雨の日と月曜日のポータウンは


Rainy Days and Mondays always get me down.
『雨の日と月曜日はいつだってわたしを落ち込ませるの』











「きゅっ!」


「ん? またなんか拾ってきてくれたの?」


 尻尾を振りながら駆け寄ってきたマーシャに、エルは足を止めてしゃがみ込み、マーシャが咥えていたきのみを受け取る。鮮やかな緑色のそのきのみは、青過ぎず熟し過ぎてもおらず、ちょうどいい具合のラムのみであった。


「うんうん、相変わらず良いきのみ拾ってきてくれるね! ありがとう、マーシャ」


「きゅあっ」


「あはは、誇らしげな顔しちゃって、可愛いなぁもう! …さて、ポータウンってどこだ?」


 マーシャの頭をわしゃわしゃと撫でながら、エルは辺りを見回した。エルの目的地である街、ポータウンはウラウラの花園を先に行ったところにあると聞いていたが、どうやら道に迷ってしまったようで、湖のような場所に来てしまった。
 行き止まりとなっているそこを後にしてもう一度花園に戻ると、先ほど通り過ぎたエルとマーシャが戻ってきたのが不思議なのか、花園にいるアブリーやアブリボンたちがこちらを伺ってくる。エルはアブリーたちにヒラヒラと手を振ってから、くしゃくしゃになった地図を取り出して周りの景色と見比べた。


「うーん、こっちっぽいね。おいでマーシャ」


「ぐ!」


「はぁ〜…。こんなにわかりづらい場所にあるんなら、迎えぐらいよこしてくれりゃあいいのに」


 エルは先へ先へ進んでいくマーシャのふりふりと揺れる尻尾を眺めながら、まずは地図にある17番道路を目指して歩き始めた。
 すると、マーシャがある地点で立ち止まり、「ぐ〜!」と嫌そうな顔をしながらエルのもとに戻ってくる。何があったのかと思いながらマーシャが止まった地点を見ると、その地点から先は土砂降りの雨が降っていた。


「おお、すごいすごい! 晴れと雨の境目だよ、マーシャ!」


「ぐぅ」


「でも、マーシャは濡れるのキライだもんね。ほら、おいで」


 エルが身に纏っていたパーカーの前を僅かに開けて屈むと、エルの身体とパーカーの隙間にマーシャが入り込んだ。ガルーラの子供のような体勢になったマーシャは、顔だけをぴょこっと出してつぶらな瞳をエルに向けてくる。あまりの可愛さに、エルはパーカーの中のマーシャをぎゅうっと抱きしめた。


「あぁー! なんて可愛いんだろう、この子は! 食べちゃいたい!」


「ぐー?」


「あはは、冗談冗談、食べないよ。さ、行こうかマーシャ」


 トランクケースの中から雨傘を取り出したエルは、片手でマーシャを抱きかかえ、片手で傘を差して土砂降りの雨の中へと足を進めた。リザードンが嫌がるほどの豪雨が当たらないよう、マーシャはエルに引っ付く。曇る視界の中、エルは目的地であるポータウンを探した。


「…ん?」


 ふと視線の中に入ってきた建物に、エルは足を止めた。そこにあったのは、これまでにも他の島で何度か見かけたことのある、ごくありふれた交番であった。


「交番だ! マーシャ、道を聞きに行こうか!」


「ぐぅ!」


 マーシャの賛成を得て、エルはさっそく交番へと向かう。交番前の掲示板に貼られている標語ポスターは、貼ってから時間が経つのか、だいぶ色褪せているのが遠目からでもよくわかった。差したままの傘を掲示板に引っかかるようにして置き、エルは交番の扉を開ける。


「すみませーん、道聞きたいんですけどー……ってあれ?」


「きゅう?」


 扉を開けてすぐ目に映った光景に、エルとマーシャは思わず素っ頓狂な声を上げた。その交番の中は、ポケモン用の玩具や、書類が詰め込まれた段ボール等で、酷く乱雑としていた。更に妙なことに、警察官が常駐する交番にも関わらず、何匹ものニャースの姿があった。
 リージョンフォームというアローラ地方特有の姿をしているニャースたちは、外部からの侵入者であるエルとマーシャに気付くと、警戒するように尻尾を立ててくる。ニャースたちの様子に怯えたマーシャが、エルのパーカーの中に顔を引っ込めた。


「ここ…交番だよね?」


「シャーッ!」


「ああ、ごめんごめん! おまえたちの縄張りを荒らすつもりはないよ、驚かせちゃってごめんね」


 揃って威嚇してくるニャースに向かってエルがにっこりと笑顔を浮かべると、ニャースは信用はしないながらも僅かに警戒を解き、ピンと立たせていた尻尾を下ろす。その時、交番の奥にある扉が開いて、中から何者かが現れた。


「おまちどうさん、今エサやっから……あ?」


 いくつものポケモンフーズ入りの缶を手にしたその男は、交番の入り口にいるエルに気付くと驚いたように目を見開いた。
 エルはエルで、いきなり現れた男に驚いて、ニャースたちに向けていた笑顔が固まった。その男が、何故か黒いズボンに上半身裸という出で立ちだったためだ。シャワーを浴びたところだったのか、それとも雨に濡れたのか、短い銀髪は濡れていた。


「…どちらさま?」


「あ、いや、わたしは道を聞きに来た一般市民だけど」


「ぐー?」


 戸惑うエルとは対照的に、男は平静そのものな様子で持っていた缶をその辺りに置き、ソファに放られていた赤いTシャツを着てエルのもとへやってくる。男の足元にニャースたちが寄り付いてくるので、男は歩きにくそうにしていたが、ニャースを追い払うような真似はしなかった。


