肩慣らしにちょっと優しい任務を、と割り振られた任務をさくっと終わらせた帰り、そんなに早く終わったならと、新しい任務を追加で言い渡されたので二つ返事で返して、ホームで新幹線を待って、定時通りに来た新幹線に乗り込みそこで五条と出会った。
目的地が同じ方面で同じ時間の車両に乗ることなんかそんな珍しいこともあるもんだと、五条の隣を見る。
断じて五條の隣に座りたいとかいう酔狂な思いつきではなく、私に渡された指定席の隣が五条だったのだ。

声をかけないのもなんだから取り敢えず、お疲れ、と声をかけてから着席した。
五条は隣に私が座るなりニンマリと口角を笑顔のお手本みたいに上げた。嫌な予感がする気がする。五条が上機嫌なんてろくなことがない。

「今から金沢な! 拒否権ねぇから!」

私の任務先は金沢じゃないと言ったけれど、五条はそれが何か? と言った様子で聞く耳を持たない。
ふざけてる場合じゃないと五条に訴えに訴えたが、私がいくはずだった任務先の呪霊はもう既に祓ってしまったから、必要がないと言われた。
まさか、そんなはずは。
信じられずに呪霊の詳細を聞いてみると私の任務資料と特徴が一致しており、派遣先の窓に確認をして、任務の詳細を伝えてくれた補助監督生に確認を取ってやっと五条の言っていることが本当だとわかった。
何がどうなって、私が祓うはずだった呪霊を五条が祓う結果になったのかわからないが、まあ、それで呪霊の数が一つでも多く減ったのならいいことだ。夏油に割り振られる任務もしくは、その他の呪術師に割り振られる任務が減るのだから。
ただし、五条はきちんと報告を上げろ。二度手間になるところだった。

行くはずだった任務がなくなって手が空いた私がもっともっと任務をすればもっともっと負担が減らせる。それはもっといいことだ。
それじゃあ、任務がないならこの新幹線に乗る必要はないので、高専に戻ると言って席を立った私を力ずくで座席に埋めて、午後休をとるから! と五条は電話越しに誰かに叫んでそのまま電話を切った。
そして、長い足を前の席に伸ばして、奥に座る私を通路に出させないように通せんぼした。
拉致か? いや実際私は自分の意思を無視されて金沢に連行されているのだからこれは立派な拉致犯罪だ。
私は五条のお守り係じゃないんだ。
こんな大きな人間をあやせるのなんてやっぱり夏油ぐらいしか思いつかないから、夏油は偉大だなと尊敬するしかない。
力でも対等なのは夏油しかいないんじゃないんだろうか。
ああ、夏油の大人の包容力がすごいなあと嬉しくなった。やっぱり最高だよ。夏油。

力でも呪力でも全てにおいて五条には敵わないので無駄な抵抗をするだけ体力の無駄だ。もう今日は五条の我儘に付き合うしかない。腹を括ろう。
まずは、ここにいってあれを食べてそれから、なんてずっと喋り続ける五条を無視して、腕を組んで瞼を下ろした。
それでもなお五条の口は止まらずあーだこーだ独り言を言ってる。喧しい。

:

「伊吹、着いたよ」

なになに、もうそんなに時間が経ったのか。
あんなに1人で盛り上がっていた五条は結局行き先を絞ることができたんだろうか。

「え?」

喉が乾いてるなと思った時に、すっと手渡されたペットボトルを掴むその手を見る。
それを伝って、横を見上げるとそこには夏油がいた。
待って、どうして。

いや本当に全く理解できない。
確かに寝る前に聞いたあの声は間違いなく五条だったし、あの横柄な態度と人の意見を全く聞かないお子様はどこからどうみても五条だったはず。
私を通せんぼしたあの憎たらしく長い足は五条のだったのに。
ペットボトルを受け取ったまま夏油の顔をまじまじと凝視する。
本物か? いや、この雰囲気とスマートな行動が自然に嫌味なくできるのは夏油しかいないでしょと私の脳内会議の結果が告げている。私もそう思う。

