5月05日、立夏
いつからわたしのことが好きだったの! えぇ! 学生の時から! ていうことはわたしが生得領域に閉じ込められる前から! なんだって! 初耳なんですけど! あ、わたしには今初めて言ったからそれは当たり前か! えーと、えーと、11年もの間片想いお疲れ様でした……? あれ、違うな11年以上も前か。す、すごーい! な、ながーい! あ、ありがとー!
えーと、でもね、悟、多分その感情は勘違いだと思うんだよね。だって、同級生が4人しかいないじゃん。接する機会が多い人間に対して好意を持ちやすくなるだろうし、わたしに対しての淡ーい気持ちなんてその延長だよ! だってわたしたちいつも冷蔵庫の中の甘いものを取り合っていたし……。喧嘩をするほどなんとやらを鵜呑みにしちゃダメでしょ〜。もう〜ボンボンはちょとでもおもしれ〜ってなったら恋に落ちちゃう少女漫画のお約束守らなくていいよ〜。面白いけど〜。
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「硝子はちょっと刺激が強すぎたのかな」
「?」
医務室に持ち込んだお菓子の数々、談話室に忍ばせているお菓子の数々、高専の至る所に置いてある日持ちのするお菓子の数々。
その日の気分とお菓子のストックの種類をすり合わせて、なおかつその場所にお話できる人がいるときにお邪魔するのがわたしの日課だ。
もちろん、お邪魔する頻度が高い医務室には生菓子を置いていたりする。今日は硝子がいつもより1時間長めに睡眠が取れた日らしいので、るんるん気分で医務室にお邪魔した。
そういえば悟はどうして硝子ではなくわたしだったのか、と考えてみたけど、硝子は喫煙者だったし、純粋培養で育てられたお坊ちゃんには少々刺激が強かったのかもしれない。うんうん。クールでかっこいいもんね。わかるよ。
比べてわたしは平々凡々だし、煙草もお酒もしない優等生だったから、人畜無害で観察しやすかったのかもしれないね。一般人を観察しているうちに自分が恋に落ちてしまったと勘違いしてしまってかわいそうに。貴重な淡い恋(?)いただきました。
わたしの人生でこんな不思議なことこれから一生ないね。だって同級生がいないから……。いつ復学するの? そもそもする気ある? わたしと青春しないの? しないのか、そっか。だから帰ってこないんだね。授業前にコーラとポテチを一緒に食べたかったな。
「聞いて聞いて! 悟ってわたしのことが好きなんだって!」
「しってる」
えぇ! うっそでしょ硝子! 五条から「好き」って言われたのつい2週間ほど前だよ! 情報が早すぎる〜。もっと早くにいいにきたらよかった! 硝子の驚く顔が楽しみだったのに! これも何も任務のせいだ!
「驚いているところ悪いけど、私は学生の頃から五条が片想いしてるの知ってたよ」
「えぇ〜!」
空いた口が塞がらないかも! と顎を支えてみたけど大丈夫だった。ぐぐぐっと押して口を閉じる。
さ、悟〜! 硝子が知ってるってことは、どういうこと? 相談でもしてたの? わたしを差し置いて恋バナとかそういう高専では絶対にない青春してたの?! 硝子と?! ちょっとそれ本当?! 聞いてないんだけど! いや、わたしのことが好きだっていう相談だからわたしが知ってちゃまずいのか、ということは悟は自分のプリンを勝手に食べるようなわたしのこと好きだったの? いやいや、違う違う。あれは名前を書いてなかった悟が悪かったから。でもあのプリンごときであんなにプリプリ怒ってたのに?! え、なに? じゃああれは照れ隠しだったってこと? わかんないよ〜! そんなの〜! わたしたちいつもスイーツのことでいがみあってたじゃん。
えぇ〜、プリンのこと思い出したら食べたくなちゃったな。今から思い出のプリンでも買いに行こうかな……。
あっ!
