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きみが産声をあげたすばらしい日に

糸が生まれたときよりもずっと早かった、気がする。…多分。正直あまり記憶がない。ただ、最後はずっと名前さんの手を握っていた。陣痛中に腰をさすっていると「千冬くんの手冷たい!!」とめちゃくちゃ怒られたことはもう忘れたい。

生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声を聞いて、そういえば赤ちゃんが産まれるときって本当にこんなふうに泣くんだったなぁ、と糸が生まれたときのことを思い出して、少し涙が滲んだ。名前さんに気付かれないように、シャツの袖でそれを拭った。

「名前さん、ありがとう」

ぐったりとベッドにもたれかかる名前さんの頭を撫でると、あまり血色の良いとは言えない顔で「疲れた」と力なく笑った。

「お疲れ様」
「もし次があったら絶対無痛にする…」
「だから今回も無痛にすればって言ったじゃん」
「だって、なんかいける気がしたんだもん」

少しして奥の部屋から助産師さんが赤ちゃんを連れてきた。名前さんの顔のすぐ隣に寝かせられた小さな赤ちゃんがもぞもぞと手を動かしている。かわいい、と名前さんが小さく笑った。

「お父さんも抱っこされますか?」
「えっ、あ、はい」

まだしばらく「お父さん」と呼ばれることに慣れそうにない。助産師さんから受け取り抱き上げるとやっぱり軽くて、柔らかくて、温かかくて。

「ふ…俺そっくり」

思わず笑ってしまった。昔実家で見た、自分が生まれた頃の写真とそっくりな赤ちゃんにたまらず目尻が下がってだらしなく頬が緩む。やべぇ、めちゃくちゃ可愛い。「またか…」と名前さんはぽつりと溢した。

「ほんとわたしの遺伝子どこ行ったの?」
「でも鼻とか口とかは名前さんにも似てる気がする」
「そう?」
「ほら」

そんな会話をしていると「外で待ってるご家族にも入ってもらいますね」と声をかけられ、学校が終わってすぐに駆けつけてくれたらしい制服姿の糸がソワソワしながら入ってきた。俺の腕の中を覗いた糸が「小さい千冬じゃん」って声を上げて笑いながらスマホで写真を撮っている。「一虎に送っとこ」と俺の代わりに今仕事をしてくれている一虎くんにその場で送信していた。

「糸も抱っこしてあげて」
「うん」

俺の腕から赤ちゃんを受け取った糸が「う、わ…軽いね」と恐る恐る抱き上げた。

「ふふ、可愛い」
「こうして見ると糸にも似てるな」
「ほんと?嬉しい」

八重歯を見せて笑う糸はやっぱり場地さんそっくりだった。

「あったかい……」

でも腕の中の赤ちゃんを見つめる優しい目つきは名前さんにもよく似ている。

糸は、場地さんと名前さんが繋いだ命だった。場地さんが、この世界に生きていた証。

初めて抱っこした糸は柔らかくてあたたかくて、小さいのに確かに感じる鼓動と、俺の腕の中で笑った糸に涙が止まらなかった。今糸の腕の中にいるのは、俺と名前さんが繋いだ新しい命。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

ありがとう、と優しく微笑んだ糸に場地さんが重なってずっと我慢していた涙がぽろりと溢れた。

「え、千冬泣いてる?」
「泣いてねぇし…」

揶揄うように言った糸から顔を背けて慌ててシャツの袖で涙を拭う俺を見て「千冬くんさっきもちょっと泣いてたよね」と名前さんが笑う。いや、気付いてたのかよ。

糸が生まれたとき、この小さな命を絶対に守ると決めた。いつしか名前さんのことを好きになって、場地さんに殴られてでも良いから、どうにかして名前さんを幸せにしたいと思った。今、また守りたいものが増えた。こんなときですら格好のつかない俺だけど、それでも家族ぐらいは守りたいし幸せにしたいと思うんだ。

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