「ジグザグマか、この辺じゃ珍しいな。ねえちゃん、ホウエンからの観光客か?」


「いや、わたしはイッシュの出だよ。今はアローラで働いてて、今日からポータウンで勤務っていうお達しなんだ。それでポータウンまでの道を聞きたいんだけど……」


「……ポータウンだって? なんかの間違いじゃないのか?」


 エルの言葉を聞いた男は、如何にも不審そうに眼を向けてきた。先程のリザードン使いのライダーといい、この男といい、『ポータウン』という言葉を口にした途端にこれである。エルは不思議に思いつつも、メレメレ島を発つ前に上司から渡された手紙を男に見せた。


「ほら、この通りだよ。『本日付でポータウンでの勤務を命じる』って書いてあるでしょ?」


「……」


「しかしまあ、よくこんな交通の弁が悪いところに街があるもんだよねえ。ホクラニと違ってバスとか出てないって言うし」


「…ねえちゃん、御愁傷様だなあ。ちょっと待ってな、おじさんが案内してやるよ」


 男は先程までの不審そうな表情から一転、まるで同情するような視線をエルに向けてきたかと思うと、交番の奥へと引っ込んでいった。ニャースたちが男に抗議するかのように一斉に鳴き出したが、男は「戻ってきたらエサやるから」と言ってニャースたちをやり過ごす。再び戻ってきた男は、アローラ警察の腕章が付いている黒いシャツを羽織っていた。


「おじさん、お巡りさんだったの? やっぱここ交番であってたんだ」


「これでも一応ね。ねえちゃん、名前は?」


「わたしはエル、こっちはパートナーのマーシャ。おじさんは名前なんていうの?」


「クチナシってんだ。まあ大した名前じゃないからな、おじさんでいいよ」


「ぐっ、ぐっ!」


 クチナシ、と名乗った男に挨拶をするように、マーシャがぴょこっと顔を出す。クチナシはマーシャの頭を軽く撫でてから、交番を出て持っていた傘を差した。エルはすぐにクチナシを追い、掲示板に引っ掛けていた傘を手に取る。


「ねえちゃん、一つ言っておくけどよ。ポータウンで働くってんなら、それなりに覚悟が必要だぜ」


「覚悟?」


「あんのかい、覚悟ってやつ。どんなことがあっても自分の仕事を全うできるって、胸を張って言えるかい?」


 ポータウンがあるのであろう方角に向かって歩きながら、一度も振り返らずにクチナシが言った。エルにその発言の真意はわからずとも、愚問だとでも言うかのように笑ってみせる。


「こちとら、着の身着のままでマーシャと一緒にイッシュを出てきて、カントーやらジョウトやらホウエンやらシンオウやら、あらゆる地方を回ってきたんだ。覚悟なんてとっくの昔についてるっつーの! ね、マーシャ?」


「きゅあん!」


「……そうかい、それならいいんだけどよ」


 エルの言葉に、クチナシは無愛想に言葉を返した。しばらく雨降る道を歩いていると、遠くに白い壁のようなものが見えてくる。するとクチナシは立ち止まり、壁のある方を指差した。


「ポータウンはあの壁の中だ。今なら見張りもいねえし、すんなり入れると思うぜ」


「やーっと着いたかぁ! ありがとう、おじさん! ほら、マーシャもお礼」


「きゅう〜」


「これでもお巡りさんだからね。そんじゃ、おじさんは交番に帰るよ」


 エルとマーシャが笑顔でお礼を言うと、クチナシは頭をボリボリと掻きながら、来た道を戻っていった。その黒いシャツに覆われた猫背に、エルは小さく笑みを浮かべる。


「おじさーん! そのうちお礼しに行くからさ、ニャースたちによろしくねー!」


 雨の音に掻き消されないよう大声で叫ぶと、クチナシは振り返らないままヒラヒラと手を振って返事をした。やがてクチナシの姿が雨に遮られて見えなくなると、エルはマーシャを抱き直して白い壁の方へと歩き出す。まるで外敵から中を守るかのようにドンと立ち尽くす壁に、エルは自分の行く道を遮られているかのように感じた。


「なんだろう、この壁? …そういえばあのおじさん、見張りとか何だとか言ってたな」


「ぐぅ?」


「…うーん、まあどうにでもなるだろう! 行こうか、マーシャ!」


「ぐ!」


 嫌な予感を拭うように、エルとマーシャは無理やり明るく振る舞って、ポータウンへの入り口へと向かった。周囲の自然的な景色の中で明らかに浮いている白い壁は、雨が降り注いでいるせいかつるつると光沢があり、汚れ一つ見つからない。エルは深く息を吸ってから、その閉ざされていた扉を開けた。


「……これはまた、訳アリのところが来たなぁ」


「ぐぅ?」


 そして、その先に待っていた光景に、思わず深く息を吐いた。エルの反応を不思議に思ったマーシャが、パーカーの中から顔を出して壁の向こうを除く。
 土砂降りの雨に晒されたそこは、一見では街とは思えないほどに荒れ果てていた。街を彩るはずの植木は草が伸びっぱなしで、辺り一面にゴミが散乱している。何軒か建っている建物も、そのほとんどが窓ガラスが割られており、とても人が住んでいるようには見えない。街中のいたるところには、カラースプレーか何かで落書きがされていた。


「……それで『覚悟はあるのか?』なワケね、やっとおじさんの言ってた意味がわかったよ」


「きゅうん……」


「あんのクソ上司ーーーッ!!! わたしをハメやがったなぁーーーッ!!!」


 街の様子に怯えるマーシャを抱きしめながら、エルは怒り任せにそう叫んだ。



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