「もしよかったらでいいんだけど、一緒に家具屋さんに行かない?」

灰原に教えてもらった場所に夏油はいた。そもそも私と別れた場所から夏油は動いていなかった。夏油を待たせてしまって申し訳がない。彼はずっとここで私を持っていたということになる。私のせいで夏油の時間を奪ってしまうなんて万死に値する。
急いできたから上がる息を整えながら、勢いで七海から催促された言葉を言った。
夏油は目を丸々とさせている。
ほら見ろ七海、やっぱり想定外のことだったんだよ。私とわざわざ出かけようなんてそんなことを言うのは。七海は予想外のこと嫌いでしょ。
この状況どうにかしてよ。責任もって大きくて1日じゃ見きれないような素敵なインテリアショップに連れて行ってよ。
灰原も一緒に行って夏油に似合う家具を見繕って推しの概念部屋を作ろう。そうしてくれないと私は悲しい。

「もちろん。私から言うつもりだったんだけど、先を越されてしまったね」

くしゃりと、照れたような困ったような夏油の顔が見れて私はもう本格的にだめかもしれない。医者に行って今すぐ徐脈の薬を処方してもらわないといけないかもしれない。
じゃないとこの尊い時間を正気を保ったまま過ごせそうにない。

私は深呼吸をして、今日もケーキを買おうと決めた。もちろん、夏油とのお出かけ記念日だ。


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夏油と一緒にるんるんな気持ちでインテリアショップに行き、夏油の部屋の雰囲気とか好みを聞いているうちにあっという間に素晴らしい時間は過ぎていった。

でも嬉しいことに、翌日も夏油と一緒に任務だというから、気分は有頂天だ。らんらん気分。
明日は近場で任務だから前回みたいに観光だとかそういうのはできないが、夏油と一緒。それが大変素晴らしい。拍手喝采。
任務詳細は念入りに確認して、疑問質問があれば補助監督生に聞きに行く。
準備はバッチリだ。何があっても大丈夫。なぜなら夏油がいるから。それに私も度重なる任務のおかげで以前の感を取り戻してきたのもある。


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念入りに準備をしてたって、実力が相手より数倍も上だろうが怪我をするときはするし、ヒヤリすることは重々にしてある。

今がまさにそうだ。

夏油と私、随分と等級の低い任務を割り振られたなと思ってはいたが、事前に報告された任務詳細と現場が違うのであれば仕方がない。

残念なことに信頼していた補助監督生は、家族を人質に取られて呪詛師と繋がっていたし、その呪詛師は五条が無理ならその次である夏油をなんとかしようという腹づもりだったらしい。

私がいるのは補助監督生のミスだったということだ。本来ならば夏油のみに割り振られるはずの任務だった。
でも、このミスには感謝しなくてはいけない。
補助監督生は夏油が強いのは当たり前のように知っているとは思うが、万が一ということがある。いくら家族を人質に取られていたとしても、まだ未成年である私たちをそう易々と死地に向かわせはしない。だから私を付属として任務に同行させたと思う。ミスに見せかけた工作だと思う。
補助監督生は夏油に呪詛師をコテンパンにやっつけて欲しくて堪らないはず、そして呪詛師に人質にとられている家族も救って欲しいに違いない。
でも、相手は夏油対策をこれでもかとしてくるはずだから、それを打破するための解決策として私を同行させたのだろう。保険だ。ありがたい。
補助監督生の判断を心から感謝するし尊敬する。

なにしろ私は単独任務が多い。
だから、同じ高専内にも私の術式を正しくきちんと知っている人は少ないし、というかほぼいない。そもそも私が周りに自分の術式をあまり言っていないのもあるが、その不確定要素にかけたとおもう。慧眼だったと労いたい。

だって私は何があっても夏油を生かすと決めているし、何を犠牲にしても彼には彼の大切な人たちとの時間を奪わせないと決めているのだから。
だから、私の腕の一本や足の一本ぐらい安いものだ。
今までだって肢体をぞんざいに扱ってきた自覚もあるし、慣れているのもあるかもしれない。嫌な慣れだなと思うけど、夏油のためだから、これは必要な慣れだった。
私が肢体を犠牲にしても家入が治してくれるし、夏油が死ななければ、私が嫌だなと感じていることなんてどうでもいいようなことだ。夏油さえ無事でいてくれれば。





呪術師の嫌な予感というやつはよく当たる。
これは呪術師が嫌な経験と知識とをたくさん蓄えてその中から今の状況に当てはまるであろう行動を無意識化で予測しているのにすぎないのだけど、私は夏油を危険な目に合わせまいという強い意志のもと任務に携わっているので、いつもよりもその感が冴えわたっている。
だから、ふらりと夏油に前に身を乗り出したのは必然だった。

顔面に衝撃。
視界が揺れた。

一体何が、と状況を把握に努めるが視野が狭い。右側に違和感。
もしかして、と予測をつける前に後ろにいた夏油に体を反転させられる。

「伊吹!」

夏油の瞳に映る私の姿を確認する。
私の右目がなんだかおかしい。それ以外はわからない。目の球が飛び出してしまったのか、ただ目蓋の表面が切れただけなのか、わからない。ただ、はっきりしているのは今回の任務で右目はもう使い物にならないということだ。

もし眼球が飛び出してしまっていたら、夏油に私の眼窩を見せてしまうことになる。ちょっとそれは嫌なので、ちょっというかだいぶ嫌なので、さっと顔面を夏油から背けて、状況把握に努める。

右目は大丈夫。まだ熱いだけ。まだ痛みはない。


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片目だけで戦うというにはなんとも骨が折れると学習した。
片目がダメだと分かった瞬間に自分自身に術式を施し、夏油にも針を刺しておいた。
夏油にとってはいらないドーピングかもしれないが、消費するのは私の呪力だけだし、夏油に無駄な怪我をして欲しくないという私の願いだ。やっぱりどれだけ強くても推しには怪我しないで欲しい。
夏油は気付いていないかもしれないけど、別にそれでいい。無事であればそれ以上は望まないから。

よくよく考えてみれば、敵から攻撃を受けた右目の高さ、そう、あのときの私の目の高さは夏油の心臓の位置と近い。
ということは、呪詛師は夏油の心臓を狙ってきたということだ。
命を奪おうとしている。確実に奪おうという意志を感じる。
それを理解すると腹が立って堪らない。許せない。八つ裂きにしてやる。絶対に三代末まで祟ってやるぞ。覚悟しろ。

まずそもそもに、自分より弱い他人を人質にとって、自分の好条件に倒したい相手を引き摺り込んで、本人は影から攻撃をしようだなんてその根性が気に入らない。
夏油のかっこよさと正々堂々としている立派な精神を見習えよ三下野郎が、と悪態が出る。
怒りがむくむくと湧いてきて今ならとてつもない量の呪力が込められそうだが、一旦落ち着かなければ。感情に飲まれてしまった攻撃ほど滑稽で読みやすいものはない。夏油の前でそんな無態を晒せない。
それに私が考えなしの短慮になればなるほど夏油の負担が増える。それはいただけない。
深呼吸をしよう。何事も呼吸法が大切だ。
格闘技だって呼吸法を大切にしてる。私は明確な格闘技は習っていないが、それでも呼吸を正すだけでも効果があるとおもう。

深く息を吸い込んで、落ち着いて吐く。
よし。


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やっとのことで見つけ出した呪詛師はまだ私に気付いてないみたいだった。
きょろきょろと辺りを見渡し、見失った夏油と私を見つけようと焦っているように見える。
その行動の必死さに心が冷えていく。
こんな視野の狭そうな、思考が矮小で堪らないといったような雑魚がよくも私の唯一である夏油を傷つけようと思ったな。酷く痛めつけてやる。
奥底はマグマが暴れているかのように煮え繰り返っているが、それを上回る思考のクリアさで私は制服に仕込んであったナイフを持ち直す。
欠けた視野に配慮しながら確実に距離を詰めていく。

ここだ! と思った時に一気に距離を詰めた。
握ったナイフの柄じりを頭蓋骨を叩き割る勢いで大きく振りかざす。
残念なことに石頭だったようで、骨にヒビを入れられたぐらいの手応えしかなかったが、それでも相手には十分ダメージを与えられた。
怯んだ相手にもう一度腕を振り上げる。
今回も割るには至らなかった。脳震盪を起こす程度だろうか。

