品のない輩を夏油がスマートに御したあと、私たちはぱぱっと任務にも満たないような、呪霊のカスのようなものを見つけがてら祓った。

「伊吹、さっきのことだけど」

「うん?」

「伊吹が私と釣り合わないなんて言ったことだけど」

「ああ」

「今までそんなこと思ってたの?」

「うん」

夏油が口をキュッと閉じてこちらを見た。
形のいい眉を歪ませて、口を開きかけてまたつぐんだ。

「なるほどね」

進行方向を向き直して何度か小さく頷いた。
腕を組み、顎に手を添えて、まるでドラマのワンシーンみたいな光景。絵になる。
その些細な行動がなんだか、たまらなく胸にきた。
夏油がするから最高によかった。
何に対して納得したのかよくわからないが、夏油がいいなら別にそれでいい。
今日もまた夏油の素敵な一面を見てしまった。気持ちはほくほくだ。
今日の記念日はどんなケーキにしようかな。
あ、いやそろそろ和菓子を開拓しようかな。
今度もし夏油と記念日のケーキを食べる機会があれば、私も夏油のために美味しいお菓子を選びたい。
以前ケーキを選んでもらったお礼も兼ねて。
その時のお祝いはケーキじゃなくて、趣向を変えて和菓子にしようかな。


:


私たちは任務を手早く済ませ、一緒にショッピングをすることになった。
私と夏油が一緒に出るまでもない瑣末な任務だったけど、嫌な気はしなかった。
命が危険に晒されるリスクは低い方がいい。夏油なら尚更。長生きしてもっといろんなことを感じて欲しいから。

そしてここはただのショッピングモールだ。
アパレルから雑貨から本屋からカフェまでとりあえずの若者はここに来ればいいだろうというラインナップの充実したショッピングモール。
今は平日のお昼。あまり人がおらず、ゆっくり商品を見て回るのには最適だった。
ひとりではこんなところ来ないし、来たところでじっくり見ない。
だから、夏油の気の向くところについていって、夏油が何に対して関心があるのか、興味をそそられるのか、そういうものをチェックすることにした。いい機会だ。夏油の嗜好もわかるし、夏油と一緒にウィンドウショッピングができるし、一石二鳥どころか三鳥かも、いいや四鳥だって言い切ってもいい。それ以上かもしれないけど。

さて、夏油は今何に興味関心があるんだろう。ほくほくした気持ちでついていくと、夏油が一番最初に立ち止まったのは、アクセサリーのポップアップショップ。
簡素ではあるかシンプルにまとめられたそのスペースは、夏油がいるだけで、喩え難い素晴らしい店へと変貌する。夏油がアクセサリーの価値をあげているのだ。宣伝料をとってもいいと思う。ほんとうに。それほど様になっている。とてつもなくかっこいい。
夏油は今、アクセサリーを求めてるのか。
そうか。確かに黒くて丸くて大きめのピアスをするぐらいだ。どちらかと言えば個性的と言えるピアスをしてる。
アクセサリーに興味はあるだろう。新しいピアスを探してるのかな。
夏油が今のピアス以外をする想像がつかないけど、きっと今手に取っているシンプルな輪っかのピアスもつけてみたらめちゃくちゃかっこいいんだろうな。
ただでさえかっこいいのに、これ以上魅力のバリエーションを増やしてしまってどうする。最高。いろんな夏油をたくさんみたい。たくさん知りたい。

「これどう思う?」

確かに私は生物学上は女に分類されるけど、同い年の女の子の中では流行りに疎い方だと思うし、センスもあるとは思えないので、聞いてこられても困るのだが、そうは言っていられない。
だって夏油が私に聞いているのだから。他の誰でもない私の唯一の存在である夏油が。

「リング?」

夏油の手のひらの上で転がされた輪っかは、細身のピアスではなく、シンプルなリングだった。
てっきりピアスだと思い込んでいたので、少し驚いてしまった。
リングをつける夏油か。
ファッショナブルだ。ドギマギしてしまう。身につけている夏油を想像する。絶対にときめく自信がある。むしろもうすでにときめいている。好きだ。
うん。似合っている。最高。
心中の興奮を抑えつつなんとかうん、とだけ肯定の返事をした。

「伊吹は私はどんなリングが似合うと思う?」

夏油に似合わないリングなんてあるのか? そんなもの存在しないと思う。
だって夏油はめちゃくちゃかっこいいし素敵だし優しいし、どんなものを身につけていても中身が最高なので、どんなものも中身には劣るというか。いや、そんなことはない。
外見をちょっと工夫するだけで夏油の素敵さが右肩上がりになってしまうと思う。
中身と外観の素晴らしさの相乗効果で大変なことになる。
そして、中身も最高で外見にも気を遣えるその素敵さ。
もう、大好きな夏油に似合わないものなんてない。はっきり言わせてもらう。言い切らせてもらう。そんなものはないのだ。何を身につけても最高だ。