「まあまあ、取り敢えず降りようか」

夏油に促されるまま後ろをついて行って、そのままずっと借りてきた猫みたいにおとなしく着いていって改札を出た。

「悟に協力してもらってね。今日は金沢観光しようか」

夏油の誘いを断るなんてできないので、脊髄反射でうん、と返事をする。
あまりの夢心地なので、はっきり声に出せたかわからないけど、夏油が安心した顔を見せたので、夏油に私の声は聞こえてたみたいだった。
夏油はサプライズも得意なのか。
素敵すぎるな。かっこよくて優しくて強くて、その上、気遣いもできるし、サプライズもお手の物ときた、最高すぎる。

私は常々、夏油に夏油自身の時間を大切にして欲しいとは思っているが、いざ本人を目の前にすると嬉しさが優ってしまって、ついつい自分の幸せを優先してしまう。
これはいけない傾向だとはわかってはいるが、思っていても言い聞かせていてもなかなか上手くいかないこともある。
でもそれはもう今回限りにしよう。いつまでも夏油に甘えていられない。だって私は、彼に大切な仲間と言ってもらえたが、本当は存在するべきではない、存在するはずのなかった偽りの仲間なのだから。

自分に甘くするのはもうやめよう。
私の目的は私が幸せになることじゃなくて、夏油に幸せになって欲しいのを忘れるな。
夏油がこれからを生きていくために、心配事が少しでも少なくなるように私も頑張るって決めて高専に戻ってきたのに。
彼の大切な仲間を死なせないために。
夏油が世界にこれ以上絶望しないために。彼の平和を守るために。
忘れちゃいけない。それができて本当の私の幸せにつながるんだから。
今日は夏油の優しさを忘れないように心と記憶に刻み付けよう。これが最後だと自分自身に言い聞かせよう。


:


あのひどい怪我をしてしまってから今回がはじめてのきちんとした任務だ。

家入には再三大きな怪我をしないようにと言われてしまったし、誓約書まで書かされた。
それに不思議なことに、致命傷を負わないというボイスメッセージまで録るはめになった。
いやいや私だって好きで毎回怪我をしている訳じゃないと弁明したのだけど、胡乱な視線を向けられて、私の主張は受け入れてくれなかった。

単独任務が多いが、任務のたびに医務室にお世話になっているわけじゃない。
ちょっとした擦り傷切り傷打ち身は毎度だけど、大きい怪我は禪院甚爾、土地神と先日だけだったので、私の長くも短くもない呪術師人生では少ない方じゃないだろうか。
そうやって投げかけてみたけど、家入は「限度がある」といって「振り幅が酷い」とも言っていた。
そっか。と取り敢えず流して、高専を出た。

任務先は、私が通う予定だった大学だった。
忙しく駆け回る補助監督生から受け取った任務資料を公共交通機関に揺られながら確認する。

スーツに不慣れな新入生が、少し強張った顔立ちから、少し余裕が出てくる頃、一般にいう五月病だとか言い始める季節。

私は今回の任務でやっぱり呪術師に不向きだという現実を突きつけられた。


:


気持ち悪い。身を這うようなじっとりした呪力が私を蝕む。
今回は、私の力量と同等レベルの任務だったはずなのに、なんだかそんな気がしない。
わかる。肌で感じる相性の悪さというやつを。

さっぱり呪力の居所がわからなくて、大学内を無駄にウロウロしたが、やっぱり本体を感じられなくて、今度は隅々まで巡ってみたのだが、やっぱりそれでも見つけられなかった。
仕方がないのでその辺にいた蠅頭を捕まえて、呪力の親元を探すように命令したが、これもうまくいかず、長期戦になるのかとため息が出る頃。
お目当てのものがぬるりと現れた。

「伊吹さん。4月1日はとっくにすぎてるし大学はすでに始まってるよ」

「……」

校舎の影から現れたのは、その辺にいそうな大学生で、さきほど食堂ではしゃいでいた別の学生たちととなんら変わりがない雰囲気だった。
おおよそ、私が勝てないと尻込みするようなタイプに見えない。見えないのだけど。

