小説 | ナノ


▼ T

白い霧が視界を濁らせる。
春になったとはいえ、この空気の中は冷え冷えとしており、鬼灯は羽織でも持って来ればよかったと後悔した。
ここは俗にいうあの世とこの世の境目である。鬼灯がまだ小鬼で現世をさまよっていた時も、ここから黄泉の国へ入っていった。
しばらく歩くと、次第に霧は晴れ、山奥の道が現れた。
獣道ともとれる、雑草で生い茂った道を通り抜け、ようやく歩きやすくなったところでーー気づいた。
「……これは……」
目の前に数多の桜の木々が立ち並んでいる。
どこもかしこも薄桃色の花弁に包まれ、仄かに甘く、爽やかな香りが鼻腔をかすめる。
まさに、
「――百花繚乱ですね……」
普段は冷静冷徹な鬼灯も、思わず感嘆の息を漏らした。
今まで何度か現世の花見でこの花々を見たことはあるが、ここまでのものではない。
ぐるりと鬼灯がこの異空間を見渡す。
花、花、華。
狂ったように咲く花の中、一つだけそれはあった。
黒い幹に細い枝を伸ばし、その木はーーまるでこの空間の玉座に座っているがごとく、そびえていた。
それだけなら鬼灯もさして気に留めなかっただろう。
しかし、その木はある一点において明確に異なっていた。

この木だけ。
「咲いてない――」

中央に立つ黒龍木。
その木だけ、花が咲いていなかった。


prev / next

[ back to top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -