そしてボクにできるコト


『あのね』
『キミがもしも悲しんでいたなら』
『一緒に泣いてあげるカラ 』









 エルの誘拐未遂事件から10日後、複雑な思いを抱えながらも色々と吹っ切れたエルは、ようやくカフェを再開させた。
 エネココアの糖分不足によるイライラに苛まれていたグズマも、エルを心配しつつグズマに怯えていたスカル団のしたっぱ達も一安心し、ポータウンは元の日常へと戻りつつあった。エルは休んだ分を取り戻す為、いつも以上に張り切ってカフェの運営に取り組み、今日もまたマーシャと共に、カフェのメニューの原材料となるきのみ集めへと向かう。


「マーシャ、そろそろパイルのみが切れそうだから、探してもらえる?」


「ぐ!」


 エルの頼みに、マーシャはいつも以上に張り切って返事をした。この数日、エルに寄り添って家の中でじっとしていて、鬱憤が溜まっていたのかもしれない。申し訳ないことをしてしまった、と後悔の念に駆られつつ、エルはジグザグと走行するマーシャを追った。


「ぐぅ〜! ぐ、ぐっ!」


 パイルのみの匂いを嗅ぎ当てたのか、マーシャが尻尾を振りながら草むらを掻き分ける。しかし、エルがそれを追おうとしたその時、意気揚々ときのみを探していたマーシャが、突如として全身の毛を逆立てて硬直した。


「きゅ、きゅい……!」


「マーシャ? どうかしたの?」


 マーシャの急変ぶりに、エルが不思議に思ってマーシャの視線の先を覗く。するとそこには、パイルのみが点々となっている木の根元で、落ちてきたパイルのみを食べているマケンカニの姿があった。アローラに来てからというもの、きのみ探しの最中にはよく見かける姿だが、その度にマケンカニからは鋭く威嚇されるので、マーシャはすっかりマケンカニに怯えるようになってしまった。かと言って、食事中のマケンカニを追い払うのは忍びないので、エルは笑って硬直したマーシャを抱きかかえる。


「ありゃりゃ、先客がいたなら仕方ないね。マーシャ、別のところに…」


「…ぐ……ぐぅ!」


「え? マーシャ?」


 しかし、いつもならば震えてエルに抱きついてくるマーシャが、この時ばかりは違った。マーシャはエルの腕の中から抜け出ると、震える足でマケンカニのもとに駆け出していったのだ。驚いたエルがマーシャを呼び止めるよりも早く、マケンカニがそれに気付いて、その拳型のハサミを振り上げた。


「ぐぅーっ!」


「ケンッ!」


 突進していくマーシャに、マケンカニが拳を振り下ろす。おそらく『いわくだき』の技だろう。ただでさえバトル慣れしていないのに加え、弱点のかくとうタイプの技を食らったマーシャは、いとも容易く吹っ飛んでしまった。エルはサァーッと顔が青くなっていくのを感じながら、大慌てで目を回しているマーシャのもとに駆け寄る。


「うわあーっ、マーシャーっ!! 大丈夫!? 怪我してない!?」


「きゅ……きゅうん……」


「いやーっ、気絶してるーっ!? げんきのかけら、いやげんきのかたまり、それよりもポケモンセンターっ!!」


 半ばパニック状態になりながら、エルは気絶したマーシャを抱き抱え、きのみ探しを切り上げてポケモンセンターへと直行した。



* * *



「…ってことがありまして、開店が遅くなっちゃいました……。ごめんね、お腹空かせちゃって……」


「ホントだっつーの! オレたち、ここしかメシ食うとこ無いんだからよ!」


「で、でもポケモンが傷ついちゃったんなら、仕方なくないっスカ?」


「そーだよ! ディアンってば、いっつも自分のことばっかなんだから! この間だって、あたしのミアレガレット勝手に食べちゃうし!」


「はいはい、喧嘩しないで仲良く食べて!」


 本来の開店時刻より1時間ほど遅く店を開いたエルは、昼食を食べに来店したヌカ、ディアン、アーリィのお馴染み3人組に、ビレッジサンドとドリンクのセットを差し出した。よほど空腹だったのか、「いただきまーす!」と声を揃えて食べ始める3人に和みつつ、エルはカウンターの上で丸まるマーシャに目を向ける。マーシャは落ち込んでしまったかのように、シュンと下を向いてエルに背中を向けていた。


