お年玉 | ナノ

殺し屋探偵とスクアーロの結婚生活 前編


※30万hit記念リクエストで書いた『もし殺し屋探偵とスクアーロが結婚していたら』の続きとなっております。














雲一つない快晴の空、眩いばかりに輝く海。海鳥の鳴き声が鳴り響く、温厚なシチリアの港町。町の片隅にぽつんと建つ、白い壁に囲まれた小さな家の中には、2人の男女が寄り添いあっている。女の方は腰まである長い赤毛に、折れてしまいそうなほどに細い体躯。そしてその傍らに立つ男の方は、恐ろしく見覚えのある銀髪だった。


「……あ、有り得るかあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


この世のものとは思えないほどの大声で叫びながら、スクアーロはその悪夢から目覚めた。












それが起きたのは、今から10年後の事だった。自らの腹心の部下であるスクアーロをいびることが、何よりの趣味であるというザンザスによって、『10年後のスクアーロは結婚して家庭を築いてる』などという真っ赤な嘘を、わざわざ10年バズーカを使って10年前に遡ってまで吹き込まれたのだ。しかもその相手がよりにもよって、スクアーロからすれば一切そういった事柄の対象ではない相手、『segugio』の異名を持つ殺し屋、メルであったのだから、たまったものではない。誰よりも鋭い野生的な勘を持つスクアーロは、直ぐにそれが嘘だと見抜いたものの、メルは最後に特大級の核弾頭を投下していって、10年後へ帰っていった。


−−−その時に言われたんだよ、『命綱になってくれ』って台詞はね。


「う゛お゛おぉい!!! 何を考えてやがる、10年後の俺!!!」


怒り任せに剣を振り回しながら、スクアーロはよく磨かれた大理石の廊下を大股で歩き、作戦会議室へと向かった。スクアーロの本職は暗殺者である。この世にあるとされる幸せの一切を捨て、ただ己の望むままに剣を振るい、人を殺す。それこそが、10年経とうが20年経とうが変わることのない、スクアーロのあるべき姿であるはずだ。
だというのに、10年後のメルの話が本当だとすれば、自分は随分と日和ったことになる。自分には命綱などいらない、死ぬ時はいつだって1人なのだ。例え、明日に決行することになっている任務に失敗したとして(絶対にあり得ないが)、自分を引っ張り上げる命綱など存在しない。増してやその綱があのメルであるなら、尚のことだ。


「随分と機嫌が悪いね、スクアーロ。隠し口座を凍結でもされたのかい?」


自身の膝元あたりから聞こえてきた声に、スクアーロはギロリと眼を光らせて、すれ違いざまに声をかけてきたマーモンを睨みつけた。遥か真上から睨みつけられたマーモンは、不愉快そうに鼻を鳴らす。


「なんだい、その眼? 世間話もできないくらいの精神状況ってワケ?」


「う゛お゛ぉぉい、そのよく動く口を閉じやがれ、マーモン!!! 俺は今、腹の虫の居所が悪いんだぁ!!!」


「へえ、図星だったんだ。そんなに『10年越しのウェディング事件』がショックだったってワケかい」


「…なんだ、そのなんたら事件ってのは」


「ベルとルッスーリア命名、10年後の探偵が来たあの……」


「う゛お゛ぉい!!!!! 黙ってろ、ブチ殺すぞぉ!!!!!」


「聞いたのはそっちじゃないか」


最も触れてはならない部分をストレートに撃ち抜いてきたマーモンの一言に、スクアーロは反射的に怒鳴り飛ばした。八つ当たりと言っても過言ではないスクアーロの反応に、マーモンは怒りを通り越して呆れ返って、深い溜息を吐く。そのままマーモンを蹴り飛ばすのではないかという勢いで、大股で歩き始めたスクアーロの背を見やりながら、マーモンはポツリと呟いた。


「全く、そんな様子で明日の任務は大丈夫なんだろうね」


「…う゛お゛ぉい、聞き捨てならねえなぁ。この俺が、あんなゴミ組織1つ潰すのに手間取ると思ってんのかぁ?」


このマーモンの発言には、スクアーロも本気で癇に障ったのか、先ほどの比ではないほどの凶悪な眼でマーモンに振り返る。スクアーロが明日に臨むことになっている任務は、ボンゴレファミリーに無断で秘密裏に麻薬を売っていたファミリーに、制裁としてミラノにある事務所を壊滅させることになっていた。その作戦隊長に任命されているのは、他でもないスクアーロであり、このこと自体は10年後のメルがやってくるよりも前から決まっていたことであった。


「相変わらず、傲慢なまでの自信だね。ま、君らしいといえば君らしいけれど」


「まだるっこしい真似してねえで、さっさと言いたいことを言え、このドカスがぁ!」


「なら、こう言えば満足かい? 君たち作戦本部すら知らない情報を掴んだ、って」


マーモンの一言に、スクアーロの眼の色が変わった。マーモンが掴んだ情報とは即ち、スクアーロが襲撃することになっているファミリーの情報だろう。暗殺を行うにあたって、情報の有無と言うのは生死を分ける。スクアーロはまたもや大股でマーモンに歩み寄ると、その小さな頭を鷲掴みにして持ち上げた。


「う゛お゛ぉい、その情報っていうのは何だぁ?」


「幾ら払う?」


「あ゛ぁ!?」


「まさか、僕の性格を知らないわけじゃないだろう? この情報は、ヴァリアーの幹部としてではなく、僕個人が独自に掴んだ情報だよ。まさかタダで貰えるなんて思ってないよね?」


