追いつけるのは唯一つ

 烏野と青葉城西の練習試合は3セット目を迎えようとしていた。1セット目は本来の力を出しきれなかった烏野も、2セット目は日向と影山の連携が本領発揮し、1対1の状態で3セット目に入る。


「…むこうに影山みたいなサーブ打つ奴いなくて助かったな…」
「ああ…。ウチはお世辞にもレシーブ良いとは言えないしな…」


 菅原と澤村が胸を撫で下ろしていると、いつも以上に緊張感で張りつめた表情の影山が口を開いた。


「油断だめです」
「?」
「多分…ですけど…。向こうのセッター、正セッターじゃないです」
「えっ?」


 どういうことか、と周りのメンバーが聞こうとすると、急に体育館の入口の方から黄色い悲鳴が聞こえてきた。


「キャーッ!! 及川さ〜ん!!」
「やっと来た〜!! やっぱりかっこいい〜!!」


 何事かと全員が体育館入口の方を見ると、そこには青葉城西のジャージを着た男子生徒と、よく見知った顔の女子生徒が並んでいた。


「いやほんと離してくださいってば!! 訴えますよ!!」
「も〜、凛々ちゃんったら素直じゃないんだから〜。アララッ、1セット取られちゃったんですか!」
「ってあれ…凛々か!?」
「凛々ー!?」


 及川さんと黄色い声で名前を呼ばれている男は、烏野男子バレー部とはよく知った仲の小谷凛々の手を半ば無理矢理引きながら、青葉城西のベンチへ向かった。物凄く嫌がりながら逃げようとしている女子生徒が凛々であることに気付いた日向と田中は、急いで凛々のもとへ向かう。


「あっ!! 日向、田中さん!! 助けて、割と真剣に!!」
「ど、どうしたんだよ凛々! ってか、誰!?」
「…"及川さん"…何やってるんですか」


 2人に遅れてやってきた影山が、及川のことを呆れたような威嚇するような目で見ている。対する及川は、影山に向けてうすら寒い笑みを浮かべてひらひらと手を振った。


「やっほー、トビオちゃん。久しぶり〜、育ったね〜。元気に"王様"やってる〜?」
「凛々よこの優男誰ですか僕とても不愉快です」
「えっと…青葉城西の正セッターの、及川徹サンです。ちなみに私も不愉快です」
「も〜、凛々ちゃん本当にツンツンなんだから〜」
「い、岩泉さーん!!」


 凛々が最終兵器に助けを求めると、すかさずコート内にいた岩泉一がやってきて及川の頭を思いっきり叩いた。更には、及川の耳を引っ張って素早く凛々から引き剥がす。


「痛い痛い痛い岩ちゃん! 取れちゃうから、及川さんの耳取れちゃうから!」
「うるせぇ、もげろ! いつも悪いな、凛々」
「そう思うんならその人の首根っこちゃんと掴んでてください…」
「善処する。オラ、さっさとアップ取ってこい!! いつもより念入りにやれよ!!」
「いたたたた、岩ちゃん耳はやめて! 凛々ちゃん、また後でね〜」


 凛々にひらひらと手を振りながら、岩泉に連行されて及川は消えていった。ようやく解放された凛々が胸を撫で下ろしていると、菅原と澤村が状況を掴めないままやってくる。


「なんか…大変だったな、凛々」
「あぁ、スガさんめっちゃ癒される…! マイナスイオンを補給させてください!」


 凛々が疲れ切った声で菅原の背中に顔をボフッと埋める。その光景に、田中と澤村は爆笑していた。


「犬かお前!」
「スガさんのジャージめっちゃ良いにおいがする!」
「えっ、どんなどんな!?」
「こら凛々、日向! こぞって俺のジャージのにおいを嗅ぐな!」
「…どうでもいいですけど、試合始まりますよ」


 月島が心底どうでもよさそうに呟いた。



* * *



 3セット目の試合を、凛々はギャラリー席から観ていた。正直、及川のファンと思われる女子たちからの視線が刺すように痛いのだが、それよりも凛々は試合の様子に夢中になっていた。


(なにこの試合、めっちゃおもしろ…!)


 日向と影山の速攻攻撃は言わずもがな、澤村の安定したレシーブに田中の勢い溢れるスパイク、月島のクレバーなブロック(認めたくはないが)、縁下の平均的に安定したプレー。個々の力がちぐはぐに合わさった、何とも面白いバレーボールをするチームに成り立っている。総合力は青葉城西には劣るかもしれないが、確実に相手を翻弄し、自分たちのムードを作っている。ますます、烏野と白鳥沢の試合が見たくなってきた。


「うおらっしゃあああっ!!!」


 田中が叫びながらスパイクを決め、悪人面で相手コートを睨んだ後、満面の笑みでギャラリーの凛々に振り返った。


「どうだよ凛々、俺の超ウルトラハイパースパイクは!」
「ネーミングはともかく、ナイスキーです! ただもう少し手首のスナップきかせると更にナイスです!」
「お、おう…。なんか俺の期待してた返答と違う…」
「そうですか? 的確なこと言ったと思いますけど」
「どうせ、『キャー、田中さんかっこいいー』みたいなのを期待してたんだろ」
「なんだよ縁下! 別にいいだろ、男の夢だろ!」


