「ちょっといいかい?」



彼女の元に行き、声を掛ける。

仁王と丸井、そして赤也は幸村の声に顔を上げると、彼女に視線を移して黙った。



「なぁに?」



彼女は、幸村に声を掛けられたのが嬉しいのか、笑顔を綻ばせて首を傾げる。

細められた淡いブルーの瞳に、幸村はまた引きつけられた。

胸がドキリと高鳴る。

そのことに対する焦りを表に出さないよう、薄く微笑んだ。



「俺の部屋に来る前で、何か覚えていることはないかい?」

「?おぼえてること?」

「うん。外にいた、って言ってたよね。
そのときどこにいて、なにがあった、とか。覚えてること、ある?」



できる限り優しい口調で聞いた。

彼女は、視線を下に下げて、小さく唸る。

考えていることを表すかのように、彼女の耳は、ぴくぴくと細かく動いていた。

少しの間、沈黙ができる。

いつの間にか、レギュラーの皆は黙り、幸村と彼女との会話に聞き耳を立てていた。



「こう、えんで…雨がふってた。
わたし…ずっとひとりで…。」



彼女がぽつりぽつりと呟くように話し出した。

話すことに慣れていないような彼女の言葉には、どこか悲しみが混じっていた。



「呼んでも、きづいてもらえなくて…。
でも、おとこのひとが…わたしに…"もう、幸せになっていいんだよ"って。
"私が連れてってあげるから"って言って…わたし、ねむくなって…。
きづいたら、ここにいたの。」

「…。」



綺麗な、澄んだ瞳で見上げられ、何も言えなくなった。

男の人?幸せになっていい?

彼女が嘘をついていないことは確かだ。

だが、全然分からない。

一体、何が起きたのだろうか。

けれど、少なからず分かったことがある。

彼女は、自分の意志でここに来たのではないこと。

そして…。

彼女は、"独り"だということ。

幸村は複雑そうに眉を寄せ、後ろにいる柳に顔を向けた。

そんな彼女を、一体どうすればいいのだろう。

それはあちらも思っていたようで、眉根を寄せていた。

すると、幸村の制服の裾がくいと引っ張られた。



「ゆきむら…せ、いち。」



折れてしまいそうなか細い声で呼ばれる。

毛布にくるまっている彼女が震えているのは、寒さからではないことが自然に分かった。

ペタンと垂れている彼女の耳が、それを表しているかのようだ。

無意識に、手が動いていた。

濡れた彼女の髪を、梳くように撫でる。



「大丈夫、君は…独りじゃない。」

「!」



彼女はぱっと顔を上げた。

真ん丸に見開かれた目は、優しく微笑んだ幸村の顔を映している。

おもむろに彼女の顔に笑顔が広がったかと思うと、幸村の体は勢いよく後ろに傾いた。



「わッ…!?」



あっとみんなが同時に息を呑んだ。

それと同時に、ドシン、という大きな音が鳴り響く。

幸村は背中から床に倒れ込み、その首には彼女が抱き着いていた。

抱き着かれた幸村は、状況が暫く読めなかった。

一体何が起きたのだろう。

ジンジンと痛い背中に、疑問しかもてない。

だが、それを変えたのは、ぎゅうと抱き着いている彼女を見たからだ。

力一杯抱き着き、歓喜に瞳を潤ませている。



「ひとりじゃ…な、い…!」

「ッ、」



今にも泣き出してしまいそうな彼女に、胸が締め付けられた。

"独りじゃない"

そう言っただけで、この様子だ。

…一体今まで、何があったのだろう。

幸村の手は、自然に彼女の背中に添えられていた。

そしてその様子を…彼女を、レギュラー達は複雑そうに見つめていた。

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