その場限りの花
「んー……」
夜ながらも大勢の人で賑わう声を聴きながら、海の上で浮き輪に身を任せていたカレルヘルムが小さく唸りぶるりと身を震わせた。
熱帯夜の中での海は心地よくて、けれども流石にずっと水に浸かっていると身体が冷える。少々肌寒くなってきた。
「どうしたんだいカレル、そんな顔して」
カレルヘルムの浮き輪の紐を咥え引いていた狼姿のルディが犬かきの足を止めぬままに振り返る。
二人は時折こうしてよく共に遊ぶ友人関係である。
「いや、なんだか身体が冷えてきちゃった。ルディそろそろ戻ろう?」
「そうかいそうかい。エルフは身体が強くないもんねぇ、分かったよ」
沖に向かっていた身体をくるりと方向転換をするとルディは岸に向かって泳ぎ始めた、ぱしゃぱしゃと水を勢いよく掻く音を聞きながらカレルヘルムがぼんやりと近付いてくる砂浜を眺める。
息子と、いつぞや出会った獣の毛と刃の手を持った少女が一緒に遊んでいるのが見えた。そこから少し離れたところで、変わった水着を着た白髪に見覚えのある執事と、紫髪の男が何か会話をしている。
そして、その奥には。
呆けたような顔をしていたカレルヘルムの瞳が段々と輝いていく。
「……サンドラだ!」
「ん?サンドラって誰だい?」
「僕の好きな人だよ。ほらルディ、早く早く!」
手を伸ばしてぺしぺしとルディの背中を急かすように叩く。普段と違ってどこか興奮しているようなそのカレルヘルムの様子に一瞬きょとんとしたが、すぐにいつもの大きな笑い声を上げる。
「あっはっは!よっぽどその人が好きなんだねぇ」
「あははっ、それは勿論。まぁ片思いだけどね」
「なんだいアンタらしくない、さっさと本人に伝えなよ」
「僕としては沢山アタックしてるつもりなんだけどなぁ」
岸に着くまでそんな事を話した。どうやら聞くところによるとルディにも今お気に入りの子とやらがいるらしい。こんなルディが気に入るなんて、相手はどんな人なんだろうと少し興味が出た。
砂浜に足がついたところで先に岸に着いたルディが身体をブルブルと震わせ水を掃うと、その水がカレルヘルムの顔にまで散って来て思わずムッとした。
「あのねぇルディ……」
「はっは!悪い悪い。……ん?なんだい、凄い薔薇の匂いが……」
不意にそう呟きながらルディがすん、と鼻を鳴らす。首を傾げながらカレルヘルムもマネをして辺りの匂いを嗅いでみるが磯の香りしか感じられなかった。ルディが匂いの元を探ろうとしているのか匂いを嗅いでいると目の前に人影が現れる。
「……あら、カレル?」
「サンドラ!ふふっ、こんばんは」
どうやら散歩でもしていたのか、潮風に髪とパレオを遊ばせていたアレキサンドラが驚いたような顔をして立ち止まる。カレルヘルムが浮き輪を担いだまま笑顔を浮かべて駆け寄ると、驚いていた表情が段々と変わり遂には逸らされてしまった。心なしかぷるぷると身体が震えている気がする。暫く不思議そうに見上げていたカレルヘルムだったが、後ろでルディがけらりと笑った。
「あっはっは!なんだいそんなカッコで嬉しそうに駆け寄って。まるで子供みたいだねぇ」
「なっ……!?ちょっとサンドラ、もしかしてサンドラも今子供みたいって思ったの!?」
「ふ、ふふ……ごめんなさいねそんなつもりじゃ……」
どうやら正解だったらしくカレルヘルムはむぅっと眉間に皺を寄せるが、それこそ子供っぽい態度だと思い直すと冷静になるように心掛けた。暫くするとアレキサンドラも落ち着いてきたのか、未だにどこか笑み浮かべてはいるものの目を合わせられるようになる。
そうして空気が落ち着いてきた所で遠くの方から呼びかける声が響く。
「ルディさーん!」
「……ん?お、シャオじゃないか!」
ふわりと人の姿に戻るとそのままルディは尻尾を千切れんばかりに振りながらその声の持ち主の方へと駆け寄った。つられるように視線を向けるとシャオと呼ばれた黒いショートヘアの少女がいる、あの子がルディの『お気に入り』なのかとカレルヘルムがひとり納得する。
「じゃあアタシはシャオと遊んでくるから失礼するよー!カレルもそっちの薔薇の匂いの姉さんとたっぷり遊びなー!」
「薔薇の匂い……?」
大声でルディがそう伝えるとそのままシャオと海岸の方へ向かって走って行ってしまった。残されたカレルヘルムとアレキサンドラがきょとんとしながら目を合わせる。
「に、賑やかな方ね……カレルのお知り合い?」
「うん、友達。よく散歩の時に背中に乗せてもらうんだー」
ルディの勢いに苦笑しているアレキサンドラが呟いた言葉にそうカレルヘルムは返答する。カレルヘルムはカレルヘルムで、ルディが残した言葉が気になりつつも今現在こうして二人きりになれているという方が大事なようで。
「ね、それより今ヒマ?折角だし一緒に遊ぼうよ」
「え?えぇ、私は構わないけれど……何をするのかしら?私、そこまで泳いだりできないのだけれど……」
困ったようにアレキサンドラが頬に手を添えて首を傾げる。カレルヘルムも今泳いできたばかりでまた再度泳ごうかなどという元気までは無く、言い出したもののどうしようかと腕を組み唸りながら空を見上げた。星空が綺麗に輝いている。
綺麗な夏の夜空だ。
「……あ、そうだ!」
はっと思いついたようにカレルヘルムがそう声を上げると浮き輪から抜け出してその場にしゃがみ込んだ。そして不思議そうにその様子を見つめているアレキサンドラに手招きする。
「ほらほらサンドラもしゃがんで、こっち来て手を出して」
「……手?こ、こうかしら」
上品に膝を折り、言われるがままに両手を差し出すとカレルヘルムはにんまりと悪戯な笑顔を浮かべながらそっとアレキサンドラの掌の上に何かを落とす。いや落ちてくることは無く一定の高さを保ってそれは留まっていた。
小さな陽の色をした球体が、ぱちりぱちりと火花を飛ばす。
それはまるで、持ち手のない
「…………線香花火?こんなに近くに火があるのに熱くないのね」
「即興だけど、熱くない火の魔法で作ってみたよ」
どこか得気にカレルヘルムが言いながら、手元の火を見詰める。
「フフッ、今日は薔薇渡せないけど……たまにはこういう花もいいでしょ?夏って感じでさ」
光が互いの顔照らす、小さな炎の花がぱちりと音を立てる。
くすりと小さく笑う声が聞こえた。
顔を上げるとアレキサンドラが柔らかな笑みを浮かべていた。
「えぇ、素敵ね」
暫くこうしてふたりきり、小さな花火を見てパーティの時間を過ごした。
「あ!もっと気合い入れたら打ち上げ花火みたいなのも作れるけど、どうかな?」
「それは……流石に他の人が驚いちゃうんじゃないかしら」
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真夏のビーチでカレサンだってイチャコラしたい!という欲望の塊でした←
みそさん宅、アレキサンドラさん(@misokikaku)
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お題
『線香花火』
お借りしました!
2015/8/24
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