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まばたきの隙間に見る夢

「うぅ…ぐすっ…」

テレビの前でぐずぐずと泣き続けていると、圭介に心底呆れたような目線を向けられた。

「いつまで泣いてんだよ」
「だ、だってぇ…最後…駅のホームで待ってんのずるくない…?ぅぅ、良かったぁ…」


わたしの部屋に遊びにきた圭介と観ていた、というか無理矢理観せていたのは数年前に大ヒットした恋愛映画。イタリアのフィレンツェを舞台にしたこの映画にわたしは一時期どハマりして、原作小説も相当読み込んだ。この頃のわたしは大人になったら絶対フィレンツェに行く!!ってずっと言っていた。結局まだ1度も行けていないし、なんなら日本から出たこともないんだけど。

「もう何回も観てんのになんでそんな毎回泣けんのかわかんねぇわ」
「何回観ても泣けるものは泣けるの!」

むしろなんで圭介は一切泣かずに観れるの?と聞けば
「隣でそんだけ泣かれたら余計涙引っ込むわ」とさらに呆れたられた。

「いい加減泣きやめよ、お前の泣き顔不細工なんだから」

圭介がティッシュを数枚手に取って、笑いながらわたしの鼻に押しつけた。



「ねぇ、わたしたちも10年後フィレンツェのドゥオモで会おうよ」

情事の後、裸で身を寄せ合っていたときにふとさっきの映画のワンシーンを思い出した。主人公たちもこんなふうに10年後に会う約束をしていた。いや、映画はもっと色々ロマンチックだったけど。

「わざわざそんな遠いところで会う必要ねぇだろ」
「えー、そこは約束してよ」

もちろん冗談だった。だってこの映画の主人公たちはこの約束をしたあとに一度別れてしまうんだから。圭介と別れるなんて絶対に嫌だよ。10年も離れているなんて耐えられないよ。


「10年後、まさか圭介と一緒にいないなんて思ってなかったなぁ…」





高校生で妊娠して出産、未婚の母、シングルマザー。世間からの目は厳しかったが、わたしはとにかく周りの人に恵まれていた。糸が1歳になる頃に事情を理解してくれた親戚のやっている会社に事務員として就職させてもらえて、数年前からは実家を出て糸と2人で暮らしている。
もちろん今でも色々と頼らせてはもらっているけれど、母娘2人でアパートを借りてそれなりの生活をするぐらいにはなんとか給料をもらえるようになった。
圭介のお母さんにも2人でよく会いに行っている。圭介の昔の写真を見せてもらったり、小さい頃の話を聞いたりするのが糸は嬉しいようだった。

父親がいなくて寂しい思いをさせることもあったと思う。こんな若い母親がいることで嫌な思いをさせたこともきっとあっただろう。それでも「千冬も一虎もいるから寂しくないよ」「若いお母さんって友達に自慢できて嬉しい」そう言ってくれる糸にわたしは何度も助けられてきた。



「ごめんね、千冬くん」
「全然いいっすよ」

仕事が終わらず残業になってしまった金曜日、なんとか9時前に仕事を終わらせて千冬くんの家に糸を迎えにきた。

まだ小学生の糸を夜遅い時間まで1人で家に残すわけにもいかず、しかしこの日に限って実家の父と母も、圭介のお母さんも都合が付かず。どうしようと思っていたら糸が「千冬の家に行く」と自分で言ってきた。千冬くんに事情を説明するとすぐに了承してくれた。

「今一虎くんも来てて、糸と映画観てます」
「あ、そっか今日金曜だもんね」

お邪魔しまーす、と何度か来たことのある千冬くんのお家に入ると糸と一虎くんがソファに並んで座ってテレビを観ていた。


「う、わぁ…懐かしい映画…」

この日放送されていたのは昔圭介と観たあの映画だった。

「もう20年近く前の映画なんですね」
「わたしこの映画、すっごい好きだったんだよねぇ…」

じゃあ、観ていきます?と言う千冬くんの言葉に甘えて、わたしは一虎くんを押しのけて糸の隣に座った。


「ぅ…ぐすっ…うぅ…」
「いや、名前さん泣きすぎでしょ」
「むしろなんでみんなは泣いてないの!?」

やっぱり何度観ても泣いてしまう。最後に駅のホームで主人公がヒロインに向かって片手を上げるシーンにはもう涙腺崩壊。ほんと、なんでみんなこれを泣かずに観れるんだろう。

「いや、隣でそんだけ泣かれたら余計涙引っ込むから」

わたしを見て呆れたように言う糸に「たしかに」と千冬くんと一虎くんが笑った。
糸の言葉にわたしはまた涙が溢れてきた。

「もう、お母さん泣きすぎ」

と八重歯を見せて笑う糸は圭介によく似ていた。



帰りは千冬くんが車でアパートの前まで送ってくれた。アパートの前に着いて、千冬くんにお礼を言って見送ってから、わたしは糸の手を取って歩いた。

「え、なに?どうしたの?」
「たまにはいいじゃん」
「えぇ…もう、恥ずかしいよ」

そう言いながらも手を振り解かない糸が、たまらなく愛おしい。

命よりも大切な、わたしの宝物。

糸は圭介とわたしが繋いだ命。
わたしが圭介を愛していた証。

繋いだ手から伝わる温もりは、糸が確かにここにいるとわたしに教えてくれる。

圭介はもうここにはいないけど、わたしには糸がいるよ。
糸のことはわたしがちゃんと守るからね。圭介もどうか見守っててね。




2021.10.31

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