猫/W

 朝方、といっても日は昇っておらずまだ暗い。冷気を感じて目が覚めた。体が軽い、どうやら布団が剥がれている。そう寝相が悪いわけではないし珍しいこともあるものだ。寝直すには中途半端な時間だが、起きるにしてもまだ早い。手を適当に動かすと腹の横で布団に当たった。掴んで引き上げようとすると重い、そこで初めて布団を奪った犯人の姿を目にした。
 そいつはすやすやと寝息を立てて、俺から奪った布団に包まって実に幸せそうな顔で寝ている。自分のベッドがあるだろうが、と呆れながらも傍らの温もりに嬉しさを隠せない。相手は寝ているから隠す必要もないが。上半身をゆっくりと起こして寝顔を覗き込む。シーツにふっくらとした右頬を押し付けて、小ぶりな唇を薄く開いて安心しきった様子で寝ている。起こすのが勿体無くて、髪の毛をそっと撫ぜると自然に笑みがこぼれた。幸せそうな顔しやがって。お陰でこっちは睡眠不足確定だ。よく眠ってはいるが、流石にベッドから降りれば起こしてしまうだろう。ぶる、と忘れていた寒気に体が反応した。枕元に投げ置いてあった膝掛けを肩に羽織る。いい加減に布団を返せと文句のひとつも言いたくなったが、団子みたいに丸まっているこいつを見るとどうにも起こす気にはなれない。いないと思えばいつの間にか擦り寄っている。気まぐれで掴み所がない様は猫だ。そういえば、今の丸くなった状態も猫が寝ているみたいだ。
 この柔らかい髪も、笑うと波打つ目尻も、露わになったしなやかな脚線も、その全てが愛らしく人を魅きつける。だが、愛らしさを振りまいても決して媚びてはこない。与えられた愛らしさをこちらから求めても、それに応じるか否かは完全にこいつのご機嫌次第。高価なアクセサリーも気に入らなけりゃ手に取る事さえしない。その代わり、気に入ればいつまでも飽く事無く大事にする。最初は機嫌を取るために光り物を贈ったりした。それがなんの効果も無かったから、弾数を増やして何でもかんでも高価なものから安価なもの、こいつが少しでも興味を示したらしいものを手当たり次第に贈ったっけ。そんな場当たり的なことをしているうちに分かったのは、こいつは贈られたものよりも、俺の周囲にあるものに興味を示すということ。俺にとってはなんてことないものがこいつには面白いらしい。部屋の隅に追いやられた雑誌(俺の記事が載っているものだったから余計に嬉しかった!)、古い万年筆、ティーカップ。気に入ったならやる、と言うと受け取る事もあれば首を横に振る事もあった。受け取らない理由を尋ねて、それが俺に使われているからいいのだ、と返ってきた時は柄にも無く顔が熱くなった。こいつは気分次第で近くにいたり遠くにいるだけで、俺の事を好いているのに変わりはない。無理に留め置くための小細工を弄するより、こいつが安心して寄って来られるように俺はただここに居ればいい。折角与えたD・ゲイザーにメールを送っても返信は来ないし、不安になることは多々あるが、今日のように真っ直ぐに好意を向けられるとそんな不安を覚えた自分が馬鹿のように思う。髪の毛をそっと一筋掬い、毛先を食んだ。


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