可愛い後輩


「遠野くんってコーヒー飲める?」

隣に立った遠野くんにそう尋ねると、遠野くんは緩く首を振って「俺コーヒー飲めないんです」と申し訳なさそうに言った。そっか、と俺は言いカバンにコーヒーをしまう。律にあげよ。
プシュ、と音を立てて炭酸飲料の蓋を開け、喉を鳴らし一気に呷る。すると遠野くんの強い視線を感じた。

「そんな見ないでよ」
ペットボトルから口を離し、茶化すように笑ってそう言うと、遠野くんは「あっ、すみません」と言って下を向いた。

「俺…ずっと榎本先輩のファンだったんで…こうやって話せるの嬉しいです」
遠野くんのその言葉に、俺は驚いて目を丸くする。

「ファンって…なんで俺なんかに」
「なんか、じゃないです。先輩は、見惚れちゃうほど綺麗で、カッコいいです」

遠野くんは俺を真正面から見つめて、真剣な表情でそう言った。…カッコいい、だって。面と向かってこんなに素直な言葉で褒められることなんて滅多にない。嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔が火照った。

「…そんなこと全然ないけど、ありがとう。嬉しい」
「そういう謙虚なとこも好きです。……あ、先輩、耳まで真っ赤ですよ」
笑いながらそう言われ、俺は両耳をバッと手で押さえた。赤面すると耳まで赤くなるの、やめたい。





「正直、体育祭の時に先輩に助けられてラッキー
!って思いました。先輩と接点を持つってなかなか難しいですから」
寮に向かって歩き始めてすぐ、遠野くんは照れたように言った。

「そんな、普通に話しかけてくれたらいいのに」
「…それはハードルが高いですよ。先輩話しかけづらい雰囲気出してますし」

え、まじ?と俺は吃驚する。自分がそんな雰囲気を出しているなんてだいぶショックだ。

「まあ雰囲気というよりか…先輩が美人すぎるせいっていうか…、あ、芸能人とか、憧れの存在に声かけるのって緊張しません?それと一緒です」
「なるほど…?」
確かにもしそこに俺の好きな芸能人が歩いていたとして、声をかけるなんて緊張して無理だ。…それと同じこと、なのか?


ほぼ屋外の渡り廊下まで来ると、涼しい風が頬を優しく撫でて俺は目を細めた。夏が近づいているせいか暑かった昼間に比べて、夜になると涼しくなってちょうどいい。校舎から寮に向かう生徒は、俺たちの他にも結構いた。みんなこの時間まで何していたんだろう。部活かな。

「遠野くんって部屋何階?」
「あ、3階です」
「俺の1個上だね」
さっき校舎の階段を下りたばっかだが、今度は寮の階段を上る。

「…先輩に護衛役をつけるの、俺は賛成です。先輩のこと狙ってる輩、多いですし」
遠野くんが足元を見ながら不意に言った。なんの話か一瞬分からなかったが、風紀委員室でのやり取りを思い出す。

「いや、そんなことないよ実際」
「そんなことありますよっ、先輩が気づいてないだけで」
茶色い大きな瞳に上目遣いで見つめられる。そして自信たっぷりにそう言われ、俺は面食らってしまう。遠野くんってこんなにはっきり喋る子だったんだな。

「…でも、先輩の同室者の方やる気なさそうでしたよね」
「あ、律?」
俺を睨みつけた時の律を思い出して身震いする。あれはめっちゃ怖かった。

「はい。しかも委員長にあの口の利き方。噂によるとすごい乱暴そうですし…先輩、部屋で暴力とか振るわれてませんか?」
「暴力!?振るわれてないよ!」
思い切り首を振ると、遠野くんは疑うように「ほんとに?」と聞いてきた。「本当だよ!」と力強く頷くと「ならいいですが…」と安心しきれていない表情を浮かべた。

「律は、無意味に暴力振るう奴じゃないよ」

口は結構悪いけど、優しいし気がきくし、悪い奴じゃない。前の学校で何があったのか知らないけど、少なくとも俺の同室者の"碓氷律"はそういう男だと思う。…たぶん。まあまだ知り合って間もないから自信はないけど。

俺の言葉を聞いた遠野くんは申し訳なさそうな顔をして口を開いた。

「…すみません。先輩の同室者なのが羨ましくてちょっと悪く言っちゃいました。…いいなあ、俺も先輩と同室になりたいです」

そう言って遠野くんは花が咲いたように笑う。なんでそんなに俺を好いてくれているのかよく分からないが、そんな台詞を言われていい気がしない人はいないと思う。俺は可愛い後輩ができたのが嬉しくて、遠野くんの頭を優しく撫でた。ふわふわの茶色い髪が指の間を抜ける。遠野くんは驚き、照れたように肩をすくめた。
俺たちはいつのまにか2階に着いていた。

「じゃあ俺部屋こっちだから、またね。あ、芦名くんになんかあったら、風紀に報告よろしくね」
「はい!あ、先輩、最後に1つビックリなニュースが」
部屋に向かおうとする俺を、遠野くんが引き止めた。

「三宅先輩、自主退学したみたいです」
「えっ」
自主退学…三宅が…?

「…何で?」
「理由までは分からないですけど…一昨日だったかな、突然退学したみたいですよ」

最後に三宅を見たのは、リンドウの前で律と喧嘩していた時だ。あれから、何があったんだろう。理事長に、退学するように求められたんだろうか。
この可愛い後輩と自分を襲ってきた男が退学したと聞いて喜ぶべきなんだろうが、俺はちっともそういう感情が湧かず、ただ疑念と違和感だけが頭の中で渦巻いていた。




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