4月05日、清明
バニラ、ストロベリー、クッキー&クリームにするべきか、バニラ、ショコララム、グリンティーにするべきか。
これは究極の選択だ…!
期間限定を買って渡したかったんだけど、このコンビニ取り扱ってなかった。
そんなことある? ハーゲンダッツなんてアイスの王様だよ。どうして全種類揃えておかないの。高専に近いコンビニなんて、高専生がわんさか買いに来るだろうに! と思ったけど高専って生徒数少なかったね。わたしの時代からそうだったね。今も変わらずだね。
あ、悟が! 悟がいるじゃん! あの砂糖から生まれて、砂糖に育てられたみたいな甘味の権化が。悟がアイス買いに来るでしょ? と思ったけどあいつボンボンだったな。
もしかして、ハーゲンダッツはクール便で定期配達してもらってるかもしれない。ありえるな。悟だもんな。金に物言わせやがって。ボンボンめ。でも悟特級らしいから、実家も金持ちだし自分もめちゃくちゃ稼ぐようになっちゃった。なんだろ、なんか嫌味なやつだな。三高ってやつだ。高収入、高身長、高学歴。
…………。
高身長だけど190越えはちょっと高すぎるかな? 高学歴……。高専卒は高学歴になるのかな……。
高収入と顔だけかな……悟の取り柄は……。
いやいや、アイスアイス。悟のことじゃなくて。
えーと。伏黒くんはどれが好きかな。何味が好みだろう。
当たり外れもなく万人受けするのが前者。大人な味が好きなら後者。
うーん。わかんないな。そもそも伏黒くんと出会って2週間ぐらいだし。
好み全く知らないな。
それは仕方ないよね。伏黒くんつい数日前までは中学生だったし、高専の所属ではないから、悟が押し付けた任務の事務処理にために伊地知さんと高専に来る以外で顔を合わせなかったし。
顔を合わせても、挨拶以上のことを話せてないな。
まあ、わたしが2年も先輩なので気まずいのかもしれない。気を使ってるのかも。中学生の時の高校生とか大学生ってすごく大人に見えるもんね。緊張するよね。わかるよ。
なんか伏黒くんって、すごい偏見かもしれないけど、女子に遠巻きにされてそう。いや、悪い意味じゃなくて、モテモテだっていう意味で。だから女子との免疫なさそう…。すごい勝手だけど。
でも、呪術師なのに初対面の私にもきちんと挨拶してくれたし、日にちを聞いた時にはきちんと答えてくれたし、クールな見た目に反して表情も結構豊かだし。なにより常識がある。
きっとファンクラブもあったよ。きっとていうか絶対。あったらわたし入ってたよたぶん。だってなんか伏黒くん可愛いじゃん。
弟的可愛さ? なんだろう。なんか可愛いんだよね。弟に欲しい。
うん。味について悩んだって仕方ない。
わかんないもんはわかんないから、とりあえず両方買って両方渡そう。
アイスなんて腐らないから、大丈夫でしょ。
お腹が極端に弱くなかったら毎日アイス食べれるの嬉しくない? わたしは嬉しいよ。ハーゲンダッツなら尚更。
そういえば、今年の1年生はなんと伏黒くんだけらしい。実際にはもう1人女子がいるらしいけど、なんか入学するの遅れるんだって。
まあ納得だよね。高専なんか青春するのに向いてない。
毎日講義任務任務任務そして任務だもんね。時期も時期だしこれから忙しくなってくるもんね。繁忙期は避けたくなるよね。
そしてわたしの任務が増えるんだね。ひぇー。つらい。かなしい。
悟は古今東西びゅんびゅん駆け回ってるらしい。大変だね。特級様は。
そういえば傑もビュンビュン飛び回ってるのかなぁ。悟よりマシだし、すごく強いし、傑の方が引っ張りだこかもしれない。だからまだ会えてないのかな。大変だな。特級様は。
てか、悟1年生の担任らしい。
大丈夫かな。あんなちゃらんぽらんに先生務まる? しかも、1年生の、だよ?
わたしだったら願い下げ。高専生活という新しい環境に胸を期待に膨らませてる時に悟なんていう非常識極まりないやつが担任だったとき、どうする? わたしならチェンジっていうね。
こんなふざけた先生から教えを請いたくはありません。どうぞ、チェンジでお願いします。って。
そもそも、悟忙しいのに担任なんてできるのかな。
あ、わたし、4月を迎えて3年生になりましたが悲しいことに同級生がいない。会えてない。謹慎中らしい。やばすぎ。
3月に2年生だったので、4月を迎えたら3年生っていうのは当たり前だね。2007年に3年生で2018年から3年生なのは意味がわからないぐらい年数経ってるのうけるけどね。
その11年の間に高専っていつのまに5年制から4年制になったらしい。そっかあ。もともと、あの時も5年生なんてあってなかったようなものだから無くなってしまっても支障はないだろうけど、一刻でも早く働けって言われてるみたいで嫌だな。
5年生の時期を迎える頃には馬車馬の如く働けっていう暗黙のルールになったのか。いやだなぁ。
「もーらい」
にゅっと手が伸びてきてわたしの雪見だいふくが奪われる。
雪見だいふくは2つしか入ってないんだよ! そのうちの1つを掻っ攫うなんて罪が深すぎる。
奪わせてなるものか! と雪見だいふくのケースの上に手を差し出してガードしたけど、わたしの方が一瞬遅く、白くまるまるとしたわたしの雪見だいふくは悟の口元に運ばれていった。
「ありえないんですけど」
「ありえるんですけど」
「教師なのに生徒の食べ物奪うのどうなの?」
「うけるねぇ。僕と同級生じゃん」
「わたしはまだ現役なの! 悟はもうとっくに卒業したんでしょ!」
悟に、11年ぶり、だなんてホラー映画も裸足で逃げ出すようなことを言われて、焦ったけど、悟は口調が柔らかくなった以外何にも変わってなかったし、硝子は素敵さに拍車がかかっただけで、特に大きな変化がなかったから一安心した。
混乱を極めた日の翌日、悟は先生になったから五条先生と改めた方がいいかな、とか年上には節度を持って接しないといけないかなとか、ちょっぴり悩んでベッドから出るのが3秒遅くなったのに、その心配は全くの無駄になったことは記憶に新しい。
だって、本当に何も変わってない。
11年も経ってれば何かしら変わるだろうと思ってたけど、全然全くそんなことはなく。
悟は悟だったし、硝子は硝子だったし、あ、禁煙はしたらしいけど、夜蛾先生は夜蛾先生だった。傑はまだ会ってないからわからない。多分変わってないよ。みんな変わってないから。
「五条先生」
悟が指に残る粉を舐めたあと、わたしは仕方ないのでウェットティッシュを渡してやる。
全く世話のかかるお坊ちゃんだこと。
ヤンキーってすぐその辺で手を拭くんだから。悟の場合舐めたけど。
やれやれと思っていると悟のことをきちんと先生とつけて呼ぶ生徒がやってきた。
まじか。悟ちゃんと先生してたんだ。できたんだ。
2年の3人は悟のこと呼び捨てとかあのバカとか呼んでたりしたから、衝撃。あ、でも憂太はちゃんと五条先生って呼んでたな。いやでも憂太は真面目だし、礼儀正しいもんな。
:
伏黒恵は、いまいちみょうじなまえのことを掴みかねていた。
なんせ、あの五条悟と同級生だったのだから。もう1人の同級生であった家入硝子があんなのだから、きっとみょうじなまえもどっかネジがおかしいのかと思っていたけれど、今の状況じゃただ人当たりのいい先輩でしかないからだ。
「五条先生」
今日は高専入学の日だったので、もう来慣れたと言ってもいい高専の校舎を五条を探し歩く。
すると、応接室から、声がした。
軽薄そうな五条の声と、まだよく関わったことのないみょうじの声だ。
自分の仕事をしろよ、一体どこで油を売ってるんだ、と少しの苛立ちのまま扉を開ける。
「伏黒くん!」
応接室を扉を開けるや否や、みょうじが声を上げる。
そのまま座っていたソファからすくっと立ち上がって、パタパタと奥に消えて、伏黒の目の前に駆け寄ってきた。
「おそくなちゃったけど。ハーゲンダッツ! たくさん食べてね!」
遅くなったけど? ハーゲンダッツ? 一体なんのことかわからない。本当に。伏黒はみょうじからハーゲンダッツをもらう約束なんかしていないのだ。
思わず伏黒は五条の顔を見る。五条はいつものニヤケ顔で伏黒を見るだけだった。
:
えーと、伏黒くんってハーゲンダッツ好きじゃなかったのかな。
そんな困惑した顔で悟を見なくても。
え、なに? 先輩からもらったものは断りにくい? ああー。そうか。
伏黒くんは玉犬っていう犬飼ってるらしいから、ボックスの上にデフォルメした犬と、先日はありがと! っていうメッセージをせっかく描いたのに。
ごめんね。アイスはみんな好きだと思ってたんだよ。ハーゲンダッツなら尚更。
よし! 仕切直しさせて! ハーゲンダッツが好きじゃないなら今度は伏黒くんが好きなものをプレゼントするよ…。
次は失敗しないから…。
そう思ってたらおずおずと両手が伸ばされた。
え、伏黒くんの両手?
すぐに伏黒くんの顔をみると困惑してるっぽい。なんだかよくわからないけど受け取っておこうっていう雰囲気出てる。
「貰います。ありがとうございます」
でも、伏黒くんは両手で袋を受け取ってくれた。
あぁ〜。やっぱりめちゃくちゃいい子だよ。
お礼がきちんと言える。
伏黒くんは袋の中身をまじまじと見つめた後、咳払いした。
:
あからさまに落ち込む雰囲気を出すみょうじに伏黒はたじろぐ。
袋の中からちらりと見えるイラストを見つめながら、眉を下げるみょうじ。
伏黒は何も悪いことはしていないのだが、自分が悪いことをしているのかと心苦しくなってくる。
そう思うと反射的に両手を差し出していた。
「!」
「貰います。ありがとうございます」
みょうじは情けない顔から一変し、ハッとした顔になった。
伏黒は、パッケージに描かれた黒い埃みたいなものからありがとうという吹き出しが伸びているのを見て、一体これはなんだろうと考えてみる。
埃か、ウニか、岩のうちのどれかだと思うのだが、そのどれかがお礼を述べるのはあまりにも意味不明すぎる。が、これは一体なんですか? とみょうじに直接聞くほどのことではないと思った。
きっとウニ。ウニは口があるから。そういうことにしておく。
「ハーゲンダッツは嫌いじゃない?」
「人並みだと思いますけど」
「よかった!」
にこりと花が咲いたような笑顔をするみょうじをみて、伏黒は感動する。
まともな人も呪術師でいるのだと。
そしてみょうじは任務の時間が迫ってきたからと、手を振って応接室を後にした。
伏黒はみょうじにつられてつい片手をあげてしまった。
「恵、その黒い絵何かわかる?」
「全くわかりません」
「それ玉犬らしいよ」
死ぬほど絵心ないよね、ウケると五条は玉犬らしきものを小馬鹿にした。
伏黒はウニが玉犬なのが信じられなくて、玉犬とにているところを探そうとしたが、本当にウニにしか見えなくて、五条はこれのどこをどう見て玉犬だとわかったのだろうと気味が悪くなった。
でも、ブランクこそあれ、同じ学生時代を過ごした仲間のことを理解しているんだなというふうに解釈し直し、みょうじの画力は以前から死んでいるんだなとわかった。
:
とりあえず今日の任務もつつがなく終えて、むしろちょろかったのでラッキーだった。
そしたら、報告書を教室でえっちらおっちら書いているところに、どこからか家入が現れて、一緒に晩御飯を食べに行くことになった。やったー! お出かけのお誘いだ!