さて、悪い呪詛師だから、そもそも呪詛師はみんな悪いのだけど、補助監督生の家族の命がかかっているから残念ながらこのまま殺すわけにはいかない。
本当はこの手のナイフで首をかっ切ってやりたい。でも、そうすると、大量出血のショック死となる。
それはなんだか腑に落ちない。
夏油を傷つけようとした落とし前をつけさせなくてないけない。だから、より苦しんで、夏油を殺そうと選んだことを死んでも後悔し続けるようにしてあげたい。
例えば、反転術式で治療しながら指を一本一本落とすだとか。
今思いついたのはそれぐらいだが、もっと惨たらしい方法を探して。私の手で。

「、!」

とっさに身を捩った。
でも、私の腹に刃物が突き刺さっているのが見える。避けきれなかった。

急所は外したが、長期戦による体力の消耗と、片目だけで戦い続けているという緊張状態が今の状況を絶望的なものにする。
ちょっと無理をし過ぎてしまっている自覚はあるけど、そうは言っていられない。無理はできる時に、必要な時にしなくちゃいけない。
でも、自分の術式でドーピングしているとはいえ限界というものはある。
痛みを麻痺させてるから、痛くはないが、痛くないからと言って傷を受け続けていたら私の方がやばい状態になる。
即死には至らないが致命傷にはなりうる。冗談じゃない。夏油がいるのに死んでいられない。夏油に私の死体は見せられない。そもそも同級生の死体は誰だって嫌だ。

心底、困った。
この目の前にいるだらしなく伸びているクソ呪詛師を私の手で殺して、夏油の安全を見届けなければならないのに。

それまでは死ねない。死んでたまるもんか。何があっても死なないぞ。たとえ今心臓が止まっても。そういう気持ちだ。
決めたのだ。夏油の大切な人を1人も死なせないように頑張ると。だからこんなところで死んでる場合じゃない。
意識を確かに持つんだ私。
確かに見た目はもうやばくて大変で死んでないのもおかしいかもしれない。でもそれは見た目だけの話であって、実のところ私はまだまだやれるポテンシャルがあるかもしれない。いや、あるだろ。震える膝にそう言い聞かせる。

あともう一息、あともう一息だけ頑張ったらいい。
そうしたら次の任務までゆっくり休ませてもらおう。インテリアショップで頼んだ家具にまだ届いてないものがある。
受け取らなくてはいけない。
夏油を安心させるために。
それを見て喜ぶ私のために。

体を支えるために力を入れる。

胃の中から迫り上がってきたものが口から溢れる。この暖かさ、鉄の臭い、嗅ぎ慣れている。

ぐったりと横になっている呪詛師の顔を殴る。どうせ気絶のフリをしているんだろう。
だから隙をついて私の脇腹に刃物を突き立てれたんだ。腹が立つ。

「おまえ…!」

クソ、やっぱりだ。
やっぱり意識があった。

自分の爪の甘さを叱咤したい。お前の甘さが夏油を危険に晒すんだぞ、と。

今度こそ確実に気絶させるために、ナイフを両手で握る。
本当は殺してやりたいが、それを押しとどめるだけの理性は奇跡的に残っている。

「や、やめでぐれ…ッ!」

でも私が振り下ろすはずだった両腕が振り下ろされることはなかった。

夏油の呪霊が相手を飲み込んでしまったから。
生き残ってる視野で夏油の姿を捉える。
私と離れてしまってから姿が変わっていない。傷一つない。
砂埃や泥がついていたが、近くにいたほかの呪霊を祓った際についたんだろう。夏油は全く元気そうな姿だった。

だんだん近づいてくる夏油はなんだかとても焦っている様に見えて、申し訳なくなる。
私が弱いばっかりに、夏油の無駄な仕事を増やしてしまった。
夏油に背負ってもらって、車まで運んでもらわなきゃいけないかも。申し訳ないな。夏油の制服も私の血でダメにしてしまうな。
これが五条なら、腹を刺されても大丈夫だっただろうに。反転術式が使える五条なら、自分の足で歩けたんだろうな。

「伊吹!」


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