今日は4人でボードゲームをしてから映画鑑賞だからと告げられ、五条と家入とコンビニに行った。
いつもなら、みんなの買い出しはみんなで行くのだが、あいにく夏油の任務が長引いていた。
呪霊が強かったとか苦戦したとかそういう理由ではなく、公共交通機関に遅れがでているとかで。

だから、しょっぱいものから甘いものまで、つまり、棚のここからここまでをくださいという暴挙を五条が申し出て店員を困らせても、諫める人間がいなかった。
家入は5カートンもタバコのストックを買おうとしていて、やっぱりこれにもストップをかける人間はいなかった。
調子に乗った五条が自分の両腕が使い物にならないほどの買い物袋をひっかけて、持ちきれない分を押し付けられた私と家入も両手いっぱいに荷物持たされた。

「あ、傑!」

五条が無邪気な声を上げた。
遠目から高専の敷地が見えてくる頃、五条の目線を辿ると、夏油っぽいシルエットと車ともう一つ人影が見えた。
あれはきっと高専所有の車なので、そばに立っている人は補助監督だろう。
五条が自分の荷物を夏油に押し付けようと歩幅を広くし、大股で数歩歩いてから素早く方向転換して何故か私たちの元に戻ってきた。

口を真一文字に閉じて、私を五秒ほど見つめた後、横目でチラリと家入をみて、また私に視線を戻して、重々しく口を開いた。

「…告白されてる」

五条はさらに一歩距離を詰めてきて、再度「告白されてる」と囁いた。

家入が五条の身体で隠れた告白現場を見るために、横にずれ、私も家入と反対側にズレてその様子を窺う。
遠目なので詳しい表情はわからないが、夏油は片手を胸のあたりに上げて手を振っていた。相手は、両手を胸の前で握っていた。
一体どんな会話をしているのだろう。どんな表情を相手に見せているのだろうとそのことが気になって、じっと目を凝らしてみたけど、やっぱり距離が離れすぎていてさっぱりわからなかった。

「あのクズ何やってんの」

家入がため息をついて、買ったばかりのタバコの箱を開けて一本取り出し火をつけた。
私たちは、手汗をかいた五条に押されて、道の端に追いやられた。そして五条はしきりに私の方に視線を送ってくる。
五条、と呼びかけると、やっぱり真一文字に口を閉じていた五条が大袈裟に肩を震わせた。

「夏油ってモテるよね」

「そりゃ、とてつもなく」

とてつもなくモテる夏油は最高だと思う。
やっぱり優しくてかっこよくて気遣いもできる最高な夏油がモテないわけがないし、彼女がいないはずがない。
実際にいるかどうかは知らないけど。
私が横にいる時間を思い返してみると、彼女がいたとすれば遠距離恋愛で、夏油の隣に誰がいるかタイムリーにはわからない人物だろうし、夏油が誰それと付き合ってるなんて噂は聞いたことがないので本当に今いないのかもしれない。
もしかして、私がすきあらば夏油のそばにいようと甘えていたのはよくなかったのかもしれない。いや、よくなかっただろう。
だって、夏油に話しかけたい人は山のようにいただろうし、夏油のそばに近づきたかった人は星の数ほどいただろう。
私が調子に乗って、夏油の時間を奪っていることを気づけなかったのかも。
そう思うと急に申し訳なくなって、夏油が告白されているシーンを見れなくなった。


:


告白現場を避けるために横道を通って、五条の部屋にコンビニで買ったお菓子を置いたあと、私は右に家入、左に五条がぴったりとくっついた状態で、談話室に腰をかけていた。規格外である五条を含めた3人で座るのには少し狭いソファなので、私が立ち上がって反対側のソファに移動しようとすると、両サイドからストップをかけられて、座り直すように指示される。
大人しくそれに従って、座り直して数秒もしないうちに伊地知が談話室に飛び込んできた。

足を組んでいる五条が顎で私の正面のソファを指す。無言だった。柄が悪い。五条家はもしかしたらヤクザかもしれないと思うほどには堂に入っていた。
尊大すぎる態度に伊地知は一言詫びてから腰掛けた。

