私が高専に出戻って4年間。やっと1級呪術師になれた。遠い道のりだった。
1級呪術師になったお祝いではよく頑張ったと家入先輩から褒められ、歌姫先輩はわざわざ京都からお祝いをしにきてくれた。その日はお祝いだと羽目を外し酒を煽るように呑んだ歌姫先輩を家入先輩と宥め、京都に遊びに行く約束をして解散した。

その翌日、私は最悪な任務を振り当てられた。
今朝伊地知くんから渡された任務概要に七海くんの名前があったのだ。
七海建人。一瞬同姓同名の別人かもと考えてみたが、呪術師はそもそも数が少ない。だからこれはきっと私の同期であった七海くんで間違いがないはずなのだ。

「伊地知くん。知ってたの?」

この概要を作ったのは伊地知くんだ。だから彼はこの七海くんは私の同期の七海くんであって、私が彼の言葉に傷付けられて高専を一度去ったことは知っているはずなのだ。

「五条さんから聞いてなかったんですか……?」

伊地知くんが驚きに満ちた目を向けてくる。
まさか、伊地知くんも被害者とは思わなかった。でも五条さんはそういうところあるし、伊地知くんの扱いに関してはおざなりなところがある。だから見るからに狼狽えている伊地知くんをこれ以上責めるのはお門違いだ。

「ちなみにいつから?」

「4ヶ月ぐらい前だったと思います」

私は七海くんと合流する前に五条さんと連絡を取らなくてないけない。文句を言ってやらないと。4ヶ月も前に出戻ってきているなら五条さんはいくらでも私に七海くんのことをいうタイミングがあったはずだ。昨日だってお祝いの言葉をくれていたのに。何なんだあの人。

「……」

五条さんは滅多なことがない限りすぐにメッセージの返事をしてくれるし電話にも出てくれる。滅多なことがあっても折り返しの電話はすぐに入るし、連絡を取る人物としてありがたいことはない。呪術師として連絡がすぐに着くのはありがたいことだ。さすが特級で五条さん、と信頼できる。でも、今日は繋がらない。おかしい。何度も何度もかけ直しても一向に繋がらないのだ。しまいには電波の届かないところにいるか、電源が、という音声アナウンスに切り替わった。

「五条さんって今日電話がつながらないところが任務先だったりする?」

「いえ、そんなはずはなかったと思うんですが」

「飛行機に乗る予定は?」

「なかったと思います」

五条さんが交通手段を勝手に変えていなければ、と伊地知くんは付け加えたが、伊地知くんが最短最速ルートで割り出した交通手段を五条さんが勝手に変えるはずないのだ。むしろそのタイトなタイムスケジュールの合間を縫って自分用のお土産を買うぐらいの人なのだから。

なかなか電話にでない五条さんに痺れを切らし、仕方がないので今日の任務は七海くんと最初で最後だと割り切って大人の対応をしよう。
別の呪術師を代役にすることも考えたが1級呪術師なんてそうそうにいない。しかも出戻ってまだ4か月の七海くんだということを加味すると、私が適任じゃないかと思えてくる。
それに、いつまで経っても学生時代のことを引きずっていると思われるのも恥ずかしいから。
そういう考えに思考をシフトして繋がらない電話をかけるのを辞めた。

「お久しぶりです」

はあ、と携帯をポケットに滑り込ませたタイミングで声がかかった。その方向にくるりと向き直る。

「お久しぶり、です。みょうじです」

「はい」

約8年ぶりの再会は呆気なく終わった。どうして呪術師に出戻ったのとか、どうして教えてくれなかったのとか、本来ならば、仲のいい同期であった頃であれば行っていただろう会話は全てしない。
うっすらと険悪な雰囲気が漂う中、私は1番に車内に乗り込んだ。
そのあと伊地知くんが運転座席に乗り込んで、七海くんもそれに続いて後頭部座席に乗り込んできた。私はできるだけ扉のぎりぎりに身を寄せて、見慣れた高専の景色を睨みつけた。

