抱えきれない程の愛の花を




まだ日も顔を出していない寒く薄暗い朝方、カレルヘルムは白衣をはためかせながら軽やかな足取りで道を歩いていた。
習慣にもなりつつある愛しき人、アレキサンドラへの薔薇の配送の為である。

研究で行けない日もあったが、行ける時には必ず足を進め屋敷を目指した。勿論移動魔法を使えば一瞬で行けるが、自分の足で歩んで向かい自分の手で直接彼女に渡したかった。それもあってか最近少しだけ体力が付いたような気がしなくもない。
手元の薔薇を薄らと見つめ、それからいつもの、カレルヘルム特有のにんまりとした笑顔を浮かべた。


「サンドラ、驚くかなぁ」


顔を上げると、見慣れてきたペルレ家の屋敷がもう目の前だった。











「あ、カレルだー!おはよー!」
「おはよ。今日はいつもよりちょっと早起きだね、シエロ。シエラも。サンドラいるかな?」
「仕事があるから今日は早起き……ママ、さっき帰ったから……起きてるか……きっと、寝てるわ」

屋敷の庭先に入るなり元気にこちらに駆け寄ってきたシエロの尻尾をもふもふと撫でながら後から続くように来たシエラの方に顔を向けると、まだ眠たいのか少々不機嫌そうに目を細めて小さな欠伸を溢した後ぽそりと呟くように答える。
二人ともこの屋敷の使用人で、以前森の中で話した事もあってか顔なじみになっていた。カレルヘルムは手元の薔薇を見た後小さく溜息を吐く。



「そっかぁ、うーん会いたかったんだけどなぁ」
「カレル、ママに会いたい?部屋に行く?表は鍵が掛かってるけど俺達の部屋からなら中に入れるよー」
「ほんと?……ふふっ、じゃあ案内してもらってもいいかな?」
「……シエロ……でも、カレルなら……いいかしら」


 尾を揺らしながらあっけらかんというシエロにシエラが止めようと一瞬するも、暫く思案した後自分達の部屋の方へ足を進め、刃になっている指先をかちゃりと鳴らしながらカレルヘルムを手招きした。
 どうやら姉弟達の特殊な刃の手の為か窓から出入りしやすくしており、またどこのドアも肘で開閉できるように改築をされていた。この今の屋敷の主の優しさが屋敷のあちこちから窺えてカレルヘルムはくすりと笑みを零した。
 その気配を微かに感じたのか先を歩いていたシエロが振りむき、改めてカレルヘルムの方を眺めた後不思議そうに首を傾げた。同じくシンクロするようにシエラもこちらに視線を向ける。



「ん?あれー?そういえばカレル、今日はいつもと違うんだね」
「……そういえば、そうね」



 二人が同じにぱちりと大きく瞬きするのが長い前髪の隙間から見えて、カレルヘルムは得意げな顔で答えた。




「そうだよ、今日は特別な日だからね」



 なにがあっただろうかと二人が更に首を傾げたのを見て、カレルヘルムはけらりと笑った。











「ここがママの部屋、それじゃあ俺はご飯作らなきゃいけないから戻るねー」
「……私も、今日は綺麗に切っておきたい木があるからいくわ……」
「うん、ありがとうね二人とも」


ひらひらと手を振り仕事へと戻る二人を見送った後、カレルヘルムは目の前の扉を見詰めた。ドアノブを軽く回してみるがどうやら鍵が掛かっているらしく、ガチャリと鈍い音だけが響いた。
 続いてノックを数回して声を掛けてみる。


「……サンドラ?」


 暫く反応が返ってくるのを待ってみたが静寂が続くのみで、部屋の主が完全に寝入っているであろう事を示していた。ふむ、とカレルヘルムが何かを思案するようにドアノブの鍵穴を見詰める。どうやらかなり古い型の鍵のようだ。


「……ふーん?」


 にんまりと、カレルヘルムが悪戯を閃いたかのように笑う。


 カレルヘルムは白衣のポケットに常備している工具をいくつか取り出すと、それらを駆使して鍵穴を弄り始めた。かちゃり、かちゃりと確かな手ごたえを指先で感じる。
元々が機械類を扱う学者のカレルヘルムにとって古い型の鍵を開けることなど造作もなく、ものの数分もせず部屋を守る鍵は容易く開けられてしまった。
先程とは違い、軽くなったドアノブを握るとそのまま扉を開く。