「…この銭ゲバ野郎が、金なら本部に請求しろぉ」


「小切手の用意はしておいてよ」


そう言うとマーモンは、隠し持っていたレコーダーをちらつかせた。疑り深いマーモンのことだ、支払いをバックレられないよう、証拠音源を録っていたのだろう。まるで蛇のような執拗さだ、などと思いながらも、スクアーロはマーモンを見下ろした。


「連中、どうやらフリーの幻術使いを雇ったらしいよ」


「ケッ、しゃらくせえ真似しやがって。ちったぁ斬り甲斐のあるヤツだろうなぁ!」


「さあね、誰を雇ったまでかは僕の知るところじゃない。でも、幻術使いがいるといないのとじゃ、作戦パターンも変わってくるだろう? 僕に感謝してよね」


「ケッ、俺の感謝なんて一銭にもならねえもの、どうせいらねえくせに何言ってやがる」


「まあね、お礼の言葉なんてものより、無記名の小切手の方がよっぽど欲しいけどね」


スクアーロの手の中から抜け出たマーモンは、用は済んだと言わんばかりにスタスタと去っていく。マーモンの態度は鼻につくが、有益な情報であったことには変わりはない。スクアーロはマーモンにも聞こえるように大きな舌打ちをしてから、作戦会議室へと脚を進めた。












その夜は、まるでスクアーロの心中をそのまま映したような、曇天の夜空だった。マフィアのイメージにそぐわないようにも感じるが、スクアーロ含めヴァリアーの構成員たちは、睡眠の質を何よりも重要視する。なので、任務を翌日に控えている日などは、一般的な社会人の平均就眠時間と同等の時間帯に床に就く。スクアーロもそれは例外ではなかった。


(…う゛お゛ぉい、気分の悪い夜だぜぇ)


どんよりとした空気が漂う夜に、スクアーロの気分も悪くなる。こんな空気の夜は、既に無くした左手の箇所が、不意にざわめくような感覚がするのだ。気分が悪くなりつつも、明日の任務の為、スクアーロは簡易なベッドに横になった。
明日、任務を決行するのは午後7時。ミラノの片隅に建つビルの8階に、標的ファミリーの事務所があり、午後6時半から長時間にわたる会合が予定されていることが発覚している。その会合の最中に乗り込み、その場にいる者を皆殺しにする。それがザンザスからスクアーロに任された役割だった。


(…あ゛ー……。クソがぁ、夢見のことなんざ気にしたくもねえってのに……)


横になってふと思い浮かぶのは、昨夜見たあの夢のこと。正に絵に描いたような幸福の景色に、2つの異物が混じっている、あの光景。スクアーロも、メルも、あの景色の中にあってはならないもので、お互いにそれを望むことなど絶対にありえないのだ。
あれはいつのことだっただろうか、一度だけメルと話したことがある。もしもこの先、普通の人間の幸福というものを掴める瞬間があるとして、それを掴むかと。何故そんな話になったのかすら覚えていないほど、他愛もない話であったが、その時のメルの答えだけははっきりと覚えている。


『多分だけど』


『あ゛?』


『唾吐いて捨てるんじゃないかな』


その答えが、びっくりするほどにスクアーロの考えと一緒で、スクアーロは心のどこかでほっとしたのを覚えている。もしもあの時、少しでも悩む素振りを見せたり、強がるような素振りを見せようものなら、スクアーロはメルのことを遥か下に見ていただろう。だが、そう答えたメルの声は平静そのもので、表情すら少しも揺らぐことなく、彼女の心からの考えであることは明白だった。だから、自分とメルがあの夢のような未来を迎えることは、有り得ないのだ。10年後のザンザスも、最悪の悪ふざけを企んだものである。


(クソが、俺はこんなことで揺らぐようなゴミじゃねえぞぉ!! ザンザスの野郎、10年経ったらブン殴ってやる……!)


10年後のザンザスに対する怒りが、心の中に沸々と沸きあがってくるのを感じながら、スクアーロは明日の任務に備え、良質な睡眠を取ることに努めた。













雲一つない快晴の空、眩いばかりに輝く海。海鳥の鳴き声が鳴り響く、温厚なシチリアの港町。窓から入り込んでくる陽射しが、スクアーロの銀髪を照らしている。眩しさに眉を寄せながら、スクアーロは身体を起こして、すぐさま意識を覚醒させた。


「……あ゛?」


ふと起きて辺りを見回すと、そこは簡素なベッドと最低限の私物があるだけの自身の部屋ではなく、白い壁に囲まれた広々とした部屋だった。窓際には観葉植物の鉢植えがあり、クローゼットなどの家具はどれも自分の好みとはかけ離れた、洒落たデザインのものが置かれている。何より、先ほどまで自身が眠っていた1人用のベッドは、大きなダブルベッドになっていた。


「…うぅん……」


ふと、真横から小さな声が聞こえてきて、スクアーロは嫌な予感がしつつも、そちらを向いた。するとそこに待ち受けていたのは、昨夜の夢の光景を遥かに凌駕する、スクアーロにとって信じられないものだった。


「なッ……!!!!!」


「ん…スクアーロ君、起きたの?」


「う゛……う゛お゛お゛ぉぉぉぉい!?!?!?!?」


思わず衝動のまま叫んだスクアーロの目に映ったもの、それは何故か一糸まとわぬ姿で、甘えるようにスクアーロの片腕を抱いている、メルだった。

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