「どれでも」

どれでも、どれでも似合う。本当に。似合わないものはないと豪語できる。

「じゃあ、伊吹は私にどんなリングをつけていて欲しい?」

どんなリングをつけていて欲しいかだって?
今日は私の命日なのかもしれない。
だって嬉しくて舞い上がってしまうことが多すぎる。
でもここで急に心臓発作で倒れて死んでしまいたくない。夏油に迷惑がかかるから。
でも今すぐ召されてもいいぐらいに心臓がバクバクしてて、息が上手くできてる気がしない。夏油を思わず見つめてしまう。

夏油はいつもの私の好きな優しい顔をしていた。
泣いてしまう。心が震える。耐えられない。大好き。

本当に尊い。
私がこんな幸せを夏油の隣で感じてしまっていいのかな。
見に余るほどの幸福を享受してしまってもいいの?
ほんとのほんとに推しの隣にいていいの?
恋人でもなんでもないただの私が?
ただの仲間である私が?
こんな優しさをまるっと受け取っていいの?
夏油の持ち物の選択肢に口を出す権利があっていいのかな?

今本当に倒れてもおかしくないぐらい心臓が暴れてる。
このフロアにAEDあったかな。確認してないな。
私の心臓持つかな。いや、持たせないと、ここで倒れてしまったら夏油に迷惑がかかる。だめだ。それだけはだめだ。


:


刺激が強すぎて、ふわふわした気持ちで高専に戻った。
あのあとの出来事はあまりよく覚えていない。ただ思い出せるのは夏油の優しい顔だけ。それだけでも十分幸せで、また記憶を振り返ってぼんやりしてしまう。

「伊吹、今日は付き合ってくれてありがとう。おかげて楽しい時間を過ごせたよ」

夏油は私を自室の前まで送ってくれて、そんなことを言う。
私の方が最高の思い出をありがとうと感謝しなくてはいけない立場なのに、夏油は出来過ぎな人間なのでそんなことを言ってくれる。
素晴らしい時間と最高の思い出をありがとう。と伝えたいが、夏油の優しい瞳をみると、途端に口がうまく動かなくなってしまって、うん、としか返事ができなかった。

「これ受け取って」

部屋に入るために、かろうじでおやすみと告げることのできた私を夏油は引き止めて、紙袋を差し出した。
夏油から渡される物ならどんな物だって受け取る。受け取らない理由がない。
例えば、出来立ての死体を持ってきて、あげるなんて言われても私は喜んで受け取る自信がある。
例えがとてつもなく酷くなってしまったし、夏油はそんなものをプレゼントするなんてそんな酷いセンスは持ち合わせていない。
つまりはなんでも、どんな物でも夏油からの施しであれば断る理由がないということなのだ。
そもそも私は夏油が死ぬ原因となる、非呪術師を殺して呪詛師になるということを阻止するために呪詛師にならせないために頑張ったので、今言ったことは本当にありえないのだけど、それぐらい、天地がひっくり返っても信じられないようなことを夏油から渡されても嬉しいということなのだ。

「お気に入りなんだ。伊吹も気に入ってくれると嬉しいな」

夏油の手から私の手と紙袋が渡る。
そんなに重くない。シンプルなデザインの紙袋。

「たくさん着てね」

じゃあ、おやすみ。また明日。と言って手をひらりと振って夏油は立ち去った。
お気に入りとは一体なんだろう、たくさん着るとはどういうことだろう、たまらず紙袋をその場で開く。
包装されたルームウェアがそこにはあった。
丁寧に施された包装を、慎重に解き、袋からルームウェアを取り出す。
手触りがいい。きっと着心地もいいんだろう。
夏油はお気に入りと言っていた。ということはつまり、このルームウェアを夏油は着たことがある。そして今も使っている可能性もある、そうなれば、夏油とお揃いかもしれない。
自分で試したことのない物をお気に入りだと言ってプレゼントする人間はいないだろし、ましてや夏油なんて、優しさでできているので、自分でいいと思った物を、思いやりの気持ちによって誰かにプレゼントするのは容易に想像がつく。
その誰かに、誰でもない私が選ばれてしまった、あまりの衝撃と刺激の強さに私は手に口を当てて立ち尽くすしかできなかった。
いいの? 本当に貰ってしまっていいの? 嬉しくてどうにかなりそう。

