従業員:羽宮一虎の災難

ペケJランドに遊びに来たタケミっちが千冬がいない隙を狙い、鼻息を荒くして聞いてきた。

「千冬ってもしかして彼女できました!?」
「はぁ?」

千冬の彼女は店の近くの高校に通うJKで三ツ谷の妹の友達なんだってよ、と本当のことを言えたらどれだけ楽でどれだけすっきりするだろうか。

「…そういうことは本人に聞けよ」
「聞いても教えてくれないんスよー」

そりゃJKと付き合ってるなんていくら相手がタケミっちであっても言えねぇだろうな。いや、タケミっちだからこそ言えねぇのか。

「なんかあったの?」
「この前千冬と電話した後にラインが来たんですけど…」


『今度の休みどこ行きたいか考えといて』

次回会う約束なんてしていない。電話だって「じゃあまたなー」「おー、おやすみ」と言って切られたはずなのに。

千冬から突然送られてきた何の脈絡もないメッセージに、『なんのこと?』と返信しようとしたとき、送られてきたメッセージが消えて[メッセージの送信を取り消しました]という表示に変わった、ということらしい。

いや、もう既読付いてんのに今更消してどうすんだよ。つーかあいつほんっとなんなの!?バカなの!?俺が必死に知らないふりしてやってんのに詰めが甘いんだよ!三ツ谷にも見られるし!タケミっちには誤爆してるし!!


「千冬に聞いても何も教えてくれないんスよ!」

当たり前だわ。言えるワケねぇもん。思わず大きな溜息を吐いてしまった俺に、一虎くん何か知ってるんスか?とタケミっちが目をキラキラさせて詰め寄ってくる。うぜぇ。もう一度大きな溜息を吐きそうになるのをぐっと堪えた。

「千冬がいねぇって言うならそうなんじゃねーの?」
「でも千冬って隠し事下手じゃないですか」

なんとなく千冬見てたらこいつ好きな子いるんだろうなって、なんかわかるっていうかーと、続けたタケミっちに、それな〜!?と本当は全力で同意したい。千冬は根がバカで良い奴だから、隠し事には向いていないらしい。2人の関係に気付いたからというのもあるんだろうけど、最近はなんかもう色々ダダ漏れてる。

朝、ナマエちゃんが学校に行くのを見送ったあとの千冬の顔が全てを物語っていて…いや、思い出すのはやめておこう。

正直、タケミっちに言ったところで問題はないと思う。多分。もう三ツ谷にもバレてるし、なんか色々時間の問題な気がしている。隠してんのも正直馬鹿らしい。でも毎朝ナマエちゃんの健気な笑顔を見ていると、今は黙っておいてやるか、とつい思ってしまうのだ。






タケミっちをテキトーにあしらいつつ仕事をこなしていると、店の外にはナマエちゃんと同じ制服を着た学生たちが歩いていた。あーもうそんな時間かぁ、と思っているとちょうどナマエちゃんが店に入ってきた。


「お、ナマエちゃん」
「こんにちは」
「今帰り?」
「はい!」

今日は飼い猫のお菓子を買って帰るように頼まれているらしい。しかし俺は知っている。ナマエちゃんは猫なんて飼っていないし、これは千冬の家にいるあの黒猫用であることを。

こんなもん千冬が買って帰ればいいのにとか、つーかナマエちゃんのこと部屋に連れ込んでんの?とか、2人きりの部屋で何してんだよとか。言いたいことは山ほどあるけれど、それももちろん言えないワケで。そんなことを考えながら「いつものでいい?」と聞く俺の後ろからひょっこりタケミっちが顔を出した。

「わー、千冬の好きそうな顔」

悪意なく放たれた一言に、その場の空気がピシッと凍りつく。


千冬が今ここにいなくて本当に、本当に良かった。


「えっと…」
「おいコラ、タケミっち」
「あ、突然すいません!失礼っすよね!」
「ホントにな。ごめんねナマエちゃん」
「いえいえ…」

タケミっちの頭を1発叩き、猫用のお菓子が入ったビニール袋をナマエちゃんに手渡した。

「はい」
「ありがとうございます。そういえば千冬くんはいないんですか?」
「あー千冬は今ちょっと出て、て…」

って、違う違う!ナマエちゃん!出てるから!タケミっちにつられていつもの松野さんじゃなくて千冬くん呼びになってるから!!


「あれ、千冬とも仲良いの?」

思わず千冬くん呼びしてしまったことに気付いてなかったナマエちゃんにかけられたタケミっちの余計な一言。動揺したナマエちゃんが持っていたビニール袋を落としてガサッと音が鳴った。そして店内には何とも言えない空気が流れる。


あー!千冬が今ここにいなくてほんとに、ほんっっっとに良かった!!


すいません、と言いながらナマエちゃんが落とした袋を拾い上げた。

「…わたし毎朝お店の前通るんで」
「へー、そうなんだ」
「そうなんです。お2人にはいつも良くしていただいていて」

ね?と俺の顔を見てにっこりと笑うナマエちゃんからなんだか圧を感じたのは、できれば気のせいだと思いたい。



「じゃあ、また来ますね」
「いつもありがとね」

猫用のおやつの袋を持って、ナマエちゃんは今から千冬の部屋にでも行くんだろうか。あーーーー考えたくない。考えたくないし、思い出したくもないのに。以前店で見たあれこれと、三ツ谷から聞いた話が思わず脳内を駆け巡ってしまう。


「またねー、ナマエちゃん」
「えっ、はい、…また?」

なぜかまたねと手を振るタケミっちにも律儀に頭を下げたナマエちゃんが店から出て行くのを見送りながら「チェックのスカートってヒナの高校の頃思い出すな〜」とデレデレしながら笑うタケミっちはなんやかんやヒナちゃん一筋らしい。


「あれが千冬の彼女か〜」
「……は?」
「若いなぁ。見ました?生脚ですよ、生脚」
「は?…え、なんで?は!?」
「なんでって、」

「千冬もですけど、一虎くんも隠し事下手っスよね」

そう言って苦笑いしたタケミっちの顔がやたらムカついたから思いっきり殴っておいた。
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