睫毛/W

 読み差しの頁に右手を乗せて眠る***。
 わずかに右肩にこうべを傾けて、寝息に同期して胸が上下する。大きなびいどろ人形かと思わせるほど、白い頬に唇をそっと乗せる。薄く色づいているがひんやりとしている肌はさながら陶器だ。艶やかで生命を感じさせるのに触れればこちらを凍えさせる。微妙な加減で軽く閉じた瞼は無理に開けば割れそうだ。三日月の淵から黒蝶の翅が広がる。その翅で優しく人を惑わせて、奥に潜む瞳で突き刺すのだから、***は肉食の蝶なのかもしれない。
 押し付けないように唇を目尻まで滑らすと、微かな吐息に睫毛が震える。ぞくり、と腹の中で熱が生じる。目尻から、睫毛の先に唇を触れさせる。一本でも睫毛が落ちれば瞼が剥落していくような気がして、揺らさないように、先端に触れるだけにして目頭までなぞっていく。顔と顔が正面から向かい合う。荒くなりがちな呼吸を抑え込み、ごく、と溢れそうな欲を飲み込む。今度は右目に。抑えきれなかった情欲が舌先に凝縮される。わずかだが唾液が漆黒の翅に絡む、想像だけでぞくぞくして***を起こさないように自身を抑え付けるのに必死になる。二枚の翅を味わったあと、腹の中は更に熱が隠り、眼窩の奥がいいようのない病魔に冒されているのを感じた。
 息を整えながら***の寝顔を見ていると、突然、機械に電源が入ったようにぱっと***瞼が開いた。

「続き、しないの。」
 冷たい***の体と、熱が膨らむ俺の体。距離を詰めれば荊は俺の熱で溶けてしまいそうだ。だが、その恐怖交じりの行為を拒否できる理性はない。


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