今日の授業が全て終わり、俺は家に帰ろうと下駄箱で靴に履き替え、学園を出ようとした。しかし外に出た瞬間、どんよりとした空から冷たいものが頭に落ちてきてため息をつく。雨だ。天気予報を見るのをすっかり忘れていて、今日は傘を持ってきていない。屋根がある場所に戻り、勢いよく降ってきた雨を眺めてどうしようか立ち尽くしていると、知らない生徒に声を掛けられた。

「あの、良かったら駅まで傘入る?」

声を掛けてきたのは、少しくすんだブロンドヘアに宝石のような青い目をした人形のような青年だった。あまりの顔の綺麗さに精巧に作られたアンドロイドなのではと疑ってしまう。思わず声を失う俺に、青年は不思議そうに首を傾けた。

「あの…」
青年の見た目を裏切らない鈴のようなテノールの声に、我に返った。

「あ、ごめん。……いいの?」
「うん」
「ありがとう」
俺が礼を言うと、青年は嬉しそうにニコリと微笑んだ。

背は俺より彼の方が高かったため、青年が傘を持って歩くことになった。傘は大きく作られていて、二人が入っても両肩が濡れないほどであった。しかし、見知らぬ人と同じ傘に入り駅まで歩くという状況に居心地の悪さを感じて遠くを見つめた。誰とでも話が盛り上がるエディなら初対面の人と傘に入っても話に花を咲かせるのであろうが、人見知りで、社交的ではない俺にとってこの状況は得意なものではなかった。チラリ、と隣に肩を並べる青年を見れば、彼はこの沈黙をどうも思っていないらしくどこか楽しげな表情を浮かべていた。

「俺、リュカって言うんだ。魔法科の一年。君は?」
突然そう話しかけられ、ドキッとしたが平静を装って答えた。
「ルーク。俺も魔法科の一年」
「ルーク、かあ。いい名前だね」
そう言ってリュカはふふ、と笑う。何がそんなに楽しいのか分からず戸惑った。その様子を見てリュカは愉快そうに目を細める。

「俺、まだ友達が1人もいないんだ。ルーク、良かったら友達になってくれない?」
「…友達?」
友達になろうなんて言われたことがなかったので、思わず聞き返してしまった。

「うん、友達!今度一緒にご飯でも食べようよ」
「…ああ、まあ、そのくらいなら…」
「やった」
傘に入れてもらったお礼もしたいし、ご飯を一緒に食べる人が増えるのは良いことだ。そう思って了承すると、リュカは満面の笑みを浮かべて喜んだ。その人外めいた綺麗な笑顔に、思わず見惚れてしまう。

「どこの組?迎えに行くよ」
「Sだよ」
「S?すごいね、一番上のクラスじゃないか。どれどれ、あ、ちょっと傘持ってて」

リュカは傘を俺に手渡すと、その傘を持った俺の手を自身の手のひらで包んだ。ビックリして傘を手放しそうになる俺の手を、リュカの手は力強く包んでいる。やがて、触れ合っている場所がポカポカと温かくなって何故か心地よかった。

「…ほんとだ、ルークの魔力すごいね。量も多いし質もいい」
「…これ、何してるの?」
「ちょっとだけルークの魔力をもらったのさ」
そう言うとリュカは俺の手から自身の手を離した。もう触れ合っていないのにリュカの手のひらに包まれていた場所が未だ温かく、その熱が名残惜しく感じて不思議に思った。

「なんか手が温かいんだけど」
「温かい?」
リュカは俺の言葉に何故か目を丸くすると、嬉しそうに破顔した。

「なに?」
「いや、何でもない。あ、駅着いたね。ルークはどっち方面の電車に乗る?」
「ティエール駅方面」
「あ、一緒だ」

リュカと同じ電車に乗り、他愛のない話をして過ごした。リュカが先に下車し、それを見送って二駅、乗り換えて五駅過ぎてようやく家の最寄り駅に到着した。

駅に着いて外を見れば、まだザーザーと雨が降っていた。周りの人が憂鬱そうな表情で空を見上げるのを横目に、俺はリュカから貸してもらった傘を広げて歩き出す。リュカは俺が最寄り駅から歩きだという話を聞き、自分はバスだから使って、と言って傘を貸してくれた。バスから降りた後どうするんだと聞いたところ、走るから大丈夫と笑顔で返された。

自宅近くの小さな公園を通りすぎたとき、俺は不意に足を止めた。公園で見覚えのある人物がびしょ濡れになって立ち尽くしているのが視界に入ったからだ。何故か傘もささず棒立ちし、ボーッと遠くを眺めている。
――あの人、今朝の。
見て見ぬ振りをしようと思ったが、その人のことが妙に気になり公園に向かう。その人のもとへ足を進めた。

「あの…」
声をかけると、濃紺の髪の男は驚いたように振り向いた。綺麗なヘーゼルの瞳が俺を捕らえて、心臓がドキ、と音を立てる。

「今朝はありがとうございました」
男は目を細めて俺を見ると、顔に滴り落ちる雫を腕でぬぐい取りながら「…ああ」と答えた。
何故男がここにいるのか疑問に思ったが、男がびしょ濡れなのを不憫に思い腕を伸ばして自分の持っていた傘を男にさしてあげた。

