「伊吹はケーキ好きだと思うんだけど…」
「うん?」
「記念日だから買ってるの一点張りで。絶対に好きだと思うんだけど」
「うん」
あーあ、俺もまだまだだな。伊吹ってケーキ好きだったのか。
ポッキーの先端のチョコレートを口の中で溶かして剥がしながら、五条はふやけたプレッツエルを齧った。
この極細と謳われたポッキーは、確か去年の冬ぐらいから発売されたものだったと記憶している。
初めて見かけた時はどうして細くしたのか全く意味がわからなかったが、食べれば食べるほどに、極細を売り出そうとした商品開発の人を褒めたくなる。
ポッキーに伸ばす手は止まらない。ポリポリと咀嚼しながら、隣で肘をついて遠くを見る夏油に意識を向けた。
五条は夏油ほどでは無いが藤原を気にかけている。
それは異性として好きとかそういった甘酸っぱいものではなく、ただ藤原という存在を面白がっているからに過ぎない。
五条が藤原を意識しているのはわかる人にはわかるらしく、家入に指摘されたことだってある。五条は馬にでも蹴られたいのか? と。
家入からそんな言葉が出るとは思わず、一瞬だけ無限状態になってしまったが、すぐに否定した。
俺が伊吹のことを好きだって? ありえない。
確かに家入が、そういった疑問を浮かべるぐらい気にかけていた自覚はあるが恋愛感情ではない。
むしろ藤原のことを心底応援している。
五条からみた藤原は、一言でいって仕舞えば、雑魚な呪術師だ。
だって一般人なのに、スカウトを受けたわけでもなく、わざわざ自分から高専に入学した酔狂なやつなんて。頭のネジがイカれてる。でも呪術師として十分な素質がある。
五条が藤原に対して特に気に入っているところは、淡々と授業と任務を受けて機械的な人間かと思いきや夏油のことに関しては異常なほどに反応するとこだ。過剰すぎる。
一度は気のせいかと思ったが、よくよく観察してみると、夏油を目の前にした時の体温の上がり方や呼吸の量から、そういうふうに関連づけないのが不自然なほどあからさまに反応していた。
面白い。面白すぎる。
六眼の間違った使用法だけど、背に腹は変えられない。
つまり、五条は藤原が自分の親友である夏油に向ける特別な感情をひた隠し、接することを高専に入ってからずっとお気に入りのエンターテイメントとして楽しんでいる。
夏油も夏油で藤原のことを邪険にしていないので、満更でもないんだろうなと思っているし、むしろ恋のキューピット的な仕事ができたら死ぬほど笑えるんじゃないか、なんてことも考えている。
だから五条は結構藤原のことを気にかけ観察しているつもりだった。
だけど、ケーキが好きなんて全く気が付かなかったし、ケーキを記念日に買うなんてそんなこと全く知らなかったのだ。
夏油から言われて初めて気がついた。
やっぱり本人同士で無いとわからないやりとりというものがあるんだろうかとか考えてみる。
「なんの記念日に買ってんの?」
「それが記念日だからとしか言ってくれなくて、教えてくれなかったんだ」
うーん、と項垂れる夏油は、藤原の思考がいまいちわからなくて困ってるんだろう。
でも五条には思い当たる節がある。
そんなの傑関連以外にないだろ、と。
予測をたてたらすぐに答えが知りたい。十中八九思いついた考えで正解なんだろうけど、ドンピシャな回答をした自分の有能さ噛み締めたいので、藤原を探すために五条は教室を飛び出した。
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最近気づいたのだが、藤原は夏油のそばにいない時は医務室か灰原のところにいる。
藤原はクソ雑魚なので、頻繁に怪我を作ってくるから、医務室には第二の家ぐらいにいるし、そこにいなければ灰原と夏油のことで談笑してる。
まじで面白い。時々七海も混ざっている。七海は無理矢理付き合わされているけど、2人で一生夏油のことを熱く語っているのは、本当に愉快だ。
そのうち藤原に、あの夏油を褒める会に、五条という参加者が増えましたよと言ってやりたい。どんな反応するだろうか。
きっと腹を抱えて笑わせてくれるに違いない。
さて、その3つのうちどれかに藤原がいなければ、夏油を探す方が早い。
だって伊吹はどんなに離れていても夏油が視界に入るレベルのところに必ずいる。
ここまで徹底されると恐怖を通り越して尊敬する。
まじで。最高に面白い。
とりあえず教室から一番近い医務室を目指した。それに医務室には高確率でいる。
力任せに扉を開ける。
やっぱり藤原は医務室にいた。
真っ先に駆け込んだ先に、当人がいたことに喜びを隠せない。
「お、伊吹いいところに」
「私は任務に行ってることになっている」
「は?」
「だから、私は今ここにいないことになってる」
素早く口元に一本指を立てて、周りを窺う藤原。
大丈夫、大丈夫。お前が気にしてるだろう本人は今、教室でぼんやりしてるよ。
「お前が任務サボって医務室にいようが別にどうでもいいけど、ちょっと聞きたいことがあって」
藤原は眉間に皺を寄せる。
いや、お前マジで態度が露骨すぎる。
夏油以外の人間のことを芋虫とでも思ってんのかと思う。
五条ではなく夏油に聞きたいことがあるなんていわれたら、全然違った反応をするんだろう。
想像が容易にできる。
「お前よくケーキ買ってる(らしい)けど好きなの?」
「別に」
別に? 別にってなんだ。傑が伊吹はケーキ好きだつってたのに、それはおかしいだろ。傑が間違えるわけないし。
「じゃあなんで?」
絶対夏油関係なのはわかっている。藤原は今まで五条の期待を裏切ったことがない。
「好きでもないのにそんなにしょっちゅうケーキ食うか?」
「記念日だから。記念日にはケーキを食べるでしょ」
「記念日? なんの?」
記念日。夏油には教えなかったやつだ。一体どんな記念日なんだろう。はたして五条の想像通りだろうか。
少しばかり緊張する。
「夏油がめちゃくちゃかっこよかった記念日、夏油がめちゃくちゃ優しかった記念日、夏油が今日も息してる記念日、夏油が後輩と仲良くしてた記念日、げとうが……」
「待て待て待て!」
待て待て待て! やっぱりだ! やっぱり傑関連だ! さすが俺!
そして、藤原は五条の期待を裏切らない。寧ろドンピシャ。ドがつくほどの直球。
「うわぁ…」
視界の端で家入が紫煙をぼわっと吐き出した。
そのまま苦いものを食べた時みたいに舌を突き出しそうだった。
「つまり、お前がケーキ食うのって、全部傑関係だってことか?」
「うん」
「はぁ〜! まじ〜!」
五条は息を吐いて大きく吸った。
「さいっっっこう!!!!」
早く教室に戻らないと。
傑に記念日は全部お前のことだと伝えないと。
五条は教室に飛び込んで夏油にこのことを伝えた時のことを想像した。
夏油がちょっと照れながら満更でもない顔をして、藤原にメールか電話するんだろうな。
これが青春ってやつかな。
めちゃくちゃいい仕事したな。確実に2人の恋のキューピットだ。
そこまで想像してから、あ〜。やっぱり藤原って心底面白いわ! と五条は藤原背中を叩いてスキップしながら教室に戻った。
教室で五条のポッキーをつまむ夏油に先ほどのことを息を弾ませて伝えたら、で、伊吹は結局ケーキは好きなの? と言われ、五条は言葉を失った。