こうなったら、だらだら報告書を書いている場合じゃない。
わたしは途中だった報告書を今までのスピードの2倍で華麗に仕上げて、提出した。
家入と並んで歩いて向かった店は浅草駅から徒歩10分のところにある食べ処“小鳥箱”。
なんともセンスがなさすぎて逆にハイセンスだと思えてしまった。
どうした? どうしてこの名前をお店につけようと思ったのか。そして硝子はなぜこの店を選んだのか。呪術師をしているのに、いかにも曰く付きですといったような店名の店を臆することなく選んだ硝子の豪胆さに惚れればいいのかな。
ガラガラと薄い引き戸を迷いなく開けて暖簾をくぐる硝子。
硝子か軽く手を上げた先には、悟がいた。
いいねぇ。同窓会ってやつだ。2人には高専で毎日会ってるけど、高専以外で顔を合わせるのはなんだか新鮮な感じがするね。
友達とご飯いくのはやっぱりいいなぁ。
でも、あの時みたいにファミレスとかでドリンクバー頼むこととかしなくなちゃったんだろうな。もう2人は20歳も後半だもんな。
美味しいお酒とか、大人な味のご飯とかが好みになってるんだろうな。
よーし! いろんな美味しいもの教えてもらおっと! そしてバリバリ稼いでるであろう悟にビシバシ奢って貰おっと!
「僕も今来たところ。取り敢えず生でいいんでしょ? 頼んどいたから」
とりあえず生、なんだか大人の響きだ。
わたしは未成年なのでソフトドリンクしか飲めないけど、大人に囲まれて居酒屋なんてちょっとドキドキしちゃう。
テーブルに着くやいなや、目の前に透明な緑色のジョッキが置かれた。しゅわしゅわと泡が見えるので炭酸だとは思うが、もしかしてこれは、もしかするのだろうか。
「なまえと僕はメロンソーダね」
やっぱりだ。こんな大きいジョッキに入ったメロンソーダ見たことない。すごいなここ。
てか五条もメロンソーダなのウケる。
お酒飲めないんだな…。お子様じゃん…。
「七海、間に合ったんだな」
わたしが悟のメロンソーダにクスクス笑いをこぼしていると、硝子が入口の方を見て、片手をあげた。
なに? 建人だって? 建人は一体どんな感じになったんだろう。建人も他の人と一緒で変わってないのかな、とか思っていたら、見事に予想を裏切られた。
ムキムキ……。
え、あの、細くてシュッとしてて、風に吹かれたら折れそうだった頼りない建人はどこに行ってしまったの?
ムキムキだ。えぇ…。そうなんだ…。
建人は11年の間で筋トレ頑張ったんだね。
「みょうじさん…?」
「あ、はい。みょうじです」
あまりにも記憶の中の建人と違ったから、反応が遅れてしまった。
そしてなんだか改まってしまった。少し照れちゃうな。
建人も硝子と一緒で慣れるまではちょっとドキドキしちゃうかもしれない。かっこいい大人になってしまったから。
建人はスーツが似合う大人になったんだねぇ。
「あなた生きてたんですか」
「ちゃっかり生きてました」
あはは、と笑ったら、建人が射殺さんばかりの鋭い眼光で悟を見た。
ええ、悟、報連相しておいてよ。
そういういい加減なところが建人から嫌われる原因なんだよ。11年前から何にも学んでないじゃん。
「これからもよろしくね」
「こちらそこ、よろしくお願いします」
建人は姿さえ前と違うけど話し方は変わらないみたい。ちゃんと常識のある後輩のままだ。なんだ。建人も中身は変わってないんだ。安心した。
この流れだと、傑も、来るのかな。久しぶり会えるのかな。どうしよう傑もムキムキになってたら。ただでさえでかいのにその上筋肉までつけたら、恐ろしい。多分ヤクザか何かに見間違えられると思う。傑にはそういう凄みがある。とわたしは思う。
「傑は? 長期任務にでも行ってるの?」
「僕が殺したよ」
は?
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