「どうして呪術師に出戻ったんですか」

「七海くんに言われる筋合いはない」

「いや、あります。私はみょうじに今すぐ呪術師を辞めてほしい」

この男は1級呪術師になった今の私にも同じ台詞をいえるのかと怒りが込み上げてくる。

「七海くんに私の選択をとやかく言われる筋合いはない!」

「……」

七海くんは啖呵を切った私の言葉に息を深く吐き、その拍子にずれたサングラスを直した。

「あります。私はもう大切な人が目の前で死んでほしくない。だからみょうじには呪術師を辞めて欲しい」

「は」

全く想像もしていなかった言葉が七海くんの口から発せられて思わず窓の外に固定していた視線が七海くんの方にいく。

「私は昔からみょうじのことが大切です。死とは関係ない世界で幸せに生きて欲しいと思っています。だから呪術師を辞めて欲しい」

七海くんは口を開くたびに呪術師を辞めろ。一言目には言わなくても二言目には絶対言う。
じゃあ、なんでいつも怖い顔をして私を責めたの、とずっと思っていた言葉はぽろりと口から滑り落ちていた。
伊地知くんが運転する車内は痛いぐらい静かで、七海くんが私の小さな呟きを拾い上げることなんて雑作もなかった。

「みょうじを責めていたわけじゃありません。私の弱さに腹を立てていました。あの時の私はみょうじを守れるほどの余力はなかった」

「ちゃんと言ってくれればよかったのに」

「言ったところでみょうじは私の言葉に頷いてはくれなかったでしょう」

「うん」

「だからわざと呪術師が嫌になるような言葉をかけていました」

「それでも、きちんと本音を言ってくれればよかったのに!」

あの頃、きちんと本音を言ってくれていたら、私にとっても大切な七海くんと8年間も音信不通にならずにすんだかもしれないのに。

「当時の私はそこまで気が回りませんでした。みょうじをどうやったらこの界隈から遠ざけられるか、そればかりを考えていましたから」

「私は! 七海くんと一緒に強くなりたい一心で頑張ってたんだよ……」

「はい。わかってました」

「バカ」

「そうです。私はバカでした」

「私、今とてつもなく腹を立ててるのわかる?」

「ええ」

済ました顔で、ええ、とか、はい、とか七海くんのそういう冷静なところを尊敬していた。昔から変わらないその冷静さにちょっぴり怒りが緩む。

「腹を立てているところ、悪いんですがやっぱり呪術師を辞める気はないんですか?」

「もちろん。そのために1級になったのに」

七海くんはまた深いため息をついた。
1級になった今の私はそう簡単に呪術師は辞められないだろう。そもそも辞める気もないけれど、七海くんはそれをわかっているから、もう二の次を告げなくなっている。

「私も1級です。これはみょうじを守るために手に入れた階級と思ってもらって構いません」

「え」

「呪術師を辞めないのであれば、私がみょうじをサポートします。だから、私といる時は大人しく守られてください」

「ちょっとそれはできないかも」

だって私は補助監督をしているときに呪術師を庇って代わりに祓うぐらいには守られることに慣れていない。むしろ守る側だといういう意識が強い。だから七海くんの申し出は嬉しいし、照れてしまうけれど、頷くことは難しい。

「そう言うと思ってました。これからは呪術師を辞めろなんて言いません。そのかわり私のサポートを余すことなく受け入れてください」

そう告げた七海くんの顔はちょっと照れくさそうに見えて、私は本当に久しぶりに七海くんの顔を見て話ができた気がして嬉しく思った。

七海くんと喧嘩をしていたわけでないけど、無事仲直りができてよかった。
あのとき本音を言ってくれていたら私たちが誤解し仲違いし合う悲しい期間はなかったのかもしれないと思いを馳せてみたけれど、あの時の私たちにはきっとそれはできなかった。
任務が蛆のように湧いてふって、灰原くんのこともあって、当時は自分を保つだけで精一杯だったと思うのだ。必要最低限の生命活動を維持するためだけの日だってあったのだから。
振り返ってみるとよく心が壊れなかったな、と感心してしまうけど、きっと壊れそうになる予兆まで感じ取れないほど疲弊してしまっていたのかもしれない。
学生の頃から冷静で落ち着いていると思っていた七海くんがそうだったのだから、私なんて尚のこと余裕がなかったかもしれない。