 それと同時に鼻腔に、ふわりと嗅ぎ慣れた香りが広がった。

 カレルヘルムは部屋の中で何よりも真っ先に視界を奪った、見覚えのある沢山の花を見て満面の笑みを浮かべながら手元の薔薇を優しく持ち直す。そしてベッドに横たわり、眠りに落ちている館の主、アレキサンドラに歩み寄った。


 ベッドに寄り掛かり、眠っている顔を暫く見詰めてから、そっと耳元で囁く。




「ねぇサンドラ、起きて?」


 甘く、少し意地悪に吐息を混じらせながら、低い声で。
 耳元で囁かれたからか、アレキサンドラが薄らと目を開き、ぼんやりと寝惚けているのであろうがまま視線をこちらに向ける。


 アレキサンドラの目の前にいたのは、以前に一度だけ見た青年の姿のカレルヘルムだった。


「カ、カレル……ッ!?あなた、えっ?どうしてここに!?」
「ふふっ、おはよう」


 衝撃で一気に目が覚めたのか、あわてて起き上がりながらこちらを見上げるアレキサンドラとは対照的にマイペースにカレルヘルムは微笑んだ。


「薔薇、大切にしてくれてるんだね。ありがと」
「あの、それは……」
「微かに魔力を感じるよ、サンドラの魔力は優しいね」


花瓶に飾られた薔薇に手を伸ばし、そっと優しく触れる。確かな生命力を感じてカレルヘルムは目を細めた。アレキサンドラは起きたばかりで思考が回らないのか、混乱した様子で言葉を発せないでいる。
 ベッドの端に腰かけ直しながら、カレルヘルムが下から顔を覗き込む。翡翠色と、深い水底のような青色が混じりあう瞳が迷いなく見上げている。



「サンドラ、今日渡したい薔薇はね、いつものと違うんだ」
「……?」



 どういう事?といわんばかりに見つめ返してくるアレキサンドラの手元に、ずっと握っていた手元の薔薇をそっと差し出す。
 それと同時にカレルヘルムは己に掛けていた魔法を解除し、普段の幼い姿へと戻った。


「これは……」


 かさりと音を立てるラッピングに丁寧に包まれたそれは、枯れた白い薔薇。




「薔薇のドライフラワーだよ、綺麗だよね。枯れても、例え散っても、薔薇はずっとこうして咲き誇って愛されるんだ」
「……」
「見た目だけでも大人になって渡そうと思ってたけど……でも、背伸びするのはやめるよ」



 返事をしないまま手元の薔薇を凝視しているアレキサンドラの手を握り締め、カレルヘルムはぴたりと寄り添い先程のように耳元で囁く。






「ねぇサンドラ?サンドラは『知らない』っていうから、僕が教えてあげる」







 そういうとカレルヘルムは手を伸ばし花瓶に生けられている薔薇を一本手に取る。

「この、サンドラに初めて渡した一本の赤い薔薇は『一目惚れ』、『あなたを愛する』」


 言いながら更に二本新たに手に取り、三本の薔薇の束を作る。
「この三本の薔薇は『愛しています』、そして更に増えて六本になると『あなたに夢中』」


 次に、次にと薔薇を手に取りながら花言葉を説明する。手元の薔薇はあっという間に抱えきれない程になっていた。
 部屋中の薔薇を手元に集めきったカレルヘルムは、最後にアレキサンドラが手にしていた白い、枯れた薔薇を手に取る。






「この白の枯れた薔薇は……『生涯を誓う』」
「……!」
「そしてね、この白薔薇をここにある薔薇全部と束ねると……ほら、全部で99本になるんだよ?ふふっ、サンドラは気付いていたかな?」





 驚いたような瞳で見つめてくるアレキサンドラに、カレルヘルムはふわりと笑って返した。







「99本の薔薇は『永遠の愛、ずっと好きだった』……ねぇサンドラ?僕はサンドラから見たらまだまだ子供かもしれないけど、それでも僕はこんなにも君の事が好きなんだよ。永遠の愛を誓いたい程に」









 改めて、僕のこの花束を受け取ってくれる?サンドラ







 そう言いながら恋焦がれる彼女を見上げ、カレルヘルムは首を傾げてみせる。
 窓からは朝日が薄らと差し込んでいた。





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みそさん宅アレキサンドラさん(@misokikaku)
ツミキさん宅シエロさん、シエラさん(@tumiki_kikaku )




お借りしました!



2015/10/10



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