朝。それを告げるのは、清々しいほどの太陽の光。

カーテン越しにでもしっかりと伝わるそれに俺は目を細めた。

外では小鳥が鳴いていて、心地よく耳にそれが響く。

今日は、日曜日だ。部活はなく、ずっと家にいられる日。

顔にかかる髪をかき上げながら、俺は自然と微笑んでいた。

自分ではない布団のもり上がりを見て、幸せな気持ちになる。

リナリアがすぐ近くにいる。その事実を感じ、俺の胸は大きく鼓動を打っていた。

静かに上体を起こし、布団をめくる。

中にいたのは、綺麗な寝顔をしてすやすやと眠っているリナリアだった。

その頬は、布団にこもっているための温かさからか、赤味を帯びていた。

初めは起こそうかと思ったけれど、その顔を見て思い直す。

外気に触れて小さく身震いしたリナリアに微笑み、めくった布団を元に戻した。

まだ、リナリアが自然に起きてくるまで待っていよう。

俺はベッドから足を降ろし、音を立てないよう立ち上がる。

もう少しで鳴ろうとしている目覚まし時計のアラームを解除し、静かにカーテンを開けた。

今は、七時頃だ。時計の針が指していた数字を思い出し、窓の外を見る。

外には、澄んだ空色が広がっていた。

今日もいい天気だ。太陽の光がよく通る。

外で咲いている花達も、喜んでいることだろう。

ふっと目を細め、俺は観葉植物に水やりをするため部屋を出た。

リビングに下りた俺は、小さな水差しを手に持ち、中に水を入れて水をやる。

水は乾き始めた土にしみ込み、その色を変えていった。

少しの間、様子を見ながら水を与える。

じわ、と鉢の下から水が出たのを確認して、水をやるのをやめた。

今日も、葉がいい色をしている。鮮やかな緑色がキラキラと輝いていた。

それを見て軽く笑ったのと同時に、すぐ後ろから声が聞こえた。



「にゃ…せーいち。」

「あぁ、リナリア。おはよう。
もう起きたのかい?」



目をぎゅっと擦りながら、リナリアは立っていた。

足音が全くしなかったところは、流石猫というところか。

あのふわりとした耳はピクと動いていて、尾は眠そうにゆらゆら揺れていた。

寝起きの姿すら、可愛く思えて仕方がない。

目を擦りながらゆっくりとこちらに向かってくるリナリアから視線を外し、持っている水差しを置こうと背を向けた。

その瞬間、背中から包まれるような温かさを感じた。

腹にまわされた手。その手は紛れもない、リナリアのものだった。

そして、背中から感じる温もり。

リナリアが、背中から抱きついている。

そう思われる状況に、俺は目を丸くした。

一瞬のうちに心臓が跳ね上がる。

きゅっと強められた力に、ドクンドクンと血液が勢いよく巡っていた。



「っ、リナリア…?」



驚きながらも、落ち着いた様子を取り繕う。

俺は動くことができなかった。

リナリアの手が、腕が、俺の身体を抱いている。

顔をそちらに向ければ、リナリアは俺の背中に押しつけた顔をふと上げた。



「…せー、ぃち。
せーいち。」



何度も、自分の名前を呼ばれる。

その細く儚い声、澄んだ綺麗な声に、鼓動が大きくなった。

潤んだ瞳。赤く染まった頬。それは先程よりも増していた。

甘えるようにすり寄られる。強められた力に、俺は息を呑んだ。



「…っ、」

「にゃん…せーいち、すき。」

「リナリア、どうしたんだい…?」



戸惑いに、冷静にものが考えられなくなる。

けれどそれでも、リナリアがいつもと違うことはわかっていた。

何かが違う。あのキラキラした淡いブルーの瞳が、熱く色を持っている。

瞬間、どうしたらいいかわからなくなった。

ただわかるのは、リナリアの様子がおかしいこと。

赤く染まった頬。キラキラと輝く、潤んだ瞳。

それを見て、俺ははっと気づいた。

もしかしたら、リナリアは熱があるのかもしれない。

俺はリナリアを身体から離して、ソファーに座らせた。

ぼうっとしたリナリアは嫌がることもなく、ちょこんと座っている。

俺は体温計のある棚を開け、それを取り出す。

ケースを開けながら、リナリアの所へ歩み寄った。



「これを、口の中に入れてくれるかい?」



体温計を差し出しながら、隣へ腰掛ける。

リナリアはぼうっとした顔をしながら、首を傾げた。

きっと何をしようとしているのかわかっていないに違いない。

俺は苦笑して、自分の口に手を当てた。



「口、開けて。」



そう言いながら、俺も口を開ける。

リナリアはきょとんと目を瞬いたけれど、あの桜色のふっくらした唇を開いた。

小さく開かれた唇の赤さにドキリと胸が跳ねたけれど、それは落ち着ける。

体温計の先端をリナリアの唇につけ、俺は言いきかせるように言う。

リナリアは体温計のひやりとした冷たさに小さく声をもらした。



「…んっ。」

「これを、舌の下に入れてほしいんだ。」

「にゃ…。」



俺が言うと、リナリアは潤んだ瞳を細め、こくんと頷く。

体温計を掴み、リナリアは深くくわえた。

その様子に口元を緩める。軽く耳をたらしたリナリアの頭に手をのばし、優しく撫でた。

リナリアはこちらに頭をあずけるようにし、すりと頬を寄せる。

熱がないといいが…。

そう思ったとき、はっと原因として十分なものに思い当たる。

初めて会ったあの日。その時、リナリアは濡れていた。

しばらくその姿のままでいさせてしまったからかもしれない。

そのことに、懺悔の気持ちが生まれてくる。

大人しく体温計をくわえ、こちらにすり寄ってくるリナリアを見ながら漠然と考えていた。

そうしているうちに、刻々と時間が過ぎていく。

俺は時計を見てそれを確認すると、リナリアに体温計を取るように促した。



「リナリア、もう大丈夫だよ。ありがとう。」



そう言って体温計を掴むと、リナリアは小さく口を開ける。

ぼうっとした熱い瞳と目が合ったけれど、俺は努めて自然な態度を心がけた。

受け取った体温計の目盛りを見る。赤いラインは三十六度四分と指していた。

それを見て、俺は首を傾げる。てっきり熱があるものとばかり思っていた。

けれど、数値は平熱の範囲内だ。人間としてのだが。

とすると、なぜリナリアはこんな火照ったような様子になっているのだろう。

潤んだ瞳。赤く染まった頬。

思い出すだけでも俺の鼓動は大きくなる。

一体、リナリアに何が起こっているのだろう。



「ん…せーいち。」

「っ、何だい?」



考えているときに声をかけられ、俺ははっと我に返った。

するとリナリアはあの熱い瞳をこちらに向けてくる。

ずい、と顔が近づいてきて、反射的に身を引いてしまった。

服の裾をぎゅっと掴まれドキリと心臓が高鳴る。

何が起こっているのか、すぐに理解できなかった。

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