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月青ひ、愛し夜高校生活も残り僅か。三学期に突入するとともに、三年は受験に向けてラストスパート。その為という尤もな建前で、自由登校になって半月ばかりが経過した。今吉翔一は周囲の者たちの認識通り、この国で最高峰の大学にほぼ入学が確定していた。バスケでの推薦も話しは来ていたが、全て断りを入れていた。もう、するつもりはない・・・
最後のWC初戦敗退。あれが堪えたわけではなかった。確かに原因の一旦ではあろうが、もっと別なベクトル方向に問題があったのだった。あれを機会に思い知った。頭の中ではとっくに分かっていた事なのに、十二分に理解していたのに、覚悟もしていたのに、あの瞬間迄それが自分自身が抱いていた幻想だったのだと。青峰大輝と共に出来るバスケはあれで終いや。未練は、多分無い。あるのは、もっと別な喪失感に似たなにか。
メール画面を見て溜息を零す。文面は至ってシンプル「あんたとバスケしたい」であった。
あいも変わらず歳上をあんた呼ばわりの暴君。しかし、青峰もWCの後なにかを悟ったか考え直したのか、練習サボリは前程では無くなったらしい。若松の苦労も少しは減ったと言える。若松は血の気は多いがあれでいて頼られると親身になる。時が経てばあいつは間違いなく良い主将になるだろう。
「あかんなぁー、やっぱしここ(体育館)に来るとそういう心配してまうわ」
「心配?なんのだよ」
「遅いわ自分、人呼び出しといて」
「しゃーねぇーだろ、若松さんやさつきがミーティングにも出ろ出ろうるせーんだからよ」
ミーティングにも顔出す様になったとは。えらい進歩に今吉は嬉しくなった。と、同時に、淋しくもある。巣立った雛を見送る親になった気分とはこういうものか、と。
その後青峰の要求通りに1on1。ついこの前迄現役だった筈なのに、筋肉が悲鳴をあげる。でも、そんな事より、楽しい。楽しくて楽しくて堪らない。ボールの感触、バッシュの音、ゴールした時のネットが揺れる音、全て。必死に食らいついき、僅かな隙をついては裏をかきボールを放つ。気づくと自分自身もそうだが、青峰も最大限のゾーンに入っていた。
この瞳や、わしが心底惚れたのは・・・───
「はぁー、負けてもうたわ。やっぱし青峰は最強や」
「・・・ぃ」
「は?なんや?聞き取れへんかった」
「なんでもねぇー。スポドリ持ってくる」
階段に出て空を見上げる。今日は空気が澄んでいる、綺麗な冬の空があった。月は満月にはほんの少し足らず、青白く、この空の絶対的な光、星達は月を美しく照らす為にあるかの様に。そう、まるで、青峰の様に。なにかが少し欠けていても尚美しく、絶対的な光。
「ほらよ、スポドリ」
「おおきに」
「なに見てたんだよ」
「うん?お月さんや、今日は綺麗やで。ホンマ、綺麗や」
「・・・。チッ」
そう言って見上げた今吉の横顔を見て、青峰は舌打ちした。この人がこの満点の空になにを重ねているか、容易には計り知れない。もともとが飄々としていて掴み所がない上に、その表情さえも完璧にコントロールしている。だが、常にない柔らかい眼差し、愛しい者を見つめる瞳に見え、青峰は自分自身の胸が張り裂ける音を聞いたのだった。
「なにむくれてるん?」
「あんたが月ばっか見てるからだよ!」
「・・・」
一瞬呆気にとられ、次いで可笑しくなった。まさか、ヤキモチをやかれるとは流石のサトリでも予想外の出来事であった。しかも、絶対に理解してい無い。月を何故美しいと言ったのか、月を何故愛でていたのか。その根底を。
やっぱし同じや、あの月と。なにかが少し欠けてて、それでも尚愛しい。
「ええやん、お月さん好きなんやから」
ままごとの様な告白。きっと青峰には伝わっていない。それでも言わずにはおれんかった・・・
「寮迄送る」
相変わらず前後の文との繋がりがない。青峰の周囲にさき迄あんなに殺気にも似た苛立った空気があったのに、今は跡形もなく消失し、ほら、と、手を差し出している。その手をとり立った瞬間前のめりになり、気づくと青峰の腕のなかに居た。
ああ、青峰の汗の匂い。
もう、これで終いや。
覚悟を決め顔をあげると、常にない真剣な青峰が居た。
「なに見てたか知らねぇーけど、これからはずっと俺だけを見てろよ、今吉さん」
なに、こいつ。反則やで、ホンマに。こんなにも甘い声やったんか、こんなにも自分を優しく見つめていたんか。堪忍してや・・・
「だから見てたやん。お月さん」
Fin.
2015/3/16