バレーに心を奪われて

 翌日の昼休み。凛々は母親が作ってくれた弁当を食べ終えると、飲み物を買いに自販機へ向かった。はずだった。


「自販機って…どこ…?」


 入学してまだ間もない凛々は自販機の場所がわからず、どこの教室だかよくわからない教室の前まで来てしまった。「高校生にもなって迷子って…」と自分で自分を自嘲しながら、自販機を求めてとりあえず道なりに歩き続けてみる。適当に階段を降りたり、適当に曲がったりしながら歩いていると、どうやら3年の教室棟に着いたようで見覚えのある生徒が廊下にいた。


「…あっ、結さんだ」


 昨日見学に行った女子バレー部の部長、道宮結が廊下で右往左往していた。文字通り右往左往である。ある教室の扉の前を行ったり来たりを繰り返しているのだ。


「結さん、こんにちは!」
「あれっ? 凛々、なんで3年の教室に?」
「いや、えっと、かくがくしかじかで…。結さんはさっきから何を右往左往してるんですか?」
「えっ! えっとね…そのね…」


 迷子になったと言うのは恥ずかしいので適当にごまかして話をすり替えると、質問された結は急に顔が真っ赤になってもじもじとしはじめる。その時、結のすぐそばの扉がガラッと開いて、一人の男子生徒が出てきた。


「あれ、道宮? …と、小谷さんか」
「うひゃあっ!? さ、澤村!」


 男子生徒は昨日、凛々が出会った男子バレー部主将の澤村大地であった。澤村が出てきた瞬間、もじもじしていた結がブロックでもするのかというぐらい大きく飛び跳ねる。真っ赤だった顔がさらに赤くなって、今や耳まで真っ赤だ。これほどわかりやすい反応をされれば、その手のことには疎い凛々でも察しが付く。


「さ、澤村っ! ちょうどいいとこにっ、部長会議のことで伝達があってさ!」
「そうだったのか、悪いな」
「…あっ、わたしここで失礼しますね!」


 凛々は自分が邪魔者だと悟り、さっさと退散することにした。昨日といい今といい、間が悪いんだか良いんだか。まだ見ぬ自販機を求めて廊下を走って通り過ぎようとする凛々に、澤村が身を乗り出して声をかける。


「あ、小谷さん。ちょっといいか?」
「? はい、なんですか? あと、苗字呼びは好きじゃないので、名前で呼んでくれると嬉しいです!」
「そうか? それじゃあ、俺も大地でいい。あのさ、もし女バレの練習が終わった後にこっちの練習に混じるっていう気だったんなら、日向と影山の練習に付き合ってやってくれないかな」


 思わぬ一言に凛々は多少なりとも驚く。澤村改め大地が言うには、今度の土曜日に新入部員プラス2、3年生で試合形式を行うことになったらしい。日向と影山は相変わらず体育館に足を踏み入れられない状況であるので、外で練習を行うそうだ。


「俺たちは立場上付き合ってやれないからな。とはいえ、怪我があるからボール出しくらいでいいからさ」
「いや、治りかけなんで大丈夫です! そういう話なら喜んで!」


 大地に向かってにかっと笑うと、つられたように大地も笑った。が、唯が羨ましそうに見ているのを感じ、慌てて笑顔を取りやめる。先輩の恋路を邪魔するつもりなど毛頭も無いのだ。


「しかし、練習後にまた練習をしようなんて、熱心なんだな」
「? そうですか?」
「女子だって練習はそれなりにキツイだろう? 疲れないか?」


 凛々は不思議そうに首をひねる。何をあたりまえのことを、疲れるに決まってる。だが、それでも。


「だってわたし、バレー大好きですから」


 その一言で、全てが解決するのではないだろうか。凛々を形成しているものの多くを占めるのは、間違いなくバレーボールである。キツイ練習も、試合のプレッシャーも、勝利の喜びも、バレーに関わる全てが愛おしい。凛々はただ、バレーボールに心を奪われているのだ。



* * *



「こんのへたくそーっ!!」
「う、うるせぇ!! もう一本こい!!」
「あのさ、2人とも…。仮にもチームワークを見せつけるために試合するんだから、もうちょっと仲良くとか…」
「アホかボゲェ!! 続かなけりゃ打ち合い練習になんねえだろうが!!」
「だから次はレシーブするってんだよ!! さっさとこい!!」
「だーかーらー仲良くしなって!! また大地さんに怒られるよ!!」


 放課後、凛々は大地に頼まれたこともあり、日向と影山の練習に付き合っていた。が、正直頭を抱えたくなってきた。なにせこの2人、実力差も相当あるのだろうがすぐに喧嘩をおっぱじめる。主に喧嘩を売っているのは影山だが、地味に日向も喧嘩をふっかけるのでお互い様だ。
 とはいえ、日向の基礎力の無さに実力者の影山が苛立つのも致し方が無い気がした。正直、凛々の目から見ても日向は下手くそだ。中学の時にろくな練習環境がなく、指導者もいなかったとのことなので、素人同然なのは仕方ないのだが。


「いくぞ」


 影山が日向に向かってスパイクを打つ。最初と較べれば軽く打っているが、日向は明後日の方向にレシーブを飛ばしてしまう。影山がまた怒鳴る前に、すかさず凛々が間に入る。


「翔陽、腕だけでレシーブしようとするからいけないんだよ。腕は振り回さないでしっかり止める」
「…でもこいつのスパイク早くて、正面に入り込みきれない」
「正面に入り込まなくてもレシーブはできるよ?」
「え? でもママさんはそうやれって言ってた」
「うーん、間違ってはいないんだけどね…。何て言えばいいのか」