「でも、どうしたのかなマーシャ…。今までマケンカニに向かっていったことなんて、一度も無かったのに…」


「腹減ってて、きのみ食いたかったんじゃねーの?」


「またまた、センパイのスリープじゃないんでスカら〜」


「テメー、ヌカ! オレのスリープを馬鹿にするやつは許さねーぞ!」


「ば、馬鹿にしてなんかないっスよ〜!」


「…もしかして、なんだけど」


 ヌカに掴みかかるディアンと、あわあわと狼狽するヌカの隣で、アーリィはマーシャに視線を向けた。


「マーシャちゃん…もっと強くなりたいんじゃないかな?」


「え?」


「…きゅぅ……」


 驚いたようにマーシャを見るエルを、マーシャはおずおずと見上げた。これまで、マーシャが進んで戦おうとしたことは、一度も無いのだ。その臆病な性格故か、戦意を持つポケモンを相手にすると、マーシャはたちまち凍りついたように動けなくなってしまい、だからこそエルはマーシャをバトルさせたことなど無かった。


「そ、そうなの、マーシャ? もっと、強くなりたいの?」


「…きゅ」


 こくり、とマーシャが頷いたので、エルは驚いてしまった。だが、アーリィだけは納得したように、しみじみと頷いている。


「あたし、マーシャちゃんの気持ちわかる。だって、エルさんがあいつらに連れてかれた時、あたしたち何もできなかった…」


「…!」


「あたしだって思ったもん、ここにドーブルがいて、あたしがもっと凄いトレーナーだったらって…。ま、まあ、あたしはダメトレーナーだったけど…。う、うわああああん、ドーブル〜!」


「だぁーっ! スカル団たる者がそうピーピー泣くなっつーの!」


 手持ちのドーブルを思い出して泣き出したアーリィを、ディアンとヌカが困ったように慰め始める。アーリィを泣き止ませると、エルはマーシャに視線を合わせ、その小さな手を握った。


「マーシャ、ムリしなくていいんだよ? あの時はちょっと失敗したけど、自分の身は自分で守るし、マーシャのことだってわたしが守ってあげ…」


「ぐぅっ! ぐぅ、ぐぅん!」


 心配するエルに対し、マーシャは首を横にブンブンと振る。それではダメなんだ、そう言っているかのようだった。エルがマーシャの眼をじっと見つめると、その丸い瞳の奥には確かな信念の火が燃えていて、マーシャの真剣さをひしひしと感じる。


「…そっか。こんな日が来るなんて、昔のわたしに言ったら驚くだろうなぁ」


「ぐぅ…」


「わかったよ、マーシャ。わたしも協力する! わたしとマーシャは、トモダチでパートナーだからね!」


「ぐ…! ぐぅっ! ぐぅーん!」


 朗らかに笑ったエルに、マーシャはパァっと目を輝かせ、喜ぶようにピョンピョンと飛び跳ねた。アーリィは涙を拭きながら、その様子を微笑ましそうに見ていたが、ヌカとディアンはマーシャの覚悟に充てられたのか、意気揚々とモンスターボールを取り出して立ち上がる。


「なかなかスカしたヤツじゃねーか! よっしゃ、俺たちが相手になってやるぜ!」


「これでエル姐さんも立派なトレーナーっスカ!」


「ふっふーん! わたしのマーシャが強くなったら、スカちゃんもボーちゃんもケチョンケチョンになっちゃうかもよ〜?」


「んだとォ!? 上等だぜコラ、いけスリープ!」


「ちょっ、店の中で戦うのはやめなよー!」


 ヌカとディアンはそれぞれポケモンを繰り出し、店内が一気に騒がしくなる。マーシャはほんの少し怯えつつも、勇気を振り絞ってエルの腕の中から飛び出た。エルが見守る中、こうしてマーシャの特訓が始まったのであった。



* * *



 その頃、ウラウラ島から遠く離れたポニ島に、クチナシは訪れていた。先日、エルを誘拐したダークトリニティ達にスカル団を関わらせない為、スカル団の団員たちに嘘をついてポニ島の海の民の村に行かせたことがあった。その際、グズマとプルメリにライドギアを持っていかれ、島から出れずに立ち往生していたスカル団を、ポニのしまキングがウラウラ島まで送り届けてくれたという。スカル団の見張りを任されている身としては、一度詫びを入れに行かないといけないという訳だ。
 リザードンに乗ってポニ島に降り立ったクチナシは、真っ直ぐにポニのしまキングが暮らす農場へと向かう。自然の豊かさと険しさ、その双方を兼ね備えるポニらしく広々とした畑を覗くと、一頭のバンバドロが鍬を引いて畑を耕していた。そのバンバドロの上には、アセロラと同じくらいか、それよりも少し背が低い幼い少女が乗っている。


「おお、クチナシどの! じいさまに会いにきたのじゃな?」


「久しぶりだな、ハプウの嬢ちゃん。あの爺さんは?」


「ちとカゼを引いてのう、いまは部屋で寝ておる。今日はわらわとバンバドロとで畑仕事じゃ」


 ハプウはバンバドロに乗りながら、農場に隣り合わせで建っている、自身の家を指差す。恐らくその一室に、ハプウの祖父でもあるポニのしまキングがいるのだろう。クチナシはハプウに礼を言うと、植えられた苗を越えていって家へと向かった。中に入ると、しまキングの妻でありハプウの祖母でもある年配の女性が迎え入れてくれて、クチナシを部屋へと案内してくれる。


