あれから私たちは任務に次ぐ任務でろくな時間が取れなかった。
ケーキを一緒に食べよう。なんていう口約束は季節がひとつ過ぎた未だに果たせてなかった。
でもそれでもよかった。

だって、夏油が私を大切だと言ってくれた。
それだけでもう私は今も天にのぼれるぐらい舞い上がっている。
その約束がもし、ずっと果たせなくても、その約束をしたという事実が私を喜び奮い立たせる。


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私はあの後フリーの呪術師になることはすっぱりやめて、夏油と一緒に卒業するために、夏油に引っ付いて高専に戻ってきた。

ぴったりという言葉がつくくらい夏油の近くを歩いて、夏油の顔を時々盗み見ては、嬉しくなりながら、足取り軽く歩いた。
きっと夏油は私の不審な行動に気づいていたと思うけど、時々合う目線は優しさに満ちていて、私も同じものを返すのにつとめた。

ああ、やっぱり夏油は素敵だ。素敵すぎる。
優しいし、かっこいいし、強い。
もう何もかも、全てが愛おしい。
おもわずこぼれる笑い声に夏油ははにかみながら手を優しく握ってくれた。

黙ってこっそり高専を抜け出した私は、もちろん、夜蛾先生に指導を受けた。
指導といってもゲンコツひとつもなく、ただ注意を受けただけだった。
てっきりゲンコツのひとつやふたつは降ってきるものだと思っていた私は、思わず先生の顔をまじまじと見てしまったのだけど、隣で咳払いをした夏油の顔を見て気づいた。

思わずゲンコツをしそうになった夜蛾先生を夏油が諫めたのかも、と。
そんな都合のいい妄想をしてしまって私は本格的に自分の脳みそが心配になるが、でもきっと間違いじゃないと思う。

だって、夏油が私を介護している時あらゆるものから守ってくれた。
例えば、五条がよく力任せに肩や背中を叩くことだとか、体力の使うような任務だとか、過保護すぎるぐらいそういったものから私を遠ざけていた。
本当は自分勝手な行動をした私に対して夜蛾先生は注意だけじゃ足りなかったと思う。でも、それ以上のことは夏油が許してくれない。

なんだか少し照れくさい。
だってさっき夏油からプロポーズ紛いの言葉を言われてしまったし、としまえんから手を繋いで帰ってきてしまったし、私の心はいっぱいいっぱいだ。

今すぐに息絶えても後悔はない。いや、もう少しこの幸せに浸っていたいから、死ねない。

胸がいっぱいいっぱいで、でもどうしようもなく嬉しいので私は夏油の顔を見た。
夏油は、ん? と顔を近づけてくれて、もうそれだけでも嬉しかった。
大好きな夏油と一緒にいれることがなによりもかけがえのない素敵な時間。

今まで意図的に避けようとしていて1人で勝手に苦しくなっていた私の心がやんわり解けていくみたいだった。
やっぱり夏油は私の心のビタミン。唯一無二の素晴らしくかけがえのない大切な人。

じわじわと身を持って感じる。生きていてくれて本当にありがとう、一緒にいることを許してくれてありがとう、と。


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夏油となかなか会えない状況が、ろくに顔を見て話をすることができない状況が、少し肌寒くなった今も続いている
少し寂しいが、私は春の終わりに夏油と行ったとしまえんの出来事を栄養剤として今もまだホクホクな気持ちを思い出す。
幸せな気持ちはまだ続いている。
それに夏油は、今まで以上に連絡を取ろうとしてくれるし、私も自分から連絡をするように心がけている。

だから、大丈夫。
大丈夫。
大丈夫、寂しくない。

特級の夏油は言わずもがな多忙だし、私は今までみたいに任務にバンバン出ていける体ではなくなってしまったので、今まで通りの任務を八割、補助監督の仕事を三割をこなしていた。
でも、この補助監督の仕事というのが厄介で、情報収集が思いのほか大変だし、窓から情報を貰いはするが、自分の足で情報を収集した方が、担当する呪術師により正確な情報を提供できるので、私はもっぱら全国各地を今まで以上に動き回る羽目になった。

