丸井と赤也に理由を吐かせ、部屋に戻った。
げっそりした二人を見て仁王は吹き出し、他のメンバーはしょうがない、というような顔をしていた。
それにしても、リナリアのあの言葉には驚いた。
"一緒に入ろう"なんて、そんなことを言われるとは思っていなかった。
けれど、それを考えると…リナリアは一人で風呂に入ったことがないことになる。
大丈夫だろうか。
湯に浸かるだけなので、そんなに心配する必要はないが変に気になってしまう。
しばらくの間、そわそわと落ち着かない気持ちでいると、チャイムが鳴り響いた。
その音に、仁王がすぐ反応しカーテンの隙間から外を覗く。
「姉貴じゃ。」
仁王のお姉さんが来たようだ。
仁王はそう呟いてから、部屋から出て行った。
いちおう俺も、お礼くらいした方がいいだろう。
そう思って仁王に続く。
玄関を開けて外に出ると、門のところに綺麗な女性が立っていた。
「ぁ、雅治!」
女性は仁王の姿を見て、そう声を上げる。
恐らくその女性が、仁王のお姉さんなのだろう。
彼女は手にピンク色の袋を持っていた。
その中に入っているのは、リナリアのために用意してくれた物だろうか。
じっと見ていると、彼女が俺に気づいた。
「あら、あなたが幸村君?」
「ぁ、はい。そうです。」
俺がそう答えると、彼女はしげしげとまるで値踏みするかのように見てきた。
そして、俺の顔を見てニッコリと笑う。
その顔は何となく仁王に似ていて、姉弟なんだなぁと思わされた。
「それで、これが頼まれてた物ね。」
「おん、助かるぜよ。」
「ありがとうございます。」
仁王のお姉さんは、袋を仁王に渡す。
お礼を言うと、ニッコリと微笑まれた。
「一応セットで、2着買っておいたから。
どんな子か見たことないから好みはわからないけど・・・。
サイズはちゃんとあってるの?」
「多分な。」
「それならいいんだけど。
結構大きいのね、聞いたときは少し驚いちゃったわ。」
…え?
仁王はいつ、サイズなんて測ったのだろうか。
しかも、"結構大きい"?
少し頭がフリーズした。二人の会話について行けない。
けれど仁王と、お姉さんの会話はそのまま続いていく。
ついていけないまま目を瞬かせていると、話に区切りが付いたらしかった。
「それじゃあ、あたしはもう帰るわ。
その子に風邪、引かせちゃダメよ?」
「わかってる。」
「よし。
じゃあね、幸村君。」
「ぁ、はい…!
ありがとうございました。」
お姉さんは手を振って行ってしまった。
仁王は、ふぅとため息を一つ吐いて、下着の入った袋を俺に渡す。
「あ、ありがとう…。」
俺の頭の中ではぐるぐるとお姉さんが言った言葉が巡っていた。
そもそも…本当に、なぜサイズがわかったのだろうか。
じっと仁王を見ていると、仁王が視線に気づいた。
目を瞬かせたかと思うと、俺の考えていることがわかったのかクッと笑う。
「見ればわかるぜよ。」
…そういうものなのだろうか。
歩きながら疑わしいような、そんな目で見ると仁王は笑った。
「リナリアの場合、着てる服でわかりやすかったからの。
たぶん合っちょるよ。」
まぁ何はともあれ、合っていたのなら合っていたでありがたい。
家に入って、二階に上がった。
部屋に戻ると赤也と丸井が目をキラキラッとさせていた。
何かを期待している、そんな感じだ。
二人はすぐさま仁王に駆け寄って、何かを話し始めた。
…あの二人のことだから、きっと何色だ、とか話しているのだろう。
聞こうかとも思ったが、早くリナリアに替えの服を持っていった方がいいだろう。
服の入っているクローゼットを開けて、軽く着られるようなスウェットを出した。
それに、仁王のお姉さんからもらった下着。
どんなものが入っているかはわからないが、二着買っておいた、と言っていたので、片方は出しておいた方がいいだろう。
袋からそのセットを取り出すと、部屋の中が、一瞬固まった。
「ゆ、ゆゆゆ、ゆきむらああぁッ!」
真田が真っ赤になって叫んだ。