 チームの雰囲気は和気あいあいとしており、影山も居心地が良さそうだ。その様子を、青城の6番のビブスを着た一際背の高い選手が、複雑そうな表情で見ていた。もしかしたら、北川第一時代の影山の同級生なのかもしれない。


「あーっ、向こうマッチポイントだ…」
「及川さん、いつ出るのかなぁ〜」


 にこやかに烏野の様子を見ている最中、不吉な名前が聞こえてきて凛々は思わず身をすくませた。及川徹、出来ることならば出ないでほしい。今現在は24対20だが、及川が出てくれば、烏野が逆転負けすることだってあり得る。人間的には本当に苦手だが、その実力は確かなものだと凛々は知っている。


「このっ…調子に乗るな!!!」


 6番のらっきょう頭がスパイクを決め、点数差は24対21になった。青城の監督が苦い表情になったところで、肩を回しながら及川がやってきた。


「アララ〜ピンチじゃないですか!」
「…アップは?」
「バッチリです!」


 青西の監督が腰を上げ、主審にメンバーチェンジの申し出をする。主審が笛を鳴らすと、及川が7番のビブスを着た選手と交代し、コートに入った。一斉に沸き立つギャラリーの女子たちに手を振った後、凛々に視線を向けてくる。


「ごめんね凛々ちゃん。キミんとこの学校に勝っちゃうから」
「…翔陽。次スパイク打つ時、あの人の顔面狙っていいよ。昨日言ったイメージで」
「!! 相手をぶっころすイメージか!!」
「ちょっと待ってそれ何の話? 及川さん泣くよ? 泣いちゃうよ?」


 笛が鳴り、烏野のメンバーが身構えて及川のサーブを待つ。及川はボールを何度か床に打ち付けた後、月島のことを指差してニヤリと笑った。


「いくら攻撃力が高くてもさ…その"攻撃"にまで繋げなきゃ意味ないんだよ?」


 ボールを斜め上に投げ、助走をつけて高くジャンプし、落ちてきたボールを思いっきり打ち抜く。ジャンプサーブのお手本のような動作の後、及川が打ったサーブが月島に向かっていった。月島はその強烈なサーブをレシーブしきれず、ボールはギャラリーの手すりに当たって凛々のもとまで飛んできた。


「っ…!」
「ツッキぃー! おバカ、腰高すぎだよ、のっぽ!」
「…うるさいよ、脳筋バカ」
「誰が脳筋バカじゃ!」


 ギャラリーに飛んできたボールを下のコートに投げ、凛々は月島にヤジを飛ばした。及川は完全に月島を狙っている。及川のサーブは威力だけでなく、コントロールの正確さも随一だ。あと10本打って、その10本とも狙った場所にくるだろう。このままでは、青城に追いつかれる。
 笛が鳴り、再び及川が月島を狙ってサーブを打った。月島はサーブに備えて身構えていたが、月島の右の足元あたりを狙ったのであろうサーブに触るのがやっとの状態だった。山口がベンチで「ツッキイイイ!」と叫んでいるのを見ながら、凛々は唇を噛んだ。自分がプレーしている訳でもないのに、悔しく、もどかしい。それは月島も同じなようだった。


「おい! コラ! 大王様! 俺も狙えっ、取ってやるっ!! 狙えよっ!」
「みっともないから喚くなよ!」
「なんだとっ!? バレーボールはなぁ! ネットの"こっちっ側"にいる全員!! もれなく『味方』なんだぞっ!!」
「〜っ」


 日向の言葉に、物凄く複雑そうな表情をしている月島を見て、凛々は思わず笑ってしまった。自分が思っていたよりも、めんどくさいヤツだなツッキーは、なんてことを思う。


「そーだぞツッキー。ここにも味方がいんだからね」
「…ギャラリーにいたって、なにもできないでしょ」
「そんなことないよ。コートの中で辛いことがあったら、わたしが助けに行ってあげる」
「…君、ムカつく」
「なんでよ! 人が気ぃ利かせてんのに!」
「はは、ありがとうな凛々。でも、まずはコートの中からだ。全体的に後ろに下がれ、月島は少しサイドラインに寄れ」
「…はい」


 澤村以外のメンバーが全員下がり、澤村中心のレシーブ体勢になった。レシーブが得意な澤村が、及川のサーブをレシーブしようという算段のようだ。無論、及川もそれを見越し、その卓越したコントロールで月島を狙ってくる。


「あんな端っこにいるのにピンポイントで…!」
「でも、コントロール重視の分、威力はさっきより弱いです!」
「ツッキーッ!!!」
「っ!!」


 月島がレシーブしたボールは、そのまま相手コートに返ってチャンスボールになる。及川が涼しい顔でレシーブしたボールはセッターに返り、綺麗にライトからのスパイクに繋がる。烏野のブロック陣は相手に反応しきれないでいる。と思った、その瞬間―――


「!?」


 ただ一人、日向が片手を目いっぱい伸ばして、青城のスパイクに触った。威力を削がれ、ふんわりと上に上がったボールは、これ以上ないくらいのチャンスボールになる。


「翔陽!」


 着地した日向は即座に体勢を整え、ライトポジションに移動する。そう、"コートの端っこから端っこ"へ。
 一歩、一瞬。ほんの少しでも遅れれば、もう日向には追いつけない。追いつけるのは―――


「…よしっ!」


 追いつけるのは、ボールだけ。


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