だから、夏油と会えなくなるのは仕方なかった。でも、これは夏油の大切な仲間を守るためにつながる。


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今日も終電で駅に着いて、人がいない寂しいホームを出た。
疲れる体を叱咤して、タクシーを探した。探そうとした。

探す前に目の前に飛び込んできた人影がある。私は吸い込まれるように彼を見つめた。
ホームを出たタクシー乗り場にいる人影の正体は夏油だった。
周りは明かりがほとんどなくて、ぼんやりとした人影が浮かび上がっていただけだが、私が夏油を間違えるはずがないのだ。

あの長身と雰囲気、シルエット、紛れもない夏油。
嬉しくなって、駆け足で近寄ると、夏油も私に気がついたみたいで笑顔で迎えてくれた。
夏油が両手を広げ迫ってきたので、私は思わず腕の中に飛び込んでしまった。

まるで恋人みたいだ。
なんてちょっと嬉しくなって、だめだ、と正気を取り戻し、離れた。
私と夏油は恋人ではない。

「伊吹お疲れ様」

「夏油もお疲れ様。これから高専に帰る? 一緒のタクシーに乗ろう」

「いや、これから伊吹と公園に行こうと思ってね」

「こんな時間に?」

「嫌だった?」

「ぜんぜん!」

こんな時間に夏油と公園。
最近少し寒くなってきたけど、夜の散歩ぐらいなら全然余裕だ。
しかも夏油と一緒。それだけでもう心が暖かい。少し寒いぐらいがちょうどいいかもしれない。

夏油は元々優しかったけど、最近は輪をかけてさらに優しくなった気がする。

いや、多分違う。
今まで私は夏油のそばに居るのは相応しくないとそう思い込んでいて、夏油からの優しさを100%きちんと受け取れていなかったのかもしれない。
勿体無いことをした。今から取りこぼした過去の優しさを全て取り戻したいけど、それは無理な話だ。
せめて、これからは夏油の思いを余すことなく受け止めなくては。

意思を強く固めて夏油を見る。これからは夏油からの気持ちをきちんと受け止めると、自分の考えに意固地にならないようにと。

夏油は私の視線に気付いて、ちょっと寒いけど、大丈夫? なんて学ランを寄越そうとしてくれて、慌てて止めた。

大丈夫だよ。ありがとう。夏油に風邪をひいて欲しくないから学ランはきちんと着てね。
私は夏油からの心遣いで、体がぽかぽかしてるから大丈夫。本当に。


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夏油の呪霊に乗ってスイスイとやってきた先は、東京の郊外にある、コスモス畑といっても差し支えない美しい場所だった。
素敵なことに今日は月明かりが眩くて、ほんのりとコスモスの柔らかいピンク色が浮かび上がっていた。

こんな素晴らしい場所に夏油と2人。
なんだか胸の奥がキュッとなって、息が浅くなる。
夢みたい。でもこれは紛れもない現実なのだ。

夏油は公園に元々あった木製のベンチとテーブルに四角い箱を置いた。そしてそっとそれを開ける。
そこには色とりどりで上品なケーキが詰め込まれていた。月光で淡く光を反射していて、神秘的だった。

月明かりだけでは手元がおぼつかないからと、ランプもどこからか取り出して、伊吹はどのケーキが食べたい? と夏油は聞いてくれた。

夏油と食べれるなら、なんでも、どんなものでも嬉しい。本当に。なんでもいい。

「この中に嫌いなものはある?」

「ない。全部好き」

「よかった。悩んだ甲斐があったよ」

夏油が私のために悩んでくれた。その事実がくすぐったい。幸せで胸がいっぱい。

夏油が選んだくれたケーキを一口食べた。
想像以上の幸せの味がして、たまらない。

「げとうぉ…大好き…」

「知ってるよ」

あまりにも情けない私の告白に、夏油はくしゃりと私の好きな笑顔で、私の頬を撫でてくれた。


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果たせない約束はないみたい。

だって夏油はいつだって真摯で優しくて、誰よりも相手のことを考えられる素敵な人だ。
ケーキを一緒に食べようなんていう些細な口約束もきちんと果たしてくれる。
とびっきりのサプライズとともに。

ああ、幸せだな。夏油のことが大好き。本当に。こんなに素敵な人を好きになれてよかった。ありがとう。本当に。


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