顔で、シシーはとても艶やかに微笑みながら私とドラコを見ていた。

そんなまごついているドラコに、ルシウスは重く口を切った。

その内容は成績についてであったが、ドラコの成績は悪いわけでもない。聞いている限りではむしろ魔法薬学、変身術は特に優れている。

そんなドラコにどんな注意をするのだろうと聞いていると、ルシウスの口から出たのは学年末試験主席のハーマイオニーのことだった。純血であるマルフォイ家の一人息子がマグル出身の魔女より劣っているのはどうなのかというものだ。

いつもドラコを庇っているシシーもこのことには口を挟めないようだった。シシー自身も純血主義者であり、少なからずルシウスの言っていることに同意があるのだろう。

学年末試験の結果を一体どう知ったのかと疑問に思ったが、魔法界の名家の当主に対しては愚問であるのだろうと結論づけた。

やり取りを見ながら、ふて腐れていくようにも見えるドラコの怒りの矛先がどこに向かうのかと考えれば、それは手に取るようにわかった。

こんなにも、純血であるかそうでないか、それに対する優劣や差別とも言える対応を見せられては、非魔法族の血統(ハーマイオニー)に対してその憤りが芽生えるに違いないのだ。

その様子に、いよいよ黙っていられないと思った私は静かに口を開いた。



「ルシウス、成績に血は関係ないよ。ハーマイオニーは頑張ったんだよ。
ドラコも、頑張ったよ。」



私の言葉に、ルシウスとシシーは顔を見合わせて奇妙な顔をした。その心情はわからないが、ドラコは先程とは違う様子で顔を真っ赤にさせて俯く。

ルシウスやシシーにとっての私はマグルを擁護する変わり者だろう。純血の魔法族であれば"血を裏切る者"と呼ばれるかもしれない。

しかし私には魔法族の血は流れていない。両親ともそういったことに縁のないただの平凡な人達だったのだ。本来であればそんな私に良くしてくれていることが不思議なのである。ただそこに大きく関係しているのは、闇の帝王であるヴォルデモート卿の元に私がいるからであろう。

ただ私はそれに対しての不平や不満もないし、だからといって心酔するわけでもない。そもそも、元々がマグルの私と魔法族の名家であるルシウス達の思想が一致するわけがないのだ。

どこか虚しい気持ちに、足元にとぐろを巻いているナギニに視線を移して手を伸ばす。そんな私に、ルシウスが咎めるように呼びかけてきた。



「…アリス。私たちのような高潔な者が上に立つべきなんだ。君だってわかっているだろう?」

「……。」

「マグルから生まれた卑しい血をもつ魔法使いなんて、」

「ッ、ルシウス。」

「…、」



忌々しいとでもいうようなルシウスの声色に堪らなく胸が苦しくなった私は口を挟んだ。

ルシウスは言葉を呑み込み、口を噤んだまま私を見つめる。それが何故だかわかっていないようなドラコはルシウスの言葉を止めた私に疑念を抱いているようだった。

辛く顔を歪め俯いた私に、ルシウスが深く息を吐いたのがわかった。足元にいるナギニが鋭くも見える瞳を光らせ私を見ていた。

口を出さずに見守っているシシー、そして言葉の真意がわかっていないドラコ。重い沈黙の中、ルシウスが席を立ちただ静かにこちらに足を進めた。



「……アリス。」



柔らかな声が耳をくすぐった。滑らかなルシウスの声が優しく私の名前を呼んでいた。

次いで声と同じように優しい手が私の頭をするりと撫でた。触れられたところから次第にじんわりとした熱が広がっていく。

ゆるゆると顔を上げると、複雑に微笑むルシウスがいた。もう一度呼びかけるように私の名前を呼んだかと思うと、どこか不安げな声がゆっくりと紡がれた。



「気を悪くしないでくれ。」

「………ん、わかってる。」



囁くようなルシウスに、私は薄く笑いかけた。

そう、わかっているのだ。純血の魔法族がどんなにその血統を誇りにし、威厳を保つべく振る舞い努力もしてきたことを。

純血の一族の誇りも尊厳も、わかっているつもりだ。今までルシウスやシシーが背負ってきた期待やあり方の教え。ただそれをドラコに継いでいるだけであることも。

本来であれば、マルフォイ家としての話に私が入るべきではない。そこへ堪らず声を上げた私が、そもそもの間違いなのだ。

まるで子供のわがままようで気が落ち込む。どこか置いてけぼりにされたことに、同じ立場になれず同じ景色を見ることができないことにふてくされて拗ねているのだ。どうにもならないことであるのに。

私はマグルから生まれ、"ここ"に来るまではマグルだったのだ。それは変わらない。そのことに特別悲観しているわけでも羨望しているわけでもない。

自分の出生も、彼らとの違いも、ありのまま受け容れているつもりでいた。しかし声を上げてしまったことは紛れもない事実であり、自分を買いかぶっていたという証拠であろう。

口を引き結び俯いた私に、足元にいるナギニが黄金の瞳を向けていた。その瞳がどこか憐れんでいるように感じ、苦笑をこぼす。自分のことながら、本当に、情けない。

そんな思考を呼び戻すかのようにルシウスはまた私の頭を撫でた。顔を上げた私を見ていた薄い灰色の瞳は温かく、変わらない安堵を覚えた。

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