「…傘ないんですか?よかったら俺の家すぐそこなんで寄って行ってください」

男は俺から視線を逸らして眉を顰め何かを考えるそぶりをした。太い首に張り付いた髪の毛から雫が垂れている。男は俺がさしていた傘を奪うと俺が雨で濡れないように持ってくれた。

「…迷惑じゃないのか」
「全然。多分誰もいないし」
そう言いながら軍で勤務している兄の姿を思い浮かべた。確か今日も帰りが遅かったはず。

「……傘だけ借りたい」

男は苦い顔をしてそう言った。俺は今朝痴漢から助けてくれた、このびしょ濡れになった屈強そうな男が一体何者なのか興味が湧き、自宅に来てくれるのを嬉しく思った。
「こっち」と言って俺は意気揚々と男の太い腕を引いた。








俺の家は、公園を通り過ぎて10分程歩いた先の森の中にあった。その森は「ジゼルの森」と呼ばれ、昼夜問わず黒い霧で覆われていることが多く、迷ったら最後死ぬまで出ることのできないと噂されていた。そのため普段から人の寄り付かない森だ。その中に佇む茶色い煉瓦で出来た俺の家はこじんまりとしていて、太い木々に隠されていた。注意深く歩かなければ通り過ぎてしまう程、影の薄い家だった。
俺と男は家の屋根の下に入ると、俺がたまたま持っていたタオルで濡れてしまった身体を拭いた。鞄から鍵を取り出し、扉の鍵を開けた。

「中どうぞ」

そう言って扉を少し開く。傘を閉じながら興味深そうに辺りを見回していた男はそれに気づくと、首を緩く横に振った。

「傘だけ貸してもらえればいい」
静かに放たれたその言葉に目を丸くする。

「びしょびしょじゃん。風邪ひいちゃいますよ。シャワー浴びていって下さい」
「いや、大丈夫だ」

少し戸惑いを見せた様子で頑なに首を縦に振らない男に、疑念を抱いた。
──なんで?ここまで来たんだから浴びていけばいいのに。
不満げに唇を尖らせたその時、耳をつんざくような激しい音が辺りに響き渡った。天上から地面へ一直線に叩きつけるような轟音。それは、雷が近くで落ちた音だった。気づけばいつのまにか、空は日の光を遮るような暗雲に覆われ、漆黒に染まっていた。

「っ」

雷!?なんで急に、
俺は一気に身体を強張らせる。制御できない恐怖で足がすくみ、身動きがとれなくなった。


「雷か。結構近くだな。……おい、どうした?」

様子のおかしい俺に気づき、男は目の前の青ざめた顔を覗き込む。血の気のない顔で恐る恐る顔を上げた。2人の視線が絡み合った瞬間、力のない手で男の腕を掴み家の中に引き込んだ。

「──おい、」
「とりあえず中入って!」

強引に男を家の中に連れ込むと、玄関で靴を履いたまましゃがみこんだ。唸り声をあげながら、両耳を強く手で押さえる。2回目の轟音が響き渡るとビクリ、と大きく身体が揺れそこから震えが止まらなくなった。

今日って雷が鳴る日だったっけ?
どうしよう、怖い、怖い!

身体を支配する恐怖心に抵抗することも出来ず、俺は背後に立つ男の存在も忘れ、ただ次の雷鳴に怯えていた。

──しかしその身体は不意に宙に浮いた。

「えっちょっ」
突然の出来事に俺は思わず耳から手を離す。その途端再び雷の音が轟き、「ぎゃっ」と叫んだ。男はそれに構わず俺の身体を軽々と抱え、家の中へと進む。

「寝室はどこだ?」
「そっ、そこの部屋!」

頭の整理がつかないまま寝室の扉を指差すと、男はその扉をあけ中に入った。そしてシングルベッドに俺を置くと、敷いてあった純白の布団で俺の身体を丸ごと包んだ。

「えっ」
「しばらくこのままでいろ」

布団の外から男の低く篭った声が聞こえ、身体の動きを止める。男はベッドに腰掛け、前から布団ごと俺のことを抱きしめていた。そして外界からの音を遮断するように、俺の両耳をその大きな手で覆っている。俺は時間をかけて自らの置かれている状況を飲み込むと、瞳を何度か瞬かせた。

──何が起こっているんだ…。

伝わってくる男の体温に自然と心臓が波打ち、ゴクリと唾を飲み込んだ。布団と男の分厚い手の二重で覆われているからか、雷の音はほんの微かにしか聞こえず、ドクンドクンとリズムを刻む自分の鼓動だけが布団の中で響いていた。いつの間にか身体の震えは止まり、下がっていた体温も上昇していた。平静を取り戻した俺は男と会話したいと身じろいだが、男の手はしっかりと俺の耳を押さえ動かなかった。

どうすればいいか分からずそのままじっとしていると、轟音から遮断され安心したせいか、次第にトロトロとした眠気が襲ってきて俺はその瞼を閉じた。

──何でだろう、この人の体温、すごく落ち着く…。

心地の良い眠りに逆らうことは出来ず、俺はそのまま意識を手放した。





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