◇
「伊地知さーん! いいところに! ドライブしませんか! 行きたいところがあるんですー」
「今から七海一級呪術師の送迎なんです」
「ちょうどよかった。わたしも乗せていってください。高専の最寄りまででいいので」
「ちょっと、伊地知困ってるよ。しかもあんな言い方して……五条が知ったら伊地知の胃に穴が開くよ」
医務室の窓からみょうじなまえ準一級呪術師がにょきりと顔を出す。
彼女は手をひらひらと振り、自分の存在を主張する。そして言いたいことを言った後、姿を消した。きっと車庫に向かったのだろう。家入が諌める声がしたがそれもきっと効果がなかったのだろう。ポツンといまだ足を止めている伊地知に片手を顔の前に持っていき謝るジェスチャーをした。伊地知は両手を胸の前で振って家入の謝罪を否定するしかなかった。
彼女があの五条悟が好意を寄せている存在だというのは知っていた。五条を送迎している際にわざわざ伊地知に牽制してきたのだ。
伊地知はみょうじは悪い人ではないとわかっているが、もしかしたら特級呪霊かもしれないという最悪な第一印象と五条の想い人という条件が揃わらなければもうすこし構えずに接することができただろう。
しかし彼女自身が気さくな性格なものだから、こうやって気軽に声をかけられる状態だった。
人に嫌われるより好かれた方がそちらの方がいい。しかし、相手はなにせ五条悟の想い人なのだ。純粋に喜べないというのが正直なところ。
アスファルトの上を静かに走行する車内で、いつものおちゃらけたトーンではない五条がわざわざ伊地知にいうレベルなのだ。これは暗に高専内で徹底的に周知させろということでもある。
伊地知は重い空気の車内になるんだろうか、と胃がキリキリしてきた。
◇
「悟ってわたしのこと好きなんだって」
「はい」
「そうですね」
ね! 建人知ってた? 伊地知さんも驚いたでしょ! と2人の驚いた反応を心から楽しみにしてたのに、返ってきたのはそっけない返事だった。
バックミラー越しの伊地知さんは眉をハの字にしていたし、建人は1ミリも表情を動かさなかった。
全然驚いてくれないじゃん。なんで? もしかして悟含め3人でそういう話をする間柄なんだろうか。仲良しなのか……。そうか。
「そもそも気づいてなかったんですか?」
「悟の好意に?」
「はい」
「もちろん」
建人がため息をついた。
えぇ〜。悟の好意に気づいてたらもっと早い段階でみんなに言いふらしてるよ! それこそ硝子のいうことが本当であれば学生時代にはとっくにみんなに言いふらして遊べたのに。弱味をこれ以上広めて欲しくなければ最近食べためちゃくちゃ美味しいプリンを買ってきてってパシれたのに。あ〜あ、残念。いや、待て、まだ希望はあるかもしれない。歌姫先輩とか……。
「歌姫先輩お久しぶりです。悟ってわたしのこと好きなんですって! ご存知でした?」
硝子から送ってもらった歌姫先輩の連絡先をいそいそと探し出して電話をかけた。
『不快だわ』
「すみません。タイミング悪かったですか?」
『違うの、なまえからの連絡ならいつでも嬉しいけど、五条の話はまじで要らないから。それにあいつがなまえのこと好きなんて知らないやついないんじゃ無いの?』
「え、えぇ〜」
全然面白く無い。全然! 面白く無い!
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「伏黒くん! 君の担任わたしのことが好きなんだって!」
ね! 驚いたよね?! 伏黒くん! と食堂で一緒のテーブルに座らせてもらった伏黒くんに最後の期待を込めた。
他の寮生は1人もおらず、まあ高専は生徒数が少ないからそれはわかるが、待機中である他の呪術師も休憩している補助監督もいないのは珍しいなぁと思いつつチャーハンをレンゲで掬い、口に運ぶのは待つ。伏黒くんは一体どんな反応をしてくれるんだろう。
「そうですか」
伏黒くんはこちらに見向きもしないで、豚の生姜焼きを口の中へ運んだ。あれ?
「……もしかして知ってた?」
もしかしてもしかするのだろうか。伏黒くんも悟がわたしのことが好きだと言うことをとっくの前に知っている人物なんだろうか。今までわたしが声をかけてきた人たちみんなそうだったから、伏黒くんもそうかもしれない。やっぱり2週間も前の情報は古いのかもしれない。
「いえ、今知りました」
「えぇ!」
えぇ! 今知ったのにそんなに涼しい顔をしてキャベツを口に運んでるの?!
伏黒くん、もしかして恋バナ嫌い? めちゃくちゃわかりやすい青春じゃんか! 学生時代の醍醐味でしょ?! それに悟のこと、まあ伏黒くんにとったら担任のことだけど、衝撃的すぎる事実じゃ無いの?!
先生が生徒のことを好きなんて!
「五条先生が誰が好きかなんてどうでもいいんで」
「なるほどね〜」
純粋に悟の人望がなかっただけなんだね。わたしの担任ならチェンジって言うから仕方ないね。伏黒くんは優等生みたいだし、尊敬されてないのもわかるよ。
とびきりのネタだったのに、驚いてくれる人が全然いなくて残念。やっぱり鮮度が命だったんだね。それ以外の原因ももちろんあるけど、悟の色恋沙汰とか本当に価値が低いんだね。かわいそうに。
これだとわたしのことが好きというのをダシにして悟をパシれる素材にならないなぁ。ちぇ……。
「なまえさ、僕のこと煽ってるの?」
「いやいや、煽りたかったんだけどうまくいかなかった」
ふーん、と相槌を打ちながら悟は晩御飯の乗ったトレーをわたしの隣に置いた。
えぇ! 先輩後輩の仲を深めている生徒のテーブルの先生が割り込んでくるのナンセンスすぎない? だから悟は伏黒くんから尊敬されないんだよ。
「いいよ。明日実家に挨拶でも行く?」
「? どうして」
「えぇ〜。だって僕らのことみんなに言いふらしてるのってそう言うことでしょ?」
「そういうこと?」
「なまえが僕の気持ちを受け止めたってことでしょ? じゃあもうすることは結納しかなくない? その前に実家に挨拶」
「は?」
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