竜驤虎視
微睡の中、唇に微かに感じたのは馴染みのある香りと、そして熱。
……それから続いて、顔に何かが叩きつけられる痛みが響いた。
「……がっ!? ヨーナ貴様、急に何をする!!」
不意にゲシュヴァルトの顔面に走った衝撃の正体は、どうやら辺りに散らばる書類の数々のようだった。顔を押さえながらのそりと起き上がると同時に部屋の扉が閉まる音が聞こえた、おそらくヨナタンが部屋を後にしたのだろうと判断する。なぜならこの屋敷の主人である己に対しそのような事をできる人物は一人しかいないからだ。
寝起きで不機嫌なゲシュヴァルトは目を細め扉の先にいるであろう男に向かって牙を向き文句を言っていたが、暫くして反応が何も返ってこないと理解すると次第に怒っているのが馬鹿らしくなり大人しく散らかっている書類を拾い始めた。
己の考えなしの行動の後始末をしてくれているのはありがたいと思わないでもないが、それにしてもこれが主人であり友である俺にする態度か、と考えながらゲシュヴァルトは未だ機嫌の直らない表情のまま喉奥をグルル、とまるで猫が威嚇をするかのように低く鳴らした。
「ん?」
集め終えた書類を机の上に投げると同時にゲシュヴァルトは顔を上げた。エルフとはまた違う、竜人特有の長い耳がシャワーの流れる音を拾う。
もしやと思い隣の部屋の扉を開くと案の定そこに控えているであろう男はおらず、この音の主がヨナタンだとすぐに分かった。
「……ほーお、まだ風呂に入ってない俺を差し置いて先に優雅にシャワーとはなぁ」
今日は普段以上に調子に乗っているようだな、と誰もいない部屋でそう呟くと同時に落ち着いてきていた苛立ちを再度ふつふつと沸き立たせた。
しかしその思いは微かに鼻に突く匂いによってすぐさま掻き消される。
常人ならば感じぬ程の薄らと、微かに残っていたものは雄の匂い。
次いで思い出したのは、先程起きる直前に唇に感じたもの。
「…………成程、そういう事か。ククッ」
良い玩具を見つけた子供のようににんまりと笑うと、ゲシュヴァルトはその足を浴室へと向けた。
脱衣所に置かれている衣服を判断するにやはり浴室にいるのはヨナタンで、シャワーの音が止まると同時に場を区切る扉を開き遠慮することなく中に入った。
「な……ヴァルッ!?」
濡れた髪を鬱陶しそうに掻き上げていたヨナタンは突然の急襲に驚き目を丸くしている。
けして筋肉質という訳ではないが均整のとれた褐色の身体は隠す間もなくゲシュヴァルトに晒されており、そして微かに聞こえる吐息には熱が籠っていた。
「フン、普段寒がりのお前が随分と熱そうだな」
ゲシュヴァルトは濡れることを気にする事もなく近寄ると、その晒された腹筋の筋を爪先でなぞるように滑らせた。ひくりと身体が強張るように僅かに跳ねる。暖かな湯を浴びたからなのか、それとも別の理由なのか。触れたヨナタンの身体は熱く火照っている。
その様子にゲシュヴァルトは上機嫌に笑った。
「俺が欲しいか、ヨーナ」
動揺か、それともあまりにも急激な流れに追いつけていないからなのか。身動きを取れないでいるヨナタンに、ゲシュヴァルトはそう問い掛けながら妖艶な笑みを浮かべてみせる。
その光景はまるで獲物を追い詰めた狩猟者のようだった。
「…………」
「…………」
互いの目線が絡み暫くの沈黙が続いたが、程無くしてゲシュヴァルトはヨナタンの反応がつまらなかったのか飽きたのか、相手の身体からそっと離れた。
「冗談だ、まぁしかし俺が近くにいる時に自慰などせんことだな。俺にはすぐに分かるぞ」
俺は鼻がいいんでな。と付け加えると、ゲシュヴァルトは最後にヨナタンの胸を指で軽く突き、そのまま彼を置いて己の自室へと戻っていった。
その口元は先程と変わらず上機嫌に弧を描いている。
(今日散々俺をコケにした罰だ)
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ツミキさんの燕巣幕上の続きのような
ヨナタンさん(@tumiki_kikaku)
お借りしました!
2015/12/2
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