放課後、自己紹介

 サーブがコートの向こう側、エンドラインすれすれの位置に叩きつけられる。小気味いい音をたてて打ち付けられたボールは、勢いをなくして壁にとんっとぶつかった。


「…す、すごい…」


 先程と同じように左手だけでのサーブを打つと、女子バレー部全員がぽかんと口を開けた。結はピョンピョン飛び跳ねながら、興奮気味に凛々の手を握る。


「すごいよ凛々! 期待の新人ついにきたー!!」
「あたしよりサーブ上手いんだけど! 片方の腕使えないのに、どうやったらそんなの打てるの!?」
「めちゃくちゃ練習しました。そしたらできました!」


 凛々がそうとだけ言うと、また結が凄い凄いとはしゃぎだす。ここまで褒められたのも久しぶりだ、と凛々は思った。自分の練習に付き合ってくれる幼馴染は、幼馴染自身がトップレベルの選手だということもあり、凛々のことを全く褒めない。それぐらいできて当たり前だ、とでも言うかのような顔をしてこちらを見てくるのだ。


「おい道宮ー、そろそろ上がれー」
「あっ、はい! それじゃみんな、クールダウン!」


 女子バレー部の顧問教諭の丹羽が結に声をかけると、結は部員全体にストレッチをするよう促した。時計を見れば、まだ18時だ。隣で練習している男子バスケ部は、まだ終わる気配もない。


「結さん、もう終わりなんですか?」
「あー…。前に保護者からのクレームがついちゃって、女子は早く帰すようになってるんだよね。だから放課後練は18時までなんだ」
「…そう、なんですね」


 部活動に真剣な女子には生き辛い世の中になったものだ。とはいえ烏野は立地的に人通りが少ない箇所もいくつかあるので、保護者の心配も仕方がないのかもしれない。だが凛々には不満の方が色濃く残った。なんせボールに触り足りないのだ。


(…女子は帰されるってことは、男子はまだ練習してるよね)


 善は急げ、凛々はスクールバッグを手に取り、結たち部員に向かって頭を下げた。


「じゃあわたし、失礼します!」
「あ、うん! 今日はありがとねー!」
「バレー部入ってね!」


 手を振ってくる部員らに何度か礼をして、凛々は先程訪れた男子バレー部のいる第二体育館へと向かった。



* * *



「…あれ? あの2人って…」


 凛々が第二体育館へ到着すると、扉の前に見覚えのある2人が立っていた。その2人はよく見てみると、女バレ活動場所と間違えてサーブを打っているところを目撃した、1組と3組の男バレコンビであった。凛々はゆっくり近づいて、左手で背が小さい方の男子の肩をぽんと叩く。


「ひょわぁっ!!」
「うわ!? きゅ、急に驚かせてゴメン、こっちがビックリしちゃった…」
「お前、さっきのサーブの…」


 背の高い方の男子が、凛々のことを無遠慮に指差す。凛々は2人に向かってひらひらと手を振りながらにっこりと笑った。


「さっきぶりだね、2人とも! …って、なんでこんなとこに立ってるの? 練習は?」
「うっ…練習は…」


 2人共バツの悪そうな顔でお互いを見合い、かと思えば険悪そうに目を逸らす。まるで喧嘩した小さな子供みたいだ、なんてことを思いながら凛々は笑った。


「そっちこそどうしたんだ。女バレの練習を見に行ったんじゃないのか」
「女バレは早めに練習終わっちゃった。でもボールに触り足りないから、男子はまだやってないかなーとか思って来たんだけど…」


 体育館からはボールを打ち付ける音、野太い掛け声が聞こえる。練習をやっていることは間違いないのだが、だとすればここで突っ立っている2人は何をしてるのか。


「2人はほんとに何やってたの? えっと…」
「お、俺っ! 日向翔陽!」


 背の小さい方、日向が大きな声を上げた。いきなりの自己紹介にきょとんとしている凛々を尻目に、日向は背の大きい方を小突く。


「お前も自己紹介しろよ! まだだろ!」
「うるせぇ!! 言われなくてもするっつーの!! …影山飛雄、ポジションはS(セッター)だ」
「…あははは! 変なコンビだなぁ」


 凛々が吹き出すと、日向と影山が不思議そうにこちらを見てくる。笑うだけ笑って一度大きく息を吐くと、前をしっかり見据えて背筋を伸ばす。


「わたしは小谷凛々。ポジションはWS(ウイングスパイカー)。けど、基本的にどこでもできるし、やるよ。苗字呼びはあんまり好きじゃないから凛々って呼んでくれると嬉しい。よろしくね、日向に影山!」
「!! よ、よろしく、凛々!! 俺も翔陽でいいよ!!」


 凛々が差し出した手を握ってブンブンと振る日向の後頭部に、影山が平手打ちを入れる。頭を押さえてのたうち回る日向を見て、凛々が再び笑った。


「ガキか、ボケ!」
「あははは、やっぱり変なコンビだなぁ〜」
「誰と誰がコンビだ! とにかく、対策を考えるぞ!」
「対策?」
「お、おうっ。でないと俺たち、練習できねーもんな…」
「え、なになに。どういう経緯?」


