賑やかな休日




「あ〜……」
「ん?ルオくんどうしたの、珍しく元気ないねぇ。今日はお仕事ないの?」
「……今日は非番なのであります」


ある日の朝、現在世話になっている宿屋の一階にある酒場のカウンター席で、ルオはグダグダと俯せながら唸り声を上げていた。カウンター越しにこの宿の店主であるアールヴが食事の準備をしながら首を傾げている。


「お休みなら良いじゃない、好きなことしてゆっくりしなよ」
「……それが、今日は雨でありまして」
「……あぁ、そっか。だから今日はなんだか頭が痛い訳だ」


二人して同時に窓を見る。外ではしとしとと雨が降っていて、今日一日は止まないであろう気配を醸し出している。ルオがのそりと起き上がって溜息を零した。


「部屋でトレーニングをしていたら隣部屋のウリセスさんに先程騒がしいと少し注意されてしまい、海に行こうかと思ってもこの雨だと海中は多分視界が悪くて……やることがないのであります」
「あらら……私も今日は手伝って欲しいお仕事ないしねぇ……」


うーんと二人して唸っていると階段の方からトントンと軽やかな足音が響いてきた。そちらの方に視線をやると、現在この宿に泊まっている姉妹の片割れが大きく伸びをしながら尻尾を立ててご機嫌な様子で現れた。


「にゃ〜〜〜〜ん!二人ともおはようにゃん あ、今日はルオ汗臭くないにゃー!!」
「ああ、さっきシャワー浴びたから……って!わわっ!ちょっ、ピノさんっ!」


ぴょんと飛んで来たかと思えば、そのままピノはルオの膝の上に座りすりすりと頬擦りをし始めた。ネコ科の獣人の習性なのか何なのか、毎朝出会うとこうして色々な人に匂いをつけるような仕草をして回っているのをルオは思い出す。(そういえば昨日はウリセスの膝の上にも座っていた。)


「あはは、お早う。ロザーリアちゃんは?」
「ロザはなんだか用事があるって、早くにお出かけしちゃったにゃん」
「へぇそうなんだ、お仕事なのかな。あ、もう少しでご飯出来るからね〜」
「わーい朝ご飯楽しみにゃん!ご飯食べ終わったらボク今日はギルドのお仕事ないから、ソルのところにお出かけするにゃ〜〜ん


ぴこぴこと耳を嬉しそうに動かし想い人の事を考えながら、ピノはルオの膝から降りぬままアールヴに笑顔で答えている。その間ルオは毎度の事ながらどう対応していいか分からず固まっていた。ルオは女性には少々奥手な所があり、こういった過度のスキンシップには慣れておらずあまり得意ではなかった。


「……あ……あの、ピノさん、近い……っ!」
「にゃん?あ、ルオもお仕事休みなら付き合うにゃ〜!パン沢山買うけどきっと食べきれないからルオに手伝って欲しいにゃん!」
「も……もう!ピノさん、分かったから降りてっ!!」


くるりと振り返りこちらを見つめてくるピノの顔の距離の近さに狼狽えながら、ルオはどうにか無理やりにでも己の膝の上から降ろそうとピノの腰に手を滑り込ませた。
その瞬間ピノが体勢を変え、前屈みになってカウンターに肘をついた。

するとルオの手の位置がピノの腰から、


胸に。


「……にゃっ」
「……あ、」
「……おや?」


むにっ。


「……にゃああぁ〜!!ルオ、なにするにゃ〜〜んっ!!!」
「あああああっ!ちが、違う!!今のは不可抗力でありますっ!!」


慌てて手を離して首を横に振るも触れた事実には敵わない訳で。


「フシャー!!言い訳なんて聞かないにゃーーっ!!」
「あははっ、今のはルオくんが悪いねぇ」


それからルオの腕を猫パンチ宜しく激しくバシバシ叩いた後も、結局朝食を食べ終えるまでピノは膝の上から降りなかった。


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朝食も食べ終えピノの機嫌も戻った所で宿を後にし、雨が降る中二人で傘を差してベーカリー『SELVA』に向かった。店が近付くにつれパンの焼けるいい香りが雨の匂いの中に微かに混じってくる。


「そういえば話には聞いていたけど、実際に行くのは初めてだなぁ」
「にゃ、そうなの?ソルはとってもクールでイケメンだから、ルオも少しは見習うといいにゃ〜」
「あ、あはは……精進するであります」


暫くして店先に到着すると、ルオが傘の露を払っている間にもう辛抱たまらんといった様子でピノが店の中に先に飛び込んだ。傘を用意されていた傘立てに入れた後、ルオも続いて店内に入る。中では以前から話に聞いていたソルであろう男性が丁度焼き上がったばかりのパンを並べている所で、奥にある飲食用であろうスペースの方では赤髪の少女が一人座っているのが見えた。