「七海くん、あのね」

と問いかけてみれば「なんですか」と私の顔を見てから体を寄せて耳をこちらに身を寄せてくれる。
腕は組んだままだけど、でもきちんと聞いてくれる姿勢をとってくれる。
確か、あの頃は今みたいに私から七海くんに話しかける回数も減っていて、七海くんも私に呪術師を早く辞めて欲しいから日常会話とかそういうものの回数を意図的に減らしていたらしい。
任務に忙殺されて、灰原くんの一件で心も焦っていて、そんなことにも気がつかなかったなと今になって気がつく。

「パンは今でも好き? おすすめの惣菜パンが売ってる店があるんだけど」

知ってるかな? と美味しいのにお客さんが少なくて、穴場なんだよとスマホで店のホームページを見せる。
七海くんは私のスマホの画面をスライドして季節のパンをチェックし始めた。

「いいですね。美味しそうだ」


:


8年前にできたパン屋さんは残念ながら店舗移動してしまっており、気になっていた食パンを食べる機会はやってこなかった。
その代わりに伊地知くんが最近改装工事しているビルの1階にパリで話題のバケットがめちゃくちゃ美味しい店が入るらしいという情報を教えてもらい、七海くんといくことにした。都合が合えば伊地知くんも、と誘ったけれど、せっかく久しぶりに会って積もる話もあると思いますから、と辞退されてしまった。
じゃあ、また今度誘うね、と言えば、よろしくお願いします、といまいち社交辞令なのかわからない声音で返事を返されて、どう思う? 七海くん? と七海くんを見てみれば「伊地知君は忙しいですからね、主に五条さんのせいで」と言っていたので、五条さんに振り回されている伊地知くんを労る気配は薄かった。

いつパン屋さんに行って、何を買って、それからどこに寄って、どの場所でご飯を食べるか、ざっくりと話していたら、もうすっかり高専に着いてしまった。
伊地知くんは車庫に行くため、別行動だ。お礼を言ってから別れた。それから報告書を書くために応接室かどこかの部屋を借りるか、と2人で空いている部屋を探しているときに五条さんを見つけた。

「五条さん!」

ソファに深く腰をかけて、ホールケーキを頬張ろうとする五条さんに急いで近づいていく。

「電話! 出なかったのわざとですよね!」

「だって急ぎの用事じゃなかったでしょ」

「それを判断するのは電話を受けてからにしてください!」

「え〜」

「え〜、じゃないですよ! 全く!」

「まあまあ、落ち着きなよ。ここのケーキめちゃくちゃ美味しいから一口あげるよ」

五条さんは手に持っていたフォークでケーキを大きく掬うとこちらに向かって差し出してきた。
テーブルの上に置かれた紙袋の名前を確認して、確かに有名なお店の1番美味しいと話題のケーキだとわかり、フォークを受け取ろうと手を伸ばした。

「確かに美味しいですね」

そのフォークを掴むことはできず、いつのまにか私のすぐ隣に移動していた七海くんが五条さんからフォークを奪って食べてしまった。

「そんなにケーキが食べたかったの?」

七海くんがケーキに執着するようになったのは知らなかったので本当に驚いてしまった。
でも、七海くんは私の顔を見て眉間にグッと皺を寄せた。少し機嫌を損ねたらしい。

「違います」

「違うの……?」

「五条さんとこれ以上ベタベタして欲しくなかったので」

本音を言い合えるようになって嬉しいな、と思っていたのは本当にそうなのだけど、そんな直球すぎる本音が返されるとは思わず、私の中の時が止まる。

「まじ? 僕に嫉妬してたの?」

「ええそうです」

「みょうじのこと大好きだねぇ〜」

「ええ」

「昔から必要以上にベタベタするな、そう思ってました」

8年という月日は人を変えるのには十分すぎるんだと衝撃を受けに受けまくって我に帰った。

「うわ〜! 私も大好きだよ! 大切な同期〜! 嬉しい〜!」

わ〜、とか、え〜、とか感嘆の言葉しか出せなかったが本当に嬉しいのだ。今すぐ七海くんを抱きしめたいぐらいに。

「五条さん! 七海くん私のこと大好きなんですって! 聞きました?」

「聞いた聞いた。よかったねぇ」

「はい!」

七海くんはかぶりをゆるく振り、大切な同期……まあ、今はそれでいいです、という言葉はさっきから感動しっぱなしの私の耳には入ってこなかった。


同期だから大目に見てあげるね



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