色恋開花

ガス灯に火が灯され、赤レンガの街並みがぽうっと明るくなる。行ったことはまだないが、西洋の趣と言うやつだろう。
その街並みを、可憐な少女と歩いていると言うのは、優越感を感じる。西洋人のような薄い毛色と青い瞳を持つ彼女は俺の恋人で、名を松風天馬と言う。天馬は俺の与えたもので全身を着飾っている。そのせいでいつものみすぼらしい庶民の着物ではなく、洋服だ。ピンクを基調として、婦人の着るドレスを歩きやすいよう短くしたような感じだ。
何故俺が天馬に服を与えたかと言えば、天馬は元々官営工場で働いていた。そしてその工場を、お父様とご一緒して見学に行ったときに、一目で惚れてしまったのだ。つまり、身分違いの恋愛というやつだ。だからこうして、見た目だけでも釣り合うようにしている。
お陰で、どこかの財閥のお嬢さんのような格好の天馬は、慣れない装いに恥じらいながら、俯き気味に歩くばかりだ。

「天馬、せっかく愛らしい格好なんだ。顔を上げないか?」

「…神童様…」

天馬は目線だけ少し上げ、俺の顔を見ると、またすぐ目を反らしてしまった。

「何故目を反らすんだ。」

俺は不満さを隠さない声で言った。天馬は少しおどおどしく答えた。

「それは……神童様がすごく素敵なので…」

我が恋人のなんと愛くるしい事だろう。これが庶民の出で無ければとっくに求婚し無理にでも結婚をしてしまいたい。だがそれがままならないから、こうして日没後に密かに会っているのだ。
光源氏の母親に始まり、いつの時代も、身分違いの恋とは哀しいかな、幸せにはなれない。俺はこうして天馬といるだけで気が和らぐが、やはり天馬と家庭を築きたい。それに、結婚し、子を設けるこそ女の幸せだ。いつまでもこの関係を続けてもお互いに不幸になる。

「…神童様?何を考えてるんですか?」

天馬の青い瞳が俺を見上げる。俺としたことが、天馬の前で考え事など、失礼すぎる。

「…すまない。今夜は冷えそうだと思っていた所だ。」

「そうですね。今夜は…暖かくして寝てください。あなたが風邪を引いたら、私、泣いちゃいますからね。」

「天馬は泣いても可愛いだろうな。」

「ええっ!」

「冗談だ。」

俺が笑ってからかうと、天馬は顔を真っ赤にして恥じらっていた。 なんと幸せな時間だろう、この時間が日常になれば良いのにと、俺は心に願った。




ある日、俺はお父様に連れられ、山菜財閥との食事会に出席した。山菜財閥と神童財閥は、長年交流を持っている。山菜は会長と、その娘のご出席だった。会長の娘さんは、おっとりとした少女で、はつらつとした天馬とは対照的だという印象を受けた。
四人で食事をしながら話すにつれ、山菜の娘さんの興味が自分に向かうのは見てとれた。天馬が俺に向ける恋する女の目だ。

「拓人さま、お茶、大丈夫?」

「ああ、すみません、大丈夫です。」

「ふふ、謙虚なひと。」

山菜の娘さんはニコニコと笑っていた。

「わたし、拓人さまみたいな人と結婚したい。」

その言葉に、一瞬だけ場が凍ったように感じた。だけどすぐに山菜会長が口を開いた。

「そうか!確かに拓人坊ちゃんと茜はお似合いだなぁ!」

すかさずお父様が口を挟んだ。

「確かにそうですね。うちの拓人は口下手だから、茜さんのような静かな方が似合いますね。な、拓人?」

俺は黙り込むしかなかった。俺と山菜の娘さんが結婚?冗談じゃない。お父様の面子の為の結婚など俺はしたくない。かと言ってこの場の雰囲気を壊すようなことは言うことができなかった。

「全く拓人はシャイだな…すみません。」

「ははは、茜も恥ずかしがり屋だ、似た者同士で良いじゃないか。」

嗚呼、黙って居れば居るほど話は進む。俺はぎゅっと口を噤み目を閉じ、事の成り行きをそのまま流れに任せた。





後日、正式に山菜の娘さんとの婚約が決まった。そして、婚約発表パーティーなるものを催すことが決まった。それを明日に控えた。俺は婚約の話を一度も話せないまま、毎夜密会した。天馬は俺の異変に気付きながら、深くは聞いてこなかった、それに甘え、話したくないことを隠したんだ。だが明日、婚約発表パーティーが開かれることで天馬に会えない。その理由を、天馬に何と伝えよう? 俺は悶々としたまま、天馬との待ち合わせ場所に向かった。

「神童様…!」

俺の姿を見て、天馬は小走りに近付いてくる。今日は工場からそのまま来たのか、古めかしい服を着ていたが、天馬の愛らしさに変わりはなかった。

「最近様子が変なので、今日は来ないのかもって思ってました…」

天馬が俯き気味に寂しそうに笑う。きっと、理由を話さない俺が、天馬にこんな顔をさせているんだ。わかりながらもなかなか言い出せない自分がもどかしい。

「…天馬、顔を上げろ。」

天馬が顔を上げた瞬間、俺は天馬の唇を奪った。

「…神…童様……」

「……天馬は、俺と結婚を考えたことがあるか?」

接吻をされて顔を真っ赤にした天馬は、その顔のままきょとんとして、それから目を反らした。

「…勿論何度も夢にも見ました、でも、それはなんとからないことじゃないですか。」

天馬は否定的に言った。だが、俺との結婚は望んでいる。つまり、俺が他人と結婚することは望んでいないだろう。

「それだけで充分だ。」

俺は、ふっと笑うと、歩いていた人力車を呼んだ。

「乗るぞ、天馬。」

「へっ?」

俺は天馬の腕を引くと、人力車まで連れ、腰を掴んでふわりと持ち上げて乗せた。

「近くの鉄道の駅へ。途中、眼鏡屋に寄ってくれ。」

俺が言うと、人力車は直ぐに動き出した。天馬が状況を飲み込めないでいる。

「神童様…?今から出掛けたら、夜中になっちゃいますよ…?」

「良いんだ。」

そう言うと、天馬の肩に腕を回して引き寄せた。

「明日、俺と山菜財閥の娘さんとの婚約発表会がある。俺はそれに出席すれば天馬に会えなくなる。だから今夜のうちに姿を眩ます。」

天馬は言葉を無くして震えていた。

「帰れと言われても聞かないからな。俺はもうお前と生きると決めたんだ。」

天馬は何か言いたげだったが、一度口を噤むと、もう一度口を開いた。

「…あなたがそれでいいのなら、私はそれに従います。」

「あぁ。」

頷くと、天馬の体をしっかりと抱き寄せた。天馬の体は暖かく、これが幸せなのだと感じた。俺はようやく幸せな未来を手に入れたのだ。

「それにしても、今夜も冷えそうだ。」

「はい、そうですね。神童様が良いなら、今夜は私があなたを温めます。」

そう言ってすり寄ってきた天馬は、とても幸せそうで、泣きそうだった。こんな顔をさせてしまった自分が誇らしくて、嬉しくて、俺も泣きそうになった。





人力車は無事に駅に到着した。途中、変装用の眼鏡を買った。

「これから鎌倉にいる俺の旧友の家に匿って貰う。落ち着くまではそこにいるのが良い。しばらくしたら、2人で住む屋敷を買おう。」

天馬は俺の言葉に頷いた。

「わかりました、神童様。」

「まて、俺は神童家を捨ててお前と来たんだ。もうその名で呼ぶな。」

「じゃあ…何と…」

狼狽える天馬が可愛らしくて本当にからかい甲斐がある。だが俺は本気だ。

「忘れたのか、俺の名前は拓人だ。」

「え……拓人…さん……?」

「それで良い。」

天馬の頭をぐしゃぐしゃに撫でてやった。天馬は照れたように笑った。

互いの手を握り、鉄道に乗り込む。鉄道が発車すると、夜の街並みは窓を流れていく。道を行く人々も馬車も追い抜き、幸福な2人を乗せた鉄道は2人の未来へ走る。


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謎の終わり方。2人ともしゃべり方と性格がパチモン。世界観もあやふや。雰囲気だけで楽しんでください。
一応5000打リクエストのものですが、呼び方が違うし続きでもなくなっているのでお気に召さない場合は書き換えます。リクエストありがとうございました!


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