3VS3

「レフト持ってこーい!!」
「レフトお願い!!」
「いけーっ!!」


 3年生のスパイクが決まり、周りの1年2年の「ナイスキー!」という掛け声が体育館に響く。その中で凛々は一人、ソワソワしていた。ちらちらと時計を見ながら、1年の仕事であるボール拾いをする。
 今日は友達である日向と影山が、あの凄まじく性格の悪い月島と試合をする日。もともと応援するつもりではあったのだが、現在は女子バレー部の練習中だ。怪我をしているためろくに練習に参加できないとはいえ、抜け出す訳にはいかない。しかし、月島に向かって「あんたが負けるのを見に行く」と大見得切ってしまったので、ここで見に行けないのもむかつく話なのだ。


(スパイク練が終わるまであと5分…。それが終われば10分休憩に入るはず!)


 すぐにでも走って向かえるように足のストレッチをしながら、飛んできたボールを拾う。早く終われと思いながら、先輩のプレーに合わせて声を出す。すると、第一体育館の扉が開き、2年生部員の渡部望が大量のコンビニ袋を提げて入ってきた。


「保護者の方からゼリーの差し入れでーす!」
「おっ。おーい道宮! ちょっと早いけど休憩! 有難く頂け!」
「はいっ! ボールバック、15分休憩!」
(うおおおおおおおお、ナイス保護者! ナイス望さん! ナイス先生!)


 予想していたより早く、しかも長く休憩が入り、凛々は歓喜しながら即座に望のもとへ向かった。早く行きたいのは山々だが、後輩の仕事はきちんとしなければならない。ゼリー飲料を先輩たちに配り、自分の分も取る。全員に行き届いた時に、結構な量のゼリー飲料が残った。


「望さん、結構残ったんですけど、どうしますか?」
「あ、それ男子の分も含まれてるんだ。練習終わるまで冷蔵庫に入れといて、終わったら男子に…」
「わかりました、男バレに届けに行ってきます!!」


 望の返事を最後まで待たず、凛々は第二体育館へと走って向かった。後ろから「ちょっと、今いかなくていいんだよー!」という望の声が聞こえたが、聞こえていないことにする。ストレッチの効果あって、足はいつも以上に動く。15分の時間を無駄にしないように、凛々は一目散に走った。



* * *



「ゲホッゴホッ、しょ、翔陽と影山はっ、ゼーハー、どうですか!! ゲホォッ」
「うんとりあえず深呼吸しような。はい吸ってー吐いてー。大丈夫、いますごいことになってるよ」


 全速力で走ってきたせいで虫の息状態になっている凛々の背中を、菅原が優しく摩った。第一体育館と第二体育館の間には結構な距離があり、結構な量のゼリー飲料の袋を抱えたまま走ったので、思いのほか体力を消費してしまったのだ。コートからサーブを打った音がして、凛々は扉に寄り掛かったまま顔を上げた。


「よっしゃあああ、影山ァ!!」


 田中が上げたサーブレシーブがアタックラインの真上に上がり、影山がボールの下に入った。日向と田中が同時にスパイクに向かう。月島がブロック位置につく。その直後のことだった。


「おっしゃあっ!!」
「…え?」


 ボールが、いつの間にか相手コートに落ちていた。あっという間、本当にあっという間に、ボールが相手コートに落ちていたので、凛々は思わず自分の目を疑った。ぽかんと口を開けている凛々を、菅原他男子バレー部の面子がにまにまと笑いながら見ている。


「な、すごいべ?」
「い…今の打ったの、翔陽ですよね」
「うん。でも、あのトスを上げたのは、影山だ」


 ホイッスルの音が鳴り、影山がジャンプサーブを放った。相当精度の高いサーブだが、それを澤村が安定したレシーブで返し、山口が上げたトスを月島が打つ。月島のスパイクは、日向の右にあるサイドラインぎりぎりに落ちる、はずだった。


(おれの右側…肩!)
「これはね、左手の肩を影山の方にグッと入れたから、ボールも自然に影山の方に行ったんだよ」


 日向が月島のスパイクに腕を伸ばし、肩の向きをめいっぱい影山の方に向ける。すると、ボールは影山には届かずとも、影山の方には向かう。影山は即座にそのボールの下に入り、その瞬間に日向はライトポジションからレフトポジションに移動する。


「はあっ!? コートの端っこから端っこで移動攻撃(ブロード)!?」


 凛々が驚愕するのもお構いなしに、影山はレフトポジションの日向にバックトスを出す。既に飛んでいた日向は、それを打ち抜いた。それも、眼を瞑ったまま。
 あまりの神業連発に、凛々の頭はショート寸前だった。まずあんな動き幅の広い移動攻撃、よほど運動神経が良くなければできない。更には、バックトスであんなにも精密に日向の飛んでいる場所にボールを収める影山の技術は、正直言って化け物レベルだ。しかも日向はその化け物トスを見ずに打っている…。凛々もバレーに関しては、身近に天才がいたこともあって目が肥えている方だとは思っていたが、こんな神業は見たことがない。


「凛々ーっ!! できた!! 肩、ぐいって!!」


 口を開けたままの凛々に気付いた日向がブンブンと手を振ってくる。凛々は唖然としたままそれに手を振り返して、汗まみれで荒く呼吸を取っている日向と影山を見つめた。なんなんだ、あの変人速攻は。


「どうよ、小谷さん。俺らも驚いたけどさ、めっちゃすごいっしょ?」
「すみません菅原さん、できれば名前で呼んでくれると嬉しいです。いや、すごいっていうか何ていうか…何なんですかあの2人…」
「じゃ、お言葉に甘えて。俺もスガでいいよー。何かって言われると困るけど、まさかあの2人がこんなことになるとは…」
「…こりゃ若ちゃんも、うかうかしてらんないな」
「?」


 このコンビなら、あの東北では敵なしの白鳥沢、そして幼馴染の牛島若利にも、一泡吹かせられるのではないだろうか。その時が、来たとしたら。


(どっちを応援するか、迷うことになっちゃうな)


 こんなにバレーボールを見てワクワクしたのは久しぶりだ。烏野にはまだ、可能性がある。きっとこの2人は、どんどん先へ行く。やがて来るであろうその未来が、楽しみでならない。そんなことを考えながらちらっと時計を見ると、休憩に入ってからきっかり14分経っていた。


「あーーーーーっ!!! ヤバい、時間が!!」
「うわ、ビックリした!」
「あ、スガさん!! これ女子の保護者から差し入れです!! 翔陽、影山ー!! 頑張れよ、勝ったらゼリーあるよ!!」
「え、あ、ありがとう」
「ゼリーっ!!」
「ゼリー…」
「あ、あと田中さん!! 2人を助けてやってくださいっ!! 特に翔陽はレシーブまたダメダメです!!」
「えっ!? お、おう任せろっ!」
「そんじゃ私はこれで! ツッキー、ざまーみろ!!」


 去り際に月島に舌を出して、日向と影山らに手を振りながら凛々は第一体育館に帰って行った。しばし試合を中断し、部員全員が嵐の様に去って行った凛々を見つめる。


「うおおおおおお、ゼリー!!!」
「ゼリー…」
「影山、よだれ垂れてんぞ!」


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bkm
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