 ママさんというのが誰かは知らないが、そのレシーブの仕方は間違ってはいないが他に選択肢もある。凛々はどう言葉にしていいのか迷ったが、ふと思いついて影山にボールを投げる。


「影山、ちょっと打って!」
「は!?」
「えぇ!? でも凛々、腕!!」


 ジャージの袖を口で捲り上げて構えだす凛々に2人共驚く。それもそのはずだ、凛々の右腕はギプスに包まれている。つまり、片手で影山のスパイクをレシーブしようと言うのだ。


「だいじょうぶだいじょうぶ、片手でもできないことはないし! あ、でも左手側に打ってくれると嬉しいな」
「…いいのかよ、言っておくけど手加減しないぞ」
「とか言いながら手加減したら許さないぞー」


 凛々が茶化すように言うと、躊躇していた影山も肝を据えたのか構えだした。ハラハラしている日向を尻目に、凛々は腰を落とし、集中する。


「いくぞ」


 影山がトスを上げ、スパイクを打った。スパイクは回転をかけながら、凛々の左手側に飛んでいく。むしろ左に行き過ぎたほどで、影山は小さく舌打ちした。


「くそっ、ずれた!」


 しかしそれもつかの間、凛々は足を一歩前に出すと、いとも容易くスパイクを左手一本でレシーブした。ボールは真っ直ぐに影山のもとへと向かい、美しい弧を描いて影山の目の前に落ちる。キラキラとした目で見つめてくる日向に、凛々は渾身のドヤ顔を浮かべた。


「すげー!! すげー、なんだいまの!! 片手で!! 片手でトンって!!」
「でしょ? これはね、左肩を影山の方にグッと入れたから、ボールも自然に影山の方に行ったんだよ。影山、ナイスコース! いい具合に実演できたよ!」
「くそ、むかつく言い方すんな!」


 凛々は日向に肩の入れ方や向きなどを見せながら、影山に親指を立てた。ごく普通に影山のスパイクをレシーブした凛々を、影山は険しい表情で見つめる。


(あのサーブを見た時にも思ったけど、こいつ相当上手い…。プレーの一つ一つに粗がない、教科書に書いてあるみたいなプレーだ)


 日向は馬鹿みたいに騒いでいるし、自分のスパイクは軽々レシーブされるし、影山は密かに苛立ちながらボールを地面に打ち付ける。次のスパイクは思いっきり打ってやろう、どうせレシーブするのは日向だし。そんなことを考えていることなど思いもしない日向は、早速凛々の教えを実践しようと瞳を光らせて身構えた。


「よし、やってやる! こい、影山!」
「がんばれ、翔陽〜」



* * *



 あたり一面が暗くなってきてもまだ、2人は練習をやめなかった。一方、凛々は携帯電話の時計を気にしながら練習に付き合っている。今日は幼馴染の牛若こと牛島若利の家で、自分の入学祝をしてもらうことになっているのだ。あまり遅くまでは居残れない。それに気づいたのか、翔陽が凛々を心配して駆け寄ってきた。


「あっ、凛々! 時間だいじょうぶ?」
「うーん、だいじょうぶじゃないかも」
「えっ!! ご、ごめん!! こんな時間までつきあってくれて…」
「いーのいーの。わたしが好きで付き合ってるんだから!」
「でも、もう遅いし、夜道は危ないし」
「もう帰った方がいいんじゃないのか」
「うん、そうさせてもらう。2人はいつまでやるの?」
「このへたくそがチャンスボールくらい、まともに返せるようになるまでだな」
「うっ、うるせえ! すぐにやってやる!」
「あははは、それは大変だ! じゃあがんばってね、2人共。翔陽、肩に力入れちゃ駄目だよ」
「うん! ありがとう、凛々!」


 ブンブンと手を振ってくる日向に手を振り返して、凛々は若利の家に向かうことにした。だがその前に、ジャージから制服に着替えねば。入学祝いなのだから、制服姿くらい見せなくてどうする。凛々は適当な教室に向かうべく、適当な道を行き始めた。


「あ、第二体育館の女子トイレ使うのもありだな…って、あだっ」


 そんなことを考えながら曲がり角を曲がると、ちょうど同じように角を曲がってきた誰かとぶつかった。身体がぶつかるというよりは、顔面をその誰かの鎖骨のあたりにぶつかった感じである。地味に鼻っ柱が痛い。


「あ、ごめん」


 ぶつかった本人であるやけに身長の高いヘッドホンをつけた男子生徒は、凛々を見下ろして素直に謝ってきた。その後ろには彼よりは背の低いそばかすの男子がいる。


「ううん。わたしも不注意でした、ごめんなさい!」
「ツッキー、大丈夫?」
「ぶつかったくらいで大丈夫も何もないでしょ」


 ツッキーというあだ名らしいヘッドホンの男子は、友人らしき傍らの男子の心配もよそに、凛々とすれ違ってどこかへ去っていった。通り過ぎていった彼の身長を見ながら、凛々はぼそりと呟く。


「あの子、身長高いなぁ〜…。10cmくらい分けてくれないかなぁ」


 身近な長身の男もとい幼馴染の若利に較べれば体格はひょろひょろもいいところだが、身長の高さは負けず劣らずではないだろうか。バレーボールでは高い身長は立派な武器である。女子選手の中でも高身長とは言えない凛々からすれば羨ましい限りだった。


「せめて私も170cmは欲しいなぁ〜…。帰ったら牛乳いっぱい飲も!」


 コップになみなみ注がれた白い液体の図を思い浮かべながら、凛々もまたその場をあとにした。


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bkm
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