ははは。
 灰原と七海についっていった任務が想像以上にきつくて堪える。
 特級じゃないのかと思うほど相手が強くて手も足も出ない。
 私はいざという時のために、灰原と七海に自分の術式をかけていた。
 
 かつて夏油に呪詛師向けのクソ術式だといったけど、それはほんとうにそうだと思う。
 
 自分の呪力で作った小さな針を対象に刺すと、私が込めた呪力が消えるまで、対象を意のままに操れる。相手を操り人形にできるのだ。
 高専側には、呪霊に針を刺して呪霊同士でやりあってもらうと説明しているから、私はいつも呪霊が数多くいる場所に派遣されるようになっていた。
 
 でも、本当は何にだって刺せるのだ。その辺の動物だって非呪術師にだって呪術師にだって刺しても効果がある。
 呪力を持たない前者二つは、私の針で呪力を帯び一時的に呪物もしくは呪術師のような能力を得る。それで呪霊を祓ってもらう。彼らが死のうが生きようが私のさじ加減でどうにでもできるのだ。
 呪術師に刺す場合は相手の力量に競り負けてしまったら操れないが、操らないのであれば、一種のドーピングを引き起こすことができる。いつもの数倍の呪力が引き出せる、とか。
 
 だから、私は灰原と七海を操るために針を刺した。彼らの力量はまだ私ほどではない。そう見込んで、彼らには何があっても絶対死ぬなという呪いを込めた針を刺した。
 
 これで灰原は死なないし、もし万が一灰原が死なないからというパラドックスで七海が死ぬこともない。
 
 あとは私が五条が来るまで彼らを守るだけだ。
 
 
 :
 
 
 守りながら闘うっていうのは骨が折れる。なまじ、単独任務が多かったから余計に。
 しかも一級クラスとのタイマンはまじで勘弁。
 
 でも、これも夏油のためだ。夏油に死んで欲しくない。生きていてほしい。生きていて、五条ともっと仲を深めたり、五条のお守りをして家入の負担を減らしてほしいし、灰原と七海ともっと先輩後輩してほしいし、哀れな伊地知をねぎらってやってほしい。
 夏油は物を教えるのもうまいから、きっといい先輩になるし、多くの人から尊敬される呪術師になると思う。だってもうすでに灰原が懐いてるんだから、実力は折り紙付きでしょ。
 
 そう考えると私、夏油にまだまだやってほしいことがたくさんある。それをそばでみていたかったけど、私が生きて帰れる保証がない。
 
 このまま死んじゃうかもしれない。
 針を刺したとはいえ、死なない程度に灰原も七海も頑張ってしまってるから、二人とも満身創痍だし、私は術式もたいしたことなければ、体術だってたいしたことない。自分の不甲斐なさに涙が出る。
 もうこれ以上誰にも死んで欲しくない。夏油には生きていてほしい。
 
 でもきつい。夏油は私に対して別になんとも思ってないと思う。ただの同級生と思ってるは思うけど、三年間を共に過ごした同級生が死体になって帰ってくるのは、誰だってしんどい。そうでしょ。
 だから、私もなんとか生きなきゃいけないと思うけど、活路が見出せない。
 
 補助監督生がいつまで経っても祓い終わらない状況を不審に思って五条に連絡を入れてくれるだろうけど、五条が来るまでほんとうに耐えられるのかな。
 右足は膝から下がどっかいっちゃってるし、左手首もさっき飛ばされた。
 
 頭は血の流しすぎてフラフラするし、本当に満身創痍でもうだめだと思う。人間がギリギリ生きれているボーダを越してしまってると思う。でもまだ死んでない。だから、守らなくちゃ。夏油を生かさなくちゃ。
「藤原さん!」
 名前を呼ばれた気がするけど、灰原に呼ばれたのか七海に呼ばれたのかわからない。
 声が認識できないし、目の前で口をはくはくとさせているのがどちらかもわからない。
 わかるのは私のそばにある土地神のドス黒い呪力だけだ。
 
 こんなところで死ぬ気は毛頭ないが、そうはいっても状況は私を殺しにきてるから、殺されないとも限らない。
 もう痛みもわからないし、ちゃんと地面に立ててるかもわからない。声は聞こえてるけど言葉の意味がわからないし、後輩の顔もきちんと認識できない。
 
 私は急に心細くなって、携帯を開く。
 禪院甚爾に携帯を壊されたので、新しくしたのだが、一回夏油を通して私に手にやってきた携帯は全てのワンタッチキーに夏油の携帯番号が登録されていて思わず笑ってしまった。
 だから、この携帯はワンタッチキーのどれを押しても夏油に繋がる。握力も弱ってるみたいで、携帯をきちんと持てないから、どのボタンを押してしまっても夏油に繋がるのはこの時ばかりは嬉しく思った。
 
 私は携帯を耳に当てる。
 音がよく聞こえないからコールが鳴ってるのか、夏油が受けたのかもわからない。そもそもワンタッチキーも押せてないかもしれない。それでもよかった。夏油と繋がれているかもという心の支えが欲しかったから。
「夏油」
 私は発した声はきちんと音になっていただろうか。それさえもわからない。
「何もなくても連絡して」夏油が昔に言った言葉を思い出した。いや、今更かよと思うと思う。それを言われてもうどれだけの日が経ったのかと。
 しかも、死に際かよって感じだと思う。でも、優しい夏油のことだから、許してくれると思う。そうあって欲しい。
 
 
 :
 
 
 目を覚ますと毎度お馴染み見慣れた天井と、嗅ぎ慣れた匂い。
 家入いつもありがとうと感謝する。
 
 右足を見て左手を見て、ちゃんと自分の手足があることに安堵する。
 反転術式って本当に素晴らしい。私もできるようになりたい限りだ。本当に。五条みたいに自分で反転術式を使える呪術師が増えれば家入の仕事が減るんだろうけど、そんなにぽんぽん反転術式ができないから、家入が貴重にされてるんだ。大変だよね。毎日毎日知ってる顔の肉体をつなぎ合わせるのは辛いだろうに。でも、家入は、患者を治した数十秒には焼き肉を食べれるレベルでメンタルが強そうだ。
 
 私が生きてるってことは灰原も七海も生きてるはず。二人の安否を確認したいが、私の体はベルトによってベットに固定されていた。
 いや、もう逃げないよ。私が医務室から飛び出したのはあれきりなんだから。常習犯じゃない。この拘束を解いて欲しいと思うが、周りに誰もいないし、たぶん家入は外してくれないし、大人しく朝が来るのを待つしかない。
 
 でも、本当に灰原と七海が生きてるのかなと不安になってくる。夜、誰もが寝静まった静かな空間では、いろんなことが不安となって押し寄せる。
 九十九と夏油はあれから話をしただろうか。出会う機会があっただろうか。私が死にかけている間に何があったかわからないから、確認するまではやっぱり不安で、じっとしていられない。
 
 うんうんと体を捻っていたら、金具がパチンと外れる音がした。
 ラッキーと思い見てみると利き腕のベルトが外れていた。利き腕で拘束されてる他の部分を外して立ち上がる。少しふらりとするが、問題ない。血を流しすぎたからだろう。
 
 身に纏っているのが患者用のペラペラなガウンなのは心許ないが、カーテンを開いて病室から顔を出した。
 やっぱりそこは静まり返っていて、少し怖い。
 冷房が効いていて夏なのに肌寒いのが余計に私の恐怖心を煽る。
 
 そろりそろりと、裸足で近くのカーテンが閉まってるベッドを覗く。
 
 灰原と七海が規則正しく呼吸を繰り返し寝ていた。
 家入があまりにもきれいに治すから、やっぱりちょっと怖くて、七海の手首を取る。トク、トク、トクと規則正しい音が聞こえたので肩口まで掛け布団をかけ直す。
 灰原には七海と同じことをしたあと、胸に耳を当ててみた。
 ドクン、ドクン、ドクンと手首の時とは違った力強い鼓動が聞こえてやっとの思いで安心する。よかった。灰原死ななかった。これで夏油が死ぬ確率が低くなった。よかった。
 
 安心したところでベッドに戻るかと二人の眠るカーテンを閉めた。
「伊吹?」
 背後から急に声がしてびっくりして腰が抜けた。
 なんだと思って見てみるとそこには夏油がいた。なんだ夏油か。
 まて、ベットから抜け出したのばれたな。
 
 どうやってごまかそうかと思ったが、言い訳をする口を開く前に、夏油がしゃがみ込んでぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。
 ああ、そうか。死にはしなかったけど、死にかけの同級生も見たくないよね。
 小さく、ごめんね、と謝って夏油の背に手を回した。
 
 
 :
 
 
 私が完全復活を果たした日、退学手続きを行うために総務課に書類をもらいに校内を歩いていた。
 
 八月の夏真っ盛り、その辺でやかましく泣き喚く蝉のうるささといったら耐えられない。
 蝉に喉があるのか知らないけど、そんな叫び方をしていたら喉がかれると思う。
 
 夏油が辛かったであろう九月の任務まで高専にいられないのは悔しかった。
 何のために死にそうになってまで高専に来て、死にかけてまで灰原を助けたのに、夏油が離反するかしないかという大切な時期に私は何にもできないのだろう。高専にいられないのだろう。
 ため息が溢れる。
 
 事務の人からもらった退学届を今すぐビリビリに破って投げ捨ててしまいたい。
 そんなことしたって、新しい書類が渡されるだけなんだから無意味なことだ。
 
 もう夏油と一緒にいられない。
 私はあの任務以降呪霊が見えなくなってしまった。
 
 元々、呪霊が見えない体質だった。死にそうになって見えるようになって、また死にそうになったら見えなくなったのは本当に意味がわからなかった。
 
 呪術師はみんないつでも死にかけてるのに。いや、語弊があるな。死にかけになりそうな任務をバンバン受けてるのに、私だけ見えなくなるなんてやっぱり才能がなかったんだなと悲しくなる。
 
 私は晴れて夏油の嫌う猿とやらになってしまったのだ。
 心に大きい空間ができたみたいで、しょっちゅうため息をついてしまう。
「伊吹! もう出歩いて大丈夫か? 一緒に教室まで行こう」
「いいよ、夏油。私退学するから、もう授業受けなくていいの」
「退学!?」
「うん」
「は…?」
 夏油の驚いた顔初めてみたかも。いつも余裕のある表情をしていたから、レアだな。
 ああ! もう、夏油に会えないのかと思うとグッと胸にこみ上げてくるものがある。
 
 知ってる。この不快感の後には涙が出てくるって。だから私は固まってる夏油を置いて寮に走った。


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -