短く整えられた清潔感のある髪、きちんと着こなされたシワのないスーツ、人を殴ったことなんてないような優しそうな顔。俺とは似ても似つかないような男だった。


名前が恐らく彼氏であろう男と歩いていくのを見てから数日間、俺はコンビニには立ち寄らず、買いたいものがあれば千冬をパシッた。…千冬には悪いとは思っている。
もしかしたら名前も俺のことを良いと思ってくれているんじゃないだろうか、なんて淡い期待を抱いていた数日前の自分をぶん殴りたい。


期末テストが終わって、夏休みまではあと少し。梅雨明けから本格的に暑さが厳しくなってきて、思わず涼を求めてコンビニに入ってしまうのは仕方のないことだった。

「久しぶりだね」

相変わらずの慣れた手つきでレジを操作したあと、ペヤングと割り箸を袋に入れる名前は、期末テストどうだったー?と笑いながら聞いてきた。

「ぼちぼちだな」

今回はギリギリ全教科赤点を免れた。これは必死に俺に勉強を教えた千冬のおかげと、あとは名前がくれたチョコの効果も大きかった。

「そっかぁ。わたしもそろそろテスト勉強しなきゃなー」
「大学のテストももうすぐあんの?」
「うん、7月の終わり頃からかな?それが終わったら9月末まで夏休み!」

最高でしょ?と笑う名前は、夏休みは彼氏とどこか旅行でも行くんだろうか。

ふと、このクソ暑い中名前がコンビニの制服の下に長袖を着ていることが気になった。

「お前そんな格好して暑くねぇの?」
「あー…これはフライヤーの油はね対策。それにコンビニの中ってずっといると結構寒くてさ」
「へぇ、贅沢な悩みだな」
「場地くんの長い髪の方がよっぽど暑そうだけどね」
「ほっとけ」

この時はそうなんだな、ぐらいにしか思わなかった。





「お疲れ様でーす」

いつものようにコンビニに入ろうとしたところで裏口から出てくる名前を見かけた。

「あ、場地くんお疲れー」
「今日もう終わり?」
「そう、テスト前だからね。今日は早上がり」
「ふーん」

テスト期間に入ったらバイトは休むと言っていたから、もしかしたらこれから先しばらく会えないかもしれない。

「…ちょっとそこで待ってろ」
「え?」

俺はコンビニに入り、適当にアイスを2つ掴んでレジに持っていった。

「ほらよ」
「え、くれるの?」

買ったばかりのアイスを外で待っていた名前に投げて寄越した。テスト前にもらったチョコのお礼と、アイスなら今すぐ食べるだろうから少しでも一緒にいられるんじゃないかという下心。

「お前もテスト頑張れよ」
「えー、嬉しい。ありがとう」

素直に嬉しいと言葉にして目を細めて笑う顔が、やっぱり好きだと思った。

「つーかお前外でも長袖着てんの?」
「あ、これ?日焼け対策」
「ふーん」

2人でコンビニの前で並んでアイスを食べながら、さっきから気になっていたことを聞いた。名前は外でも長袖のシャツを着ていた。
名前の答えに女って大変だなって思ったのと同時に、服の下の白い肌をあの男には見せているのかと思うと無性に腹が立った。


「わたしさぁ、ここのバイト辞めるかも」

名前がぽつりと言った言葉に持っていたアイスを思わず落としそうになった。

「は…?」
「ここのコンビニ家からも近いし、店長も他のバイトもみんな良い人だし、わたしは辞めたくないんだけどさぁ」
「じゃあなんで辞めんだよ」
「彼氏がね、嫌なんだって。接客以外のバイトにして欲しいって言われて」
「はっ、しょーもないこと言う彼氏だな」

前を向いてそう言った俺に、名前は困ったように笑いながら続けた。

「てかさ、大学生雇ってくれるところで接客以外のバイトなんてなくない?困っちゃうよね、そんなこと言われても…」

足元を見ながら力無く笑った名前が、なんだか泣きそうな顔をしているように見えた。

「ごめんねぇ、こんな愚痴聞かせちゃって」
「ロクな男と付き合ってねぇな」
「そうだね…」

泣きそうな顔でそんな愚痴なんて言うなよ。そんなこと言うぐらいなら俺にしろよ、って喉まで出掛かった言葉を飲み込む。

「でもさ…場地くんには関係ないよね?」

名前のこの一言に、心臓が抉られたような気持ちになった。

「はぁ?お前が先に話振ってきたんだろ」
「それは…そう、だけど…」

俺の言葉でさらに泣きそうになってんじゃねぇよ、バカ。

「ごめん…場地くん、ごめんね?」
「別に、怒ってるわけじゃねぇし」
「うん…」

「…本当にね、わたしには勿体ないぐらい良い人なんだ。大学の先輩なんだけど、かっこよくて、優しくて…ずーっと片想いしてて、やっと付き合えて…今年から社会人だから色々大変そうなんだけど…今、わたし幸せなの」
「ふーん」

聞きたくねぇんだよ、そんな話。
幸せだって言うならもっと幸せそうな顔しろよ。なんでずっと泣きそうな顔してんだよ。彼氏でもない男にそんな顔見せるから、こっちはつけ入りたくなんだろうが。

満ちても欠けてもやぶれても

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