 疑問を隠しもしない凛々に、日向がおぼつかない説明をした。要するに、会って早々喧嘩ばかりの2人に部長が怒り、そんな奴らは練習させないと体育館を追い出されたそうだ。確かにこの2人の子供の喧嘩のようなやり取りを見ていると、その部長の気持ちもわからなくはない。


「なるほどねー。それはどうにかしなきゃまずいね!」
「やっぱりここは嘘でも『心を入れ替えました、これからちゃんと協力します』と宣言するしかねえな…」
「それやって部長に見破られたじゃねーかよ! 忘れもしないぞ、『レシーブもトスもスパイクも全部俺一人でできればいいと思ってます』とかいう台詞!」
「事実だ、ボケェ! お前みたいな下手糞に任せられるか!」
「なにをー!!」
「ストップストップ! そんな喧嘩してるとまた部長さんに怒られちゃうよ!」


 ヒートアップしていく日向と影山の間に凛々が割って入ると、2人ともようやく大人しくなった。この2人にどうにかチームメイトとしての自覚をさせなければ、この先もこんな子供の喧嘩を繰り返すのだろう。バレーはチームスポーツなのだから―――


「あ!」
「「?」」
「先輩に勝負を挑んで、勝てば練習させてくれってのはどう? ほら、バレーはチームスポーツだからさ、勝った方がチーム力が強い訳で。今の2人よりチーム力の高い先輩らを倒せば、2人が協力できるようになったってのは一目瞭然じゃない」
「それだ!!!」
「よっしゃ、それでいくぞ!!!」


 凛々の提案を聞くなり、乗り気になった2人は目を輝かせてお互いを見ている。…なんだかんだ言って、似た者同士のようだ。言うほどチームワークが壊滅的な訳ではないようで、凛々は少し安心した。


「よし、さっそく作戦会議すんぞ」
「おうっ!」
「がんばれー」



* * *



 『作戦会議』を終えた日向と影山は、扉の前に並んで立って作戦の確認をしている。それを後ろから見ていた凛々は、小学生がお別れ会などで劇をやる前に台詞と段取りを確認している様を思い出した。2人に負けず劣らず入念に確認を繰り返すタイプの子供だった自分のことを思い出しながら、凛々はゆるい激励を飛ばす。


「翔陽、影山、がんばってねー」
「おうっ!」
「…おう。よし、いくぞ。せーの」


「「キャプテェェェェェェン!!!」」


 体育館の中から「おわっ!?」という驚いた声がして、すぐに扉が開いた。坊主頭のやけに悪人面な男が出てきて、しばらくして穏やかそうな泣き黒子の男と、如何にも主将らしい体格のいい男が顔をのぞかせる。どうやら男子バレー部の2年生か、3年生のようだ。


「お前ら、ずっとそこにいたのかよ!?」


 驚く彼らを前に、日向と影山は「ミスんなよっ」「おめーこそだよ」と小声でやり取りをしてから、同じタイミングで大きく息を吸う。


「勝負させてくださいっ!」
「おれ達対先輩達とで!」


 お互いに視線を合わせて、小声で「せーの」とタイミングを計る。


「「ちゃんと協力して戦えるって証明します!!!」」


 大爆笑していたり呆れていたりする3人に向かって、吠えるように宣戦布告を叩きつけた日向と影山に、凛々は思わず拍手してしまう。賞賛の拍手というよりは「よくできました」という感動の拍手だ。その拍手の音に気付いて、全員が凛々の方を向く。


「あれ? 女子?」
「マネージャー志望の子かな?」
「あ、いえ、わたしは女バレ志望です! 翔陽と影山とさっき友達になったっていう、ただそれだけです。更に言うなれば、女バレの練習が終わったんで男バレに練習混ぜてもらおうかなーって、ただそれだけです」


 全員にじろじろと見られて、なんとなくバツが悪くなった凛々は早口でまくしたてる。特に坊主頭の先輩が見定めるように無言でじーっと見てくるのがむずがゆい。それを察したのか、泣き黒子の先輩が坊主頭をぴしゃりとはたく。


「こら、人見知りすんな! 女バレは終わるの早いもんな。でもその怪我でうちの練習混じるのはきついべ」
「大丈夫です、治りかけなんで!」
「一番まずいじゃんか! 俺、3年の菅原考支。こいつは2年の田中で、こっちはうちの主将!」
「澤村大地だ。練習に混じるのは別にかまわないけど、女子だからって手を抜いたりはしないぞ」
「むしろそうこなくっちゃですよ! わたし、小谷凛々っていいます、よろしくお願いします!」


 頭を下げた凛々に、菅原と澤村が笑いかける。第一印象は良い方だったようだ。坊主頭こと田中はやはりこっちをじーっと見ている。人見知りなら仕方がない。


「まあ、もう練習は終わったし、女の子は早く帰ったほうがいいと思うよ。俺らはこいつらと話があるし」
「あ、わたしお邪魔でしたね。それじゃ、今日はお暇します。翔陽、影山、頑張ってね!」
「おうっ! また明日な!」
「気をつけろよ」


 日向と影山に手を振り、先輩らには頭を下げ、凛々は帰路に付くことにする。結局ほとんどの時間を日向と影山の作戦会議に費やした為、ボールに触り足りないという不満は全く解消されていないことに気付いたのは、校門を出てからだった。


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