…確かに、これは…。
袋から出てきたのは二つのセット下着。
そこまでは問題ない。
問題があるとしたら、デザインだろう。
片方はレースが沢山ついた、なんとも可愛らしいものだ。
色は淡いピンク色で、黒のリボンがついている。
だが、もう片方はそれとは対照的だった。
色は真っ黒、紫のラインやレースが施してあり、言ってしまうと…エロい。
思わずそれを手に持ったまま、固まってしまった。
それを見た仁王は、クツクツと笑い始める。
「完全に姉貴の趣味じゃな。」
「そうなんスか!?」
「あぁ。」
仁王のその言葉に、苦笑しかできなかった。
けれど、早く風呂場に置いておいた方が、リナリアにとっていいはずだ。
少し動揺する心を抑え、今日の分は、無難な方を選んだ。
もう片方は袋に入れて置いておく。
スウェットと下着を腕に抱えて、部屋を出ようとした。
「…精市。」
「何だい、蓮二。」
ドアに手をかけたところで呼び止められた。
一体何だろうか。
そう思うと、蓮二は口を開く。
「リナリアが入ってから、もう15分は経っている。」
「そういえば、そうですね…。」
「湯に浸かるだけなんだよな…?」
蓮二の言葉に柳生とジャッカルが呟いた。
まさか…何か、あったのだろうか。
一気に、不安になってきた。
落ち着かなくて、部屋を急いで出る。
半ば駆け下りるように階段を下ると、脱衣所の扉を開けた。
リナリアはまだ中にいるようで、替えの服をその場所に置いた。
「リナリア、いる…?」
静かに、けれど大きな声で呼び掛けると、その声は中で響いた。
けれどリナリアからの反応が…ない。
やはり何かあったのだろうか。
そう思ったとき、中からパシャンと水の立てる音が聞こえた。
「リナリア…?」
もう一度、呼び掛けてみる。
音が立ったということは、中にいるということだ。
少し経つと、またパシャ、と音が聞こえた。
「ん…せ、いち…?」
リナリアの声だ。
自然に、ほっと息を吐いていた。
「どうかしたの?」
「…んー…何も、ないよ…?」
話し方が、ゆっくりしている。
声の調子も、落ち着いているというより…眠そうだ。
…まさか。
「リナリア、もしかして今まで…寝てた?」
「……ねて、…ない。」
「…。」
ほっとした。
何もなかったようだ。
リナリアは寝ていないと言ったけれど、その声では説得力の欠片もない。
寝てた、と思っていいだろう。
何だかおかしく感じてしまって、クスリと笑いが零れた。
「そっか。
リナリア、そろそろ上がっていいからね。
着替え置いておいたから。」
「…ぅ、ん。」
その小さい返事を聞いてから、脱衣所を後にした。
まさか寝ていたなんて。
けれど、冷えた後の風呂だったので眠くなってしまう気持ちはわかる。
思わず零れるクスクスという笑いを噛み殺しながら部屋に戻った。
「精市、どうだったんだ?」
部屋に戻ると、蓮二がすぐに聞いてきた。
笑っている俺を見て想像はついていると思うが、一応答えておく。
「中で寝てたよ。」
「「寝てたぁ?」」
赤也と丸井の声が被った。
きょとんとした顔で、目をぱちくりとさせている。
仁王は思わずぷっと吹き出していて、柳生とジャッカルは苦笑していた。
「それはまた…。」
「誰にでもあることじゃな。」
クツクツと笑う仁王はそう言いながら、赤也の頭にポンポンと手を乗せていた。
何するんスか、と赤也は不機嫌そうに言うけれど、仁王はいたずらっぽく笑っていた。
それから五分くらいが経った頃。
階段を駆け上がる音が聞こえた。
リナリアだろうか、などと考えていると、部屋のドアが勢いよく開く。
「せーいち!
これ、着方がわかんない!」
「ッ!!?」
ドアから入ってきたのは、体にバスタオルを巻いてはいるが、髪からポタポタと雫を垂らしたリナリアだった。
手には仁王のお姉さんが買ってきてくれた下着を持っていた。
君を心配した。
―他人のことで不安になるのは、初めてだった―
[ Prev ] [ Next ]