彼女が、幸村に抱き着いてかなりの時間が経った。
だが、彼女はずっと腕の力を抜こうとしない。
幸村の視界の奥で、彼女の尾がのんきそうにゆらゆら揺れていた。
「…もう、いいかい?」
「にゃ?」
なかなか、この体勢も辛いのだ。
彼女は、腕の力を少し抜いて、顔をじっと見つめてくる。
きょとんとした表情は、何故?と言っていた。
幸村は困ったように笑う。
理由を言おうとするのと同時に、視界に入っている赤也が、彼女の尾にゆっくりと手をのばした。
ゆらゆらと揺れているふんわりとした尾に、何とも言われぬ興味が湧いたのだろう。
それに気づいた幸村は赤也を咎めるために口を開くが、それも遅かった。
「あか…、!」
「ッひにゃあ…っ!」
「っ!」
赤也は、のばした手でぎゅうと彼女の尾を掴んだ。
急に尾を掴まれた彼女は、まるで悲鳴のような声を上げて飛び上がるように反応する。
幸村からも離れ、逃げるように部屋の隅に縮こまった。
尾を掴んだ本人、赤也は彼女がそんな反応をするとは思ってもいなかったらしく目を真ん丸に見開いている。
幸村自身も、目をぱちくりとしている事しかできなかった。
体を起こし、部屋の隅に縮こまった彼女に目を移す。
彼女は、耳と尾を手で隠すような格好をしていた。
頬には赤味が差しており、こちら…赤也を睨むように上目で見ている。
「きりはら、あかや…きらいっ。」
「!」
彼女はポツリと呟いた。
小さくても、確かに聞こえたその声に、幸村だけではなくその部屋にいる全員が反応した。
赤也の名前を、知っている…?
彼女は幸村の名前も知っていた。
幸村は、彼女に問うように言葉を投げかけた。
「赤也を…知ってるのかい?」
「…ぅん。」
「!」
彼女は小さく頷き、レギュラー全員は目を見開いた。
そんなレギュラー達に、彼女は怯えたように上目になる。
そして、今彼女の一番近くにいる柳生をおずおず指で指した。
「やぎゅ、ひろし。」
「!」
名前を言い当てた彼女が、信じられなかった。
幸村と、赤也だけの名前を知っているわけではないのか?
すると、彼女は腕の方向を変えて、その隣にいるジャッカルを指す。
「じゃっかる、くわ…はら。」
「な…っ。」
「にお…まさ、はる。」
「…プリッ。」
彼女は次々に名前を言い当てていく。
ブン太に蓮二、弦一郎に赤也…そして、俺。
信じられなかった。
…いや、信じられるわけがない。
彼女はレギュラー全員の名前を言い当てたのだ。
しかも、信じられないのは、そのことだけじゃない。
生えているかのような彼女の耳と尾。
呂律の回らない話し方も、まるで初めて話したかのように聞こえる。
頭が割れてしまいそうだ。
一体何が起きているのか理解ができない。
そんな俺を見て、蓮二は静かに口を開いた。
「何故、俺達の名前を知っているんだ?」
「にゃ。」
柳の落ち着いた声の問いに、彼女はきょとんとした反応を返した。
瞬きを2、3回ほどして、形のいい唇を動かす。
だが、その口から告げられたのは、信じられない言葉だった。
「マンガに、でてきてたもん。」
「っな…!?」
全員が同時に息を呑んだ。
彼女の言葉が、到底信じられそうになかった。
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