「ソ〜〜ル〜〜!逢いに来たにゃ〜〜〜〜ん
「……ああ、いらっしゃい」
「んも〜、そんな素っ気無いトコも相変わらずたまらないにゃん
「…はは、凄いなぁ……」


猛烈にアタックしているピノとのらりくらりとかわしているソルの攻防戦。その光景を暫く苦笑しつつ観戦していたルオだったが、ふと奥にいた少女と目があった。


「ん?あ、あはは……どうも」
「………」


取り敢えず軽く会釈をしながら笑いかけてみたものの、返事は帰って来ず少女の視線はぷいとこちらから逸らされてしまった。それどころかそのまま立ち上がり、ぱたぱたと店の奥に消えていった。


「あ、あれ?何か変な事したかな……」
「あぁ、アイツ……ルクスリアは大の男嫌いなんだ。大抵の奴にはあの反応だから深く気にする事はない」
「にゃふん、それにルオは女の子の扱いがなってないのにゃ〜。……ってそうにゃ!ソル!あの子は一体ソルの何なのにゃ〜〜〜!!!」


呆然としていたのを見かねたのかソルが空になったトレーを脇に挟みながら答えた。そしていつの間にか大量に購入していたパン(銀貨二枚分はあるだろうか)の入った紙袋を抱えながらピノが続くが、先程の少女ルクスリアとソルの関係性に嫉妬しているのだろうか。むぅと頬を膨らませながらルオに紙袋を無理矢理押し付け、ぴとりとソルの腕にしがみつきながら問いただし始めた。
ソルが大きなため息を溢したのを見て、ルオは苦笑いを浮かべながらパンを齧る事しかできなかった。


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それから暫くしてもピノがソルから離れる事はなく、最終的にピノに


「ボクはソルと沢山お話することがあるからルオはもう帰っていいにゃ〜!パンはあげるにゃん!」


と言われてしまったのでルオはひとり大人しくクリームパンを銜えつつ、そして残りのパンが入った紙袋はしっかり抱えて店を後にした。
それから暫くはまだ慣れていない土地を覚える事も含め、港や街中をあてもなくブラブラと散策した後宿へと戻った。時間は午後四時を過ぎた頃だろうか、一階のカウンターを覗いてみたがアールヴは奥の自室で休んでいるのか姿は見えなかった。そのまま二階の現在借りている部屋にパンの入った紙袋をサイドテーブルに置いてベッドに腰を下ろす。ズボンが濡れていたのか少し肌に貼り付いて心地が悪い。


「んー……流石に濡れたままは駄目だよな、風呂にでも入るか」


ルオは下着と着替え、タオルを持って本日二度目のシャワーを浴びることにした。各階にそれぞれ用意されている風呂場に向かっていると丁度今出てきた所なのか、しっとりと髪を濡らしたウリセスと出会った。


「お、ルオか」
「あ、ウリセスさんもシャワー?」
「ああ……出掛けで雨に濡れちまったからな」


濡れた髪を拭きながらウリセスがこくりと頷く。


「あはは同じだ、俺も早く風邪引く前に入らなきゃな」
「あー、ルオ……いや、まぁいいか」
「……?」


何か言いかけたウリセスだったが、「すぐ分かる」とだけ言い残してそのまま部屋に戻って行った。訳が分からず首を傾げるルオだったが、気にせず風呂場へと向かい脱衣所の扉を開いた。

ガラッ


「あ、」
「……ん?」


まず視界に入ったのは綺麗な桃の長髪。次に何も身にまとっていない細身の小さな身体。そして大きな瞳とぱちりと目が合った。確か最近この宿にやってきたリヤンという……

……これは、

これは、










「ああああああああああぁぁぁっ!!??あの!!その!!!!大変失礼致しましたあああああぁぁっ!!!!!!!!!」
「えっ!?ちょっ、あの!!??」


ルオは激しく狼狽え大声で謝罪をしながらピシャーン!と素早く扉を閉めた。顔面を真っ赤にしながら首を左右に大きく振る。
午前のピノとのやり取りがルオの脳裏を過った。


これはまたやらかしてしまった!


「ふ、不可抗力ながら女性の着替えを見てしまいっ!!本当に申し訳ないでありますうううぅおああああぁぁっ!!」
「あ、あのルオさん……?」



おずおずとした控えめな声が扉の向こう側から聞こえて、ルオはキリキリと腹が痛むような冷や汗がどっと噴き出すような、刑に掛けられる直前の罪人のような気持ちで固まった。
何を言われるのだろうかと腹を括りながら、ルオは恐る恐る口を開く。



「は、はい……?」


ごくりと緊張しながら生唾を飲み込む。














「その……僕、一応……男なんですが……」













「……え!?はいいいいいいいいぃっ!!??」







再度激しく扉を開き、そしてルオは一気に脱力した。






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「……お疲れだね、ルオくん」
「今日は……色々ありすぎたであります」


その後、くたりとカウンターに伏せっているルオの姿があった。










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ルオのログイン話。

ピノさん、ウリセスさん(@lelexmif)
ソルさん、ルクスリアさん(@kingfisherLA)
アールヴさん、リヤンさん(@misokikaku)

お名前だけ
ロザーリアさん(@kuemi9623)

お借りしました!

お題「雨」

2015/06/16

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