「あなた、クチナシさんが来ましたよ」


 3度ノックをしてからそう呼びかけると、部屋の中から「うむ」という低い嗄れ声が返ってきた。それを聞いたクチナシは、1つ溜息を吐いてから部屋の中へと入る。その時、ハプウの家ポケモンであるニャースも、クチナシと一緒に部屋に入ろうとしたので、ハプウの祖母が「邪魔をしてはいけませんよ」とそれを止めた。扉が閉め切られ、部屋の中に2人のしまキングが相対する。


「風邪っ引きの中、悪いな。ロウルの爺さん」


「この程度、風邪などと言わんわ。ただ、わしも孫には弱くての。ハプウに休めと言われれば、そうせぬわけにもいかんのでな」


 現ポニのしまキング、ロウルは床についたまま、クチナシに相対した。ベッドの脇に木製のスツールが置いてあったが、クチナシはそれに座ることなく、立ったまま壁に寄りかかる。ロウルはその精悍な眼をクチナシに向け、にぃっと笑った。


「スカル団のことだったら気にするでない。あやつら、無謀にもウラウラまで泳いで行こうとしておったのでな。見かねて船を出しただけに過ぎん」


「なんだそりゃ、あいつらは死ぬ気か? まあ、俺が見張るってことになってるからな、一応詫びに来た」


「…クチナシ、わしもハラも言っておるだろう。お前だけがそのように背負う必要はない、と」


「背負ってるつもりはないんだがね」


 しまキングの前だと言うのに、眠たそうな表情を浮かべて頭をぼりぼりと掻くクチナシに、ロウルは呆れたように溜息を吐いた。


「…クチナシ、わしは恐らく、そう遠くないうちに死ぬ」


「……」


「カプ・レヒレがのう、わしを見て悲しそうな眼をしやる。わしの死期を見通しておるのやもしれん。人の死など見慣れておるだろうに、本当に優しい守り神じゃのう…」


 己の死を語るにしては、余りにも落ち着いた様子だった。欲に塗れた人間に失望し、滅多に人前には現れないとされるカプ・レヒレが、いずれ訪れる彼の死を悲しむのは、この静かな人柄ゆえだろう。ポニのしまキング、ロウルという老人は、まるで凪いだ海のような人間だった。


「もしわしが死んだら…ハプウを頼む。優しい子ゆえ、わしの跡を継ごうとカプ・レヒレのもとへ行くだろう。だが、あの子はまだ未熟じゃ、カプには選ばれん」


「カプに選ばれるよう、手助けをしてやれってか?」


「違う」


 クチナシの質問に、ロウルは強い語気でそう返した。


「ハプウの望むようにさせてやってくれ。たとえ、あの子がこのポニを捨てたとしても」


「……それでいいのか?」


「わしは…自分の子に厳しくし過ぎた。カプを、この島の伝統を、押し付けすぎた。その結果、皆この島から去っていった。全てわしが招いたことじゃ、ハプウに全て押し付けるわけにもいくまい」


「…まあ、ハプウの嬢ちゃんは、何が何でもアンタの跡を継ごうとするだろうよ。その間、空席のしまキングの代わりに大試練の面倒を見るぐらいなら、俺でもできる。安心してくたばってくれて構わねえぜ」


「ふっ…。すまぬのう、クチナシ。ハラに頼もうかとも思ったが、あやつも歳だからの。ライチはまだ、しまクイーンになったばかりであるし、いらぬ面倒事を押し付けるのは憚られる」


「背負う必要はない、なんて言ってる割に、面倒事は押し付けていくんだな」


「ふははは! 悪いとは思っておる、そう憎まれ口を聞いてくれるな」


 快活に笑うロウルに、クチナシは深く溜息を吐いた。ロウルの苦悩は理解できるつもりだ、面倒くさがりな性分ではあるが、頼みを断るつもりはない。背負う荷が1つか2つ増えた、ただそれだけのことだ。


(…しかし、そうなってくるとスカル団の連中に、そこまで気が回らねえな)


 1つ心配なのは、スカル団のことである。今ではクチナシが眼を光らせてることもあり、目だった悪事はしていないものの、スカル団に加わる者たちは増える一方であった。逸れ者にも居場所は必要だ、アローラで居場所を失った者は、スカル団しか逃げ道が無いのだ。


(ここは、エルのねえちゃんに少しばかり力を借りるか)


 現状、クチナシ以外にポータウン付近に住み、スカル団からもある程度の信頼を置かれている大人は、エルしかいない。彼女は彼女で訳ありだし、スカル団ばかりを構っている訳にもいかないだろうが、それでも今頼れるのは彼女しかいない。クチナシは何度目かもわからぬ溜息を吐きそうになりながらも、ウラウラ島の雨降る街、ポータウンに思いを馳せるのであった。



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