「俺は確かに電車が遅れてるから車で傑を迎えにいけと言ったけど、告白の場を設けるためじゃない」

「はい」

五条の偉そうな態度に伊地知は完璧に萎縮してしまっている。肩を竦め両足を閉じて、両手は膝の上だ。

「しかも、俺はお前に指示したよな」

「ごもっともです」

雲行きが怪しい。五条が伊地知に夏油を迎えにいけと指示したのはわかったが、それはパシリに該当するし、別に手が空いている人がいればその人物に任せても支障はないはず。だって夏油は誰にだって優しく紳士なので、伊地知でないといけないという決まりはない。そもそも伊地知は専属の補助監督でもパシリでもなく後輩だ。
むしろ、あんまり呪術師慣れをしていない補助監督とか、新米補助監督になら、優しい夏油の人柄はバッチリ適任だと思うのだが、五条は何かが気に入らないらしい。
うすうす思ってはいたのだが、五条は五条家に甘やかされすぎているのかもしれない。
自分が一番だと思っていると思う。実際に実力は1番なのだけど人間性は墜落点なので、五条家は情操教育にメスを入れた方がいい。

「五条が伊地知に強くあたる理由がわからない」

「は?」

「夏油を迎えに行くなんて誰でもいい。伊地知がいかないといけない決まりなんてない」

「だけど! 伊地知が迎えに行ってたら、傑は告白されなかっただろ!」

「夏油が告白されたら何かまずいの?」

「伊吹、お前それマジで言ってんの?」

ソファの上でふんぞり返り、怒りの含む言葉を五条がはなつ。
伊地知は萎縮に萎縮を重ねてもうすっかり小さくなってしまった。本来ならゆとりのある2人がけのソファが3人がけのように見えるほど。
私は五条の苛立ちの根源が本当に全くわからなくて、ただの癇癪にしか思えなかった。
大人になれよ五条、と心の底から思う。
そしたら、あっ! と五条が明るい声を出して、ニヤニヤし始めた。

「なるほどね。傑がどんなに色仕掛けされようが、付き合ってるお前らには関係ないってことか」

「五条、伊吹と夏油は付き合ってないよ」

「はぁ!?」

変な勘違いをした五条の間違いをすかさず家入が直し、五条は今度は大声を上げた。

「なんで? どうして付き合ってない?」

「なにが?」

先日家入としたやりとりを再度五条とする羽目になった。五条は家入とは違って根掘り葉掘り理由を聞いてこようとしたのだが、付き合う理由も何もないし、付き合ってと言ったことも言われたこともないと、何度も何度も五条に言い聞かせて、やっと五条は黙った。黙っただけで納得はしていなかったが、私だって、虚実を伝えるわけにはいかないし、五条の強い思い込みを正さなくてはいけないと強く思ったので根気強くキャッチボールを返した。


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昼間の補助監督の顔が思い出せない。
黒っぽい服を着ていたことしかわからないのだ。そもそもみんな制服なので黒っぽい服を着ているのは当たり前だから、本当に私は彼女に対して何も記憶していないということになる。
その理由は認めたくないがわかっている。
夏油に告白した補助監督が可愛くて素敵で素晴らしく、夏油の隣に並び立っても負けないぐらいの人物だったとしよう。
でも、その人物を私は心の底から祝福できない。
容姿も性格も申し分なくて夏油に釣り合うのは彼女しかいないとされても私は心の底から祝福できる気がしなかった。
だって彼女は夏油の心の澱を知らない。一歩間違えば、夏油が呪詛師になっていたかもしれないなんて考えたこともないだろう。
別にそれは悪いことじゃない。そんなこと知っていなくちゃわからないことだ。私だって原作の知識があったからこそ知っていたことだし、回避させることができたのだ。
私の努力で手に入れた、守ることのできた夏油。
そんなことを言うと大袈裟すぎるし自分を過大評価しすぎているかもしれない。
でもそこだけはどうしても譲れなかった。私しか知り得ないことだけど、それでも、だ。
本来なら推しの幸せを心から祝福したいし、恋人の1人や2人魅力的すぎる夏油にいてもおかしくはないから、私が自分勝手な感情とわがままで認めないというのはおかしな話だ。
わかっている。
私が認めなくても夏油が良ければそれで付き合う付き合わないとかそういうのは全く自由だ。夏油の意思で選ぶことだ。私は親でも恋人でも夏油自身でもないので反対する方がおかしいのだけど、認められないのだ。
そんな狭い心を持ってしまう私が周りから見ると夏油の恋人と勘違いされるのは嫌だった。
夏油が誰かを愛して、愛されて懇意になって付き合うのを心の底から祝福できない私は夏油の恋人に相応しくない。
推しの幸せを心の奥底から純粋な気持ちでお祝いできない。好きな人の幸せを心の底から応援できるそんな人物でないといけないし、本来であれば私はそうあるべきだ。

