小説 | ナノ


▼ ーWiedersehenー 1

叶わぬ恋の感情に、
振り回されて傷つけあっても、
慈悲深き愛の女神よ。
戯れに恋を――――

殺さないで。


漆黒と呼ぶに相応しい夜の闇に、数多の星屑と月が昇っている。
海のすぐ近くに建てられた別荘の庭には色とりどりの花が植えられ、上品な雰囲気を醸し出していた。
どれも全て主人の趣味だ。
側にあった真紅の薔薇の花を適当に一つ摘み、暫し見つめた後、ロロノア=ゾロは地面に投げ捨てた。
周りには豪華なドレスを着た貴婦人やパリッと糊がきいたスーツを纏う紳士達で賑わっている。
それもそのはず、これはゾロの主人が開いた夜会だからだ。
馬鹿に広い広間には上等な肉や魚介類が惜しみなく使われた料理が並べられ、シックな音楽と共に社交ダンスが行われているのが、庭からでもよく見えた。

「――よくもまぁ、金が続くもんだよな」

ボソリと独り言を呟き、退屈そうにワインのボトルに口をつけた。
グラスに注ぐなんて面倒なことはしない。
おまけにこのボトルは、こっそりワイン室から拝借したものだ。
正直なところ、ゾロはあまり夜会は好きではない。
無駄に贅沢に着飾った奴らが自慢話やお世辞を言い合うだけの席としか思えない。
それに堅苦しいあの空気が苦手なのも原因の一つだ。
そんなところで壁の花を決め込んで立っているより、こうしてだらけて酒を飲む方がずっと楽なのである。
それに、ここからなら館に何かあってもすぐに広間に戻れる。

どんな主人であれ、仕えることとなった以上はその命に従い、守り通す。
それがゾロの、一騎士としての誇りだった。

最もあの主人は自分で賊を成敗するだろうけど、とゾロは退屈でため息をついた。
ボトルの最後の一滴まで飲み終わろうとしたとき、パイプオルガンの旋律が聞こえてきた。
ここにはそんな大層な物まで置いてあるのかと半ば呆れるような気持ちでいると、歌声がメロディーと共に風に乗って流れてくる。


――Amazing grace
How sweet the sound

That saved a wretch like me――


ゾロの鼓膜を通して伝わるその声は聞き覚えがあるものだった。
ドクリと心拍数が上がる。

(おいおい――――マジかよ)
(――なんで……本当にあいつなのか?)

空のボトルを手放し、急ぎ足で広間へとゾロは戻った。
すれ違う人の会話が耳に入る。

――素晴らしい声だ。
――滑らかで美しく。
――それでいて妖艶な響き。
――まさに歌姫に相応しい。

徐々に歌声が大きくなっていく。
それに増して確信していく。

That saved a wretch like me
I once was lost, but now I am found…

最後の一節が終わり、盛大な拍手が会場に鳴り響く。
客を掻き分けて歌姫の目の前まで近づいたゾロは言った。

「随分久しぶりじゃねぇか……ロー!」

名前を呼ばれた歌姫――トラファルガー=ローはチラリとゾロの方を向いて目を見開いた。

「お前……ロロノアか?」
「あぁ、そうだ。忘れちまったのか?」
「そんなマリモ頭、忘れられるわけがねぇだろ。そうか……本当にお前なんだな」
「最後に会ったのはもう何年前のことだっけか?」
「――八年」

ローはゾロの手を握って微笑した。

「あの日から八年も経ったんだぜ、ロロノアさんよ」


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