「死にかけたんだって? 雑魚すぎ」
 昨晩のせいで制服がダメになってしまったので、ジャージで教室に入った瞬間に五条にそう言われた。
「いや、腕がちぎれそうになっただけ」
 私は死にかけてない。いや本当。腕が千切れそうになっただけ。それが真実。
 そのおかげで推しに力一杯抱きしめてもらうというご褒美によって幸せのあまり昇天しそうにはなったが、それは命絶えるとかそういうことにはならなかった。尊死(?)はしたが、物質的に死んでない。
「もう大丈夫なのか?」
 夏油が心配の声をかけてくれた。最高か。優しい。好きだ。大丈夫。むしろ元気ましましだ。と伝える気概は私にはないので、夏油の顔を見てうなづいた。
「家入、綺麗に治してくれてありがとう」
「うん。任せな」
 
 :
 
「夏油、人は死んだらどうなると思う?」
 実戦訓練で私は夏油と組んだ時そう聞いてみた。
 もし彼が、天国に行くと答えたならば、私が彼を天国に行くまで幸せに生きてもらうため精一杯努力して彼を生かすつもりだし、地獄に行くと言っても、彼一人を地獄に生かせる気は全くなく、私が彼の代わりに地獄に行くために足掻き続ける覚悟がある。
「突然どうした? 宗教の話?」
「宗教は全く関係がないけど、呪術師は死にやすいから、死んだ後どうなるかみんな考えてるのかと思って」
 彼は袈裟を着るぐらいの人間なので、第三宗教のうち近い考えを持つのは仏教かと思っているので、天国と地獄を例に出したのは失敗だったかな。極楽浄土を例に出せばよかったかもしれない。
「私は強いから死んだ時のことを考えたことないかな」
 腕を組んで真剣に答えてくれた夏油に胸がときめく。そうだった。彼最強だった。
 そうだったそうだった。思わず膝を打つ。
 最強だから死んだ時のことなんか考えないじゃん。好きだな。
「そっか、変なこと聞いた。ごめん。ありがとう」
 夏油のことを好きすぎるあまり彼を理解した気になっていたが、彼は私の想像していた夏油ではなく、きちんと今を生きている夏油なのだから、私の想像とぶれるのは当たり前だ。そう思うと推しが生き生きと生きていることを実感させられた。尊いな。
「そうだったね。夏油は最強だったね」
 ふふ、と思わず私も得意げになってしまう。推しが健やかなのはいいことだ。私の心のビタミン。
「伊吹も強いよ」
 うん? ありがとう。その優しさが嬉しいよ。でも別に私が強かろうが弱かろうがどうでもいいのだ。夏油さえ生きてくれれば。夏油を生かすことのできるほどの力さえあればいいのだ。
「でも、私といるときは私に守らせてほしいな」
 にこりと夏油が言った。はははと乾いた笑いが出る。いやいや、夏油、君は自分が手の届く範囲の大切な人を守れたらいい。無理して他人まで救わなくてもいいんだよ。
 そんなことして苦しくなるのは自分だから。自分でかした縛りに苦しめられることになってしまうから、他人を救えなかったときに罪悪感に苛まれることになるから、別に私のことは道端の石ころだと思ってくれていいんだよ。私は君を生かすために生きてるんだから私のために命張らなくていいよ。
 でも、夏油はやっぱり優しいね。そういうところが好きだよ。
 
 
 :
 
「伊吹ってさ、夏油のことが好きなの?」
「もちろん。どうしたの急に?」
 家入が私の返事を聞いてげぇっという顔をする。家入は夏油と五条のことをクズコンビと呼んでいるから、そういう反応をするのは大いに肯ける。
「男の趣味悪いよ」
「夏油は素敵だよ」
 顔を合わせれば挨拶してくれるし、ついでに調子はどう? だなんていう世間話もはじめるぐらいにはコミュニケーション能力が高いし、こちらを気遣うような動きをしてくれるし、様子も聞いてくれる。素敵だ。
 疲れていたら、もう休もう、また明日とか、甘いものが食べたいなと思っていたときは、コンビニに寄ったついでに買ったチロルチョコをポケットから差し出してくれたこともある。こんなにできた人間そうそういない。死なないでほしい。
 
 かすり傷でも、包帯をぐるぐるに巻きつけて、大袈裟に手当てをするのはやりすぎな気がするが、自分より三〇cm以上背の低い人間なんか、子どもと思って接してるだろう。仕方がない気がする。
 推しがこんなにも優しい。元々好きなのに、さらに彼に対しての愛情がより深まるのは自然の摂理だった。
 やっぱり生きている実物は尊いのだ。幸せに生き続けて欲しい。私の心の底からの願いだ。
「それって伊吹にだけでしょ」
 そうかな、と相槌をうつ。
 この間は灰原に同じようなことをしていたし、私にだけとかそういう決してない。
 以前、夏油から守らせて宣言をされてしまったので、彼の中の私はか弱い呪術師と認定されてるみたいで、少しモヤモヤした。
 私は夏油を生かすために日々特訓しているのにその相手に守らせてなんて言われたら、苦虫を噛み潰したくなる。それを思い出してしまった。
「夏油のことは好きだけど、惚れた腫れたっていう感情じゃない」
「ふーん」
 家入はタバコをふかしながらクククと笑う。
 吐き出した紫煙に被せて、可愛そうな夏油、なんて言っていたので、心底意味がわからなかった。
 
 私からみた夏油は全然かわいそうじゃない。
 
 夏油の心は健やかだ。
 まだ天内理子の任務には行ってないから当然かもしれない。
 彼は五条と日々切磋琢磨してる。呪霊を取りこんでせっせと強くなろうとしてる。一般人を守るために。
 彼が猿と呼んで嫌った非呪術師のために頑張れている。
 
 でもさすがに、ちょっと頑張りすぎなので、休憩を挟むように夏油に話しかけに行くが、笑ってはぐらかされるので骨が折れる。彼が生き続けるには、クソみたいな呪霊の味に疑問を抱くような人間を近づけないことだが、それは概ねできている。
 でも、彼が守らないといけない人々は、彼が大切にしたいと思う仲間だけで十分なのだからこれ以上呪霊を取り込んで欲しくない。自分のことを自分で最強と言ってしまうおちゃめな夏油にはもちろんその名の通り最強であってほしいと私も思う。
 だけど、取り込んだ呪霊が多すぎて自分の掌に収まらないような他人も救えてしまうほどの力を持つのは考えものだ。
 
 
 :
 
「おはよう。伊吹。一緒に教室まで行こう」
「おはよう」
 いつものように支度して、いつもの時間に部屋を出た。いつもと違うのは夏油が部屋の前にいたこと。
 珍しいなと思いはしたが、推しと一緒に登校できるなんて、少女漫画みたいだと浮かれてしまう。登校といっても同じ敷地内に寮と教室があるから、別にわざわざ会いに来なくてもすれ違うし、四人しかいない同級生だ。もちろんクラス替えなんていうイベントごとは存在しない。それでも嬉しいものは嬉しい。
 
 夏油と登校できるなんて、いい朝だな。
 ちらりと夏油の顔をみると夏油もこちらを見ていたみたいで微笑みかけられた。
 推しの屈託のない笑みに心臓がズクンと脈をうつ。ときめきで死んでしまうかも。いや、夏油を生かすまでは死なない。死んでも死ぬつもりはないし、急な心臓発作で死ぬつもりもない。
 
 手を胸にやり深呼吸をする。落ち着かなければ。
「デリケートな話をするけど」
「どうぞ」
 夏油が眉を下げ困った表情で言う。かわいい。
 一九〇cmぐらいもある人間に対して可愛いなんていう感情はひょっとしたら適切ではないのかもしれない。でも彼のくしゃっとした表情を見れば誰だってそう思うだろう。健やかに幸せに生き続けてほしい。私が絶対に生かす。その意思を強く硬く心に刻む。
「伊吹は死にたいって思ったことある?」
 思わず息を飲み込む。
 今は天内理子の任務前だ。そのはずだ。絶対だ。絶対に。
 昨日見たカレンダーはまだまだ任務までに余裕があったし、最近の夏油の笑顔をみていてそんな鬱屈とした感情を持ち合わせていないと思っていたのに、意味がわからなくて、本当に意味がわからない。
 
 天内理子の任務をする前から悩んでいたのか。私がわからないうちに心に闇を抱えてしまっていた? 私は大馬鹿やろうだ。推しの機微が分からないなんて何しに死ぬ覚悟をしてまで高専にきたんだ。夏油見にきたんじゃないんだ。生かしに来たんだろうが。
「伊吹?」
 立ち止まった私を訝しんだ夏油の足も止まる。
 死にたいって思ったことがあるか? そんなの今だ。
 夏油にそんな質問をさせてしまった自分自身が嫌になる。彼から死なんてワードを引き出してしまった。今すぐ死んでしまいたい。でもそうすると彼を生かすことができない。それはいけない。私は生きなくてはいけないのだ。
「……本人以外から聞くのはどうかなと思ったんだけど、伊吹が高専に入学する前は何度も自殺未遂をしていたと聞いてしまって……」
 ああ、そのことかと安堵する。
 やっぱり天内理子の任務前の夏油は大丈夫だ。
 やっぱりただの同級生の過去を心配してくれるほどには夏油は優しい人間だ。優しすぎて涙が出る。自分のエゴのために夏油を生かそうとしているこんな醜い私のことを心配してくれるなんて、人間ができすぎていて、心が苦しい。彼は幸せになるべきだ。私はそう思う。
「気に障ったらごめん」
「大丈夫、ほんとうに……。今はそんな気全くない」
 私はあなたに会うために自殺未遂を繰り返しましたなんて言ったら夏油はそれこそ罪悪感で死んでしまうと思う。それぐらいには本当に優しい。
 私は私のエゴでここにいるのに。
 でもそんな優しい彼が愛おしい。やっぱり生きていてほしい。優しい彼がクソな呪術界で生きるのは苦しいと思うけど、それでも生きていたらいいことがあるはずだ。そう思うのは本当に私のエゴでしかない。
「本当に? 本当に信じていい?」
 夏油は一歩距離を詰める。
 大きなその手を私の頬に寄せ、親指で目の下を優しく撫ぜた。
 その掌の暖かさに、夏油が生きてることを実感する。
 夏油に会えてよかった。神様仏様。今日も記念日にします。ケーキを買って、夏油が優しすぎる日として記念日にしよう。そうしよう。


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