「どうして? 今まで一緒に頑張ってきたのに、一緒に合格したのに、どうして大学にいないの?」

ちょうど彼の背後にふらりと現れた蠅頭は私がさきほど術式を施した呪霊だ。彼に捨て身のタックルをしろと命令する。
蠅頭は大人しくそれに従って、助走をつけるために少し離れて、勢いよくつっこんでいった。

「伊吹さん。いつも一緒に問題を解いていたじゃないか。わからない問題があるといつもだんまりになって何度も何度も解けても納得するまで繰り返し教材がすり切れるまで頑張ってたよね。僕は君のそんなところを尊敬したよ。わからない問題があったら僕に聞けばいいのに努力家だなって素敵に思っていたよ。いじらしいなって。かわいいなって。それに、朝早くから夜遅くまで一体いつ寝てるんだと疑問に思うほど毎日頑張っていたね。受験は一緒の会場だったのに、緊張してたのか、僕にも気づかないで、心配したよ。でも、僕たち一緒に合格できたね。安心したよ。よかったねって」

対象が蠅頭を視界に入れると、蠅頭は弾けて消えてしまった。やつの能力は一体何だろうか。

しかし、私は目の前の人の形をしているなにかが、なにを言ってるのわからない。
同じ喫茶店に通っていたらしいというのは、めちゃくちゃな主張から読み取ることができたが、私はその時特定の誰かと一緒に勉強はしていなかった。むしろいつも1人だったんだけど、目の前の彼はそうではないと言っている。さっぱり意味がわからない。
曜日感覚の把握のためだけに定期的に通っていただけなのに、あたかも四六時中一緒にいたかのような口ぶり。

「わかるよ。ちょっと危ない男に惹かれるのは。でも、それは今だけだよ。今時試行錯誤なボンタンに、真冬なのに薄着。そんなのは馬鹿のすることだ。一緒にいても幸せになんかなれないよ。だってそういう男は社会性がなくて自己中心的で、思いやりがなくて思い通りにならなければすぐに暴力を振るう。でも、時々優しくしてくれるから、離れ難くなる。DVの典型例だよ。伊吹さん、あいつの束縛が酷くて今まで大学に来れなかったんでしょ? わかってる。僕が何とかしてあげるよ」

「は?」

「あんなやつ、努力家で素敵な伊吹さんには相応しくないよ。生きてる世界が違う。あいつに言われて東京都立呪術高等専門学校なんていう意味不明な宗教学校に行く羽目になったんだろ? 大丈夫。僕が何とかしてあげるよ。安心して。もうあいつに会わなくていいよ。一緒に逃げよう」

もしかして、目の前のクソ野郎は夏油のことを馬鹿にしているのか?
あの世界一優しくて、かっこよくて、素敵な夏油のことを?
私が誰よりも幸せになって欲しくてたまらない夏油のことを?
どの誰が一体どういう許可を得て夏油のこと口にしている?

お前がなにを知っている。たかだか受験の帰りにちらりと夏油を視界に入れただけのおまえに。
夏油のなにがわかる。夏油の今までの苦労がわかるか? 一般家庭から呪術界に足を踏み入れたその苦労を知っているか?
まだ学生なのに特級の重荷を背負わされた者の責務が、誰よりも優しくて呪術師という存在に心を痛めている夏油のなにがわかる。
わかってたまるものか。
夏油の痛みや想いは夏油しかわからない。それをその辺にあるような安いテンプレートに当てはめて人を見かけで判断する浅ましいおまえになにがわかる。
私のことを好き勝手いうのはどうでもいい。心底。本当に。
でも夏油のことを馬鹿にするのは許せない。
それだけは私の人生全てをかけても許されない。

夏油を否定することは私の存在の否定にもつながる。私は夏油がいるからこそ存在できているのに。
夏油がいるからこそ幸せなのに、それを、おまえは。

呪力が爆ぜる。

目の前のクズの動きは素人だ。仕込みの武器も持っていないし、何より隙がある。
絶対に仕留める。絶対に。


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