心を許してはいけない。
 気にかけてはいけない。
 絆されてしまってはいけない。
 見守ることなんて許されない。
 ましてや、共に……なんて思いは業火に焼かれなければならない。
 この胸の内に温かく揺蕩い、輝き眩しい思いは三年前に捨てたはずだ。もう二度と抱くことなど、そんな資格などない。
 この思いは暴いてはいけない。暴かれてもいけないのだ。捨てることができないなら心の奥底に、沈めておくしかない。
 
 :
 
「夏油様、元良満って何者?」
 
「んー」
 
 両手で美々子と菜々子の手を握る夏油は、雲一つない青い空を見た。
 
「難しい質問だね」
 
 双子は何でもないという返事を返されると思っていたので、言い淀んだ夏油に対して思わず目を見合わせた。
 
「まさか、恋人だったの……?」
 
 おそるおそる、といった様子で菜々子が切り込んだ。男女間で言い淀む関係性なんてものは恋人かそうじゃないかぐらいしかないと思ったのだ。美々子はぬいぐるみを握る手に力を籠める。そして、二人とも夏油の顔を見上げた。
 すると満更でもないような、でも少し困ったように眉を潜ませる。双子は驚きのあまり、口が空いてしまった。
 
「いや、恋人ではなかったよ」
 
 その否定の声音のやさしさが、切なさを孕んだ落ち着きが元良は夏油にとって特別な存在だったと雄弁に語っていた。
 そのことがわからないほど鈍く、子どもでもない二人は緊張の糸を緩めて穏やかに言い切られたことに対して安心してしまった。
 出会った頃の優しい夏油の姿が垣間見えたから。
 夏油はいつだって優しい。自分たちの望むものを与えてくれて、わがままを聞いてくれる。親代わりをしてくれている。いや、それ以上だ。
 でも、いつだって優しい夏油が怖くなる時がある。それは猿に対峙しているとき。恐ろしく冷たく身を這うような憎悪が夏油に満ちていて、声をかけるのをためらうほど。猿と会話しているからそれは当たり前の態度なのだけど、恐れおののくことがある。
 そんな夏油の殺伐とした雰囲気が元良が来てから少しばかり穏やかになった。
 来たばかりのころはいつもの怖い雰囲気がさらに輪をかけてひどく冷たいものになったから、いったい何者なのかと警戒していたけど、夏油のまわりをうろうろし、時には怖いもの知らずといった様子で話しかける。夏油にとって無害な様子が確認された。それから、旧知の仲だとしり、会話を重ねるごとに張りつめていた空気が柔らかくなることが多くなったから、少しばかり感謝の念を抱くことさえあった。
 自分たちではできなかったことを夏油に対してしてくれたから。
 
「好きな人だったの……?」
 
 美々子が意を決した。菜々子は思わず叫びだしそうになった。聞きたくても聞きたくなかった言葉を投げかけた美々子を睨んでしまう。
 きっと肯定されても否定されても冷静にいられる気がしなかった。でも、夏油の今の反応を鑑みると否定される可能性は限りなく低い。どうしよう、とどうにもならない焦りが菜々子の中にこみあげてくる。美々子も自分で発言したのに、答えを聞きたくないようで、じっと自分足先を睨めつけていた。
 夏油は二人につながれている手ににわかに力が入ったことに苦笑しつつ、そうだね、と口を開いた。
 
「内緒」
 
「え〜!」
 
 双子は同時に声を上げた。そして安堵した。答えは聞きたかったが、聞きたくなかったその複雑な心をなんとか落ち着かせることができた。
 くつくつと笑う夏油をはさんで二人も思わず笑顔になった。久しぶりに夏油の穏やかな部分に触れることができてうれしくなった。
 
 :
 
 先日そんな会話をしたのに、元良の好意を否定するような言動をとる夏油に対してびっくりし過ぎてしまった。
 冷たい会話を終わらせて、すたすたとこちらに歩み寄る夏油の硬い表情と後ろで夏油の背中を見つめる元良の視線を見比べた。目の前の状況がうまく理解できず、咀嚼もできないまま、近づいてきた夏油に「今日は気分転換にお出かけでもしようか」と誘われたので、嬉しくなって夏油の手を掴んだ。その一瞬で元良と夏油の関係は私たちには触れられないものだと、理解できないものだというのがわかった。
 夏油の心に触れることになる、と。双子には教えてくれない夏油の一部なのだと悲しいけれど、わかってしまった。でも、夏油がそれで自分自身を苦しめる選択をしないでほしいというのは双子の心の底からの願いだった。
 
 夏油とのお出かけに胸を躍らせて歩みを進めたが、一度元良を振り返ってみた。そしたら、ひどく傷ついたような、迷子になったような、夏油に手を差し伸べてもらえなかった頃の双子のような顔で、悲しいまなざしでこちらを見ていた。
 しかし、双子の視線に気が付くと、はっと表情を変えて、にこやかに手を振った。双子は、夏油の横顔を見て、再度元良の顔を見て、二人で出かけたらいいのに、と思ってしまったが、それが今の二人には到底難しいことはわかっていた。
 なぜなら、夏油は呪詛師で、元良は呪術師だから。この二つは敵対しているらしい。だから、どれだけ二人の気持ちが近くても、近づくことは許されないらしかった。それに、夏油は元良と会話するときは穏やかなくせに、彼女が自分のそばにいようとするのは嫌らしく、早く自分がいた高専というところに帰って欲しいと願っているようだった。双子はお互いにアイコンタクトを取って、夏油とのお出かけをめいいっぱい楽しもうと気持ちを切り替えた。



 
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