夏油にはたくさん着て、なんて言われたが、勿体なさすぎて着れない。けど、夏油の言葉を蔑ろにはできない。

とりあえず、一度袖を通して、夏油がお気に入りといっていた理由を肌で実感した。着心地がいい。
でもやっぱり勿体無いので、そっと脱いで丁寧に包装し直して、クローゼットを開ければすぐに目に入る場所に置いておくことにした。


:


「夏油と付き合ってんだよね?」

「? 付き合ってないよ」

家入が私の返事を聞いて手に持っていた煙草を落とした。
吸い始めたばっかだったのに、と家入が恨みがましそうに地面に落ちた吸い殻を拾い上げ、灰皿に押し付けた。

「一応聞くけどなんで?」

「なにが?」

家入の言うことがいまいちわからない。一応と言ったけれど、私は夏油の恋人ではないから付き合ってもいない。一体何が一応なんだろうか。
私は確かに夏油のことが大好きだが、付き合って欲しいなんて一言も夏油に告げていないし、恋人にしてとも言っていない。
もちろん夏油からも言われたことがない。夏油の中で私は仲間なのだから、本当に家入の言ってることが不思議だった。

「あんなにイチャイチャしておいて?」

あんなに、とは一体いつのことだろう。夏油とイチャイチャした記憶なんてないのだけど。

「いつ?」

「今日の朝」

今日の朝、といえば夏油がいつものように部屋にやってきたが、任務で遠方にいくらしく、顔を見たかったなんて言ってくれた夏油を高専の駐車場まで送ったことだろうか。
私はさらりと相手の喜ぶことが言える夏油のこういうスマートなところがたまらなく好きだ。かっこいい。

駐車場に着くと補助監督がすでに車を準備していて、いつでも出発してもいい状態だったが、いつまでも車に乗ろうとしない夏油を私が嗜めることになった。

実際それは、夏油が出向くでもないような階級の任務だった。
そんなに任務に行きたくないのであれば、私が代わりに行こうかと補助監督に任務の詳細を聞いたところ、任務の依頼先の人間がわざわざ夏油を指名したらしかった。
優秀で優しくてかっこよくて強い夏油を指名したい気持ちは心の奥底からわかる。

でも実は私たちが寮を出るよりずっと前に夏油は高専を出なければいけなかったらしいのだが、私の顔を見たいから、なんて補助監督に一言告げて携帯の電源を切っていたらしい。
私はいつのまにか夏油のメラトニンないしはセロトニンになっていたのかもしれないと一瞬本気で思ってしまった。
きっと違う。きっとというか確実にそれはないのだが。
私の生存確認が夏油の生活の一部に割り込んでいるのが衝撃だった。

階級の低い任務で、夏油が死ぬような傷つくようなリスクのない任務であれば、安心して夏油を送り出せるが、しょぼい任務は私のようなしょぼい呪術師に任せてくれたらいいのにと思いはした。でも、たまには息抜きも必要かもしれない。ずっとしんどい案件だと、いくら強くてスマートな夏油も疲れてしまうだろう。
しんどい案件が続いた時、任務をするのが嫌になったら、フレッシュな脳みそを持つ五条に任せればいいし。

朝の出来事を振り返ってはみたが、家入がいう、夏油とイチャイチャしていた様子なんて微塵もない。

「?」

「ははっ。意味わかんねー」

家入が新しい一本に火をつけ始めた。
意味がわからないのはこっちなのだけど、家入は時々おかしなことを言うので、あまり深く考えないことにした。

「おい! 今日の傑の任務やばいぞ!」

教室の扉をスコーンと開けて五条が飛び込んできた。

やばい。
その一言で私はその場に素早く立ち上がり、五条に攻め寄る。
五条はそれを見て目を丸めて口角をあげ、やばいんだよと笑いながら私の方をぽんぽん叩く。
早く何がやばいのか言え。
場合によったらすぐに夏油の元に飛んで行かなくてはいけないのに。

「殺気立つなって! 命に関わるようなことじゃない」

「じゃあ、何がやばいの?」

家入がスパーと煙を吐きながら言った。あんまり興味ないみたいだった。
夏油に関することだぞ。どんな些細なことでも大切でしょ。と思いはするが、これは家入なりの信頼の態度なのかもしれない。もう長い間4人で同級生をやってきたし、きっとそうなのだろう。
夏油に全幅の信頼を寄せているからできた発言だ。興味がないのではなく、心配するまでもない、そういうことだ。

「なんであんな雑魚い任務に傑が指名されたのかと思ってたら、お偉いさんの娘が傑を気に入って、もう一度会いたいからだってよ。だから、任務をでっち上げられたわけ! 今頃お見合いでもしてるぜあいつ!」

ニヤけ顔で五条が私に視線をよこした。
家入も私をみていた。
私は2人に向かってそうか、と告げた。


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