それに難しいことを望むが、夏油には夏油と同じぐらい素敵な人が隣に立たなくてはいけない。

「傑が告白されてるのをみてどう思った?」

五条が肘をつきながら問うてきた。

「夏油は魅力的なのでつい告白してしまうのも無理はないと思った」

でも、本当は複雑だった。
夏油が補助監督と付き合うのを想像して心が引き裂かれそうだった。
夏油と彼女は釣り合うのかなと値踏みをするような目線を向けてしまったし、そう思う自分が嫌だった。
でも、夏油が誰といつどんなおつきあいをしようが私には全く関係がない。
夏油の一体なんなんだと自嘲してしまう。ただの仲間だろう。夏油に優しくされたからってすぐに舞い上がってしまって本当に自分自身の愚かさに腹が立つ。
夏油に告白するという行為自体は応援できる。だって夏油は本当に素敵で、かっこよくて強くて優しくて誰もが一生一緒にいたいと思うほどの人物だから。見る目があるなと労いたい。

「夏油がさっきの子と付き合ったらどうする?」

家入がそんなことを言う。
なんだかよくわからないが、心が冷えた気がした。
部屋は暖かいし、夏油の持つ魅力に気づいた人物が、好意を伝えることに寒くなる要素なんてない。むしろ喜ばしいことだと思う。
好きな人が多くの人から好かれるのは大変喜ばしいことのはずなのに。
それなのに、私の心は冷たく硬くなった気がした。

これ以上、欲張ってはいけないのに。
今まで夏油のそばにしれっといれた状況に甘えるな。
思い上がるな。
夏油の優しさは私にだけでなく、多くの人たちに与えられているのだから、私だけが特別だなんてそんなことはないはずなのだから。
夏油の幸せを心の底から祝えるように、ならなくちゃいけない。今の私はまだまだ未熟でそれができないのであれば、少し距離をおくべきだ。そうするべきだ。そうするべきなのに。


:


「私たち付き合うべきだと思うんだ」

夏油がいつも通りに朝迎えにきて、教室にいつもの時間について、自席に着いて早々そう言った。頬杖を付いている右手の指には私とお揃いのリングがしてあった。

「以前釣り合わないといっていたけど、釣り合う釣り合わないは問題じゃない。お互いがお互いを想いあっているかが重要だと思うんだけど」

伊吹はどう? と聞いてきた。
夏油だったらそういうだろうなっていう私が想像していた通りの言葉を発したことに、私って夏油のことちゃんとわかってたんだなって嬉しくなった。

「ダメ」

「ダメ?!」

でもダメったらダメだ。
夏油は目を見開いている。そんなに驚くような返事を返したつもりはなかったのだけど、夏油はそうじゃなかったらしい。
柳眉も顰めている。

「一緒に出かけたり、朝迎えに行ったり、プレゼントしたり、連絡も頻繁に取り合う仲で、お互いに好き同士だし、もう私たちの関係は恋人と言ってもいいと思うんだけど?」

「違う」

「違うの!?」

違うのだ。
だって夏油は優しくてかっこよくて強くて全ての人間が手本にするべきできた人で、私の大好きで唯一ではあるが、そんな夏油と付き合う付き合わない、恋人かそうでないか、それはまた違う話だ。
だって私は心が広くない。そんな私が夏油が彼氏だった場合、私は胸を